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第22話
ミツが食べれそうなものをいくつか用意していた。
ずっと食事もまともに取っていないようだったから、いつものようにゼリーとかおかゆとか、あまり胃に負担をかけない物を用意した。
「ごめんね、ハルくん。いつも……ありがとう」
申し訳なさそうに笑みを浮かべつつ、手渡したゼリーを半分食べてくれたことに安堵する。
「ミツは何も気にしなくていい。食べたいものがあれば、なんでも言って欲しい。メロンだろうとスイカだろうと、なんでも用意する」
「ふふっ、ハルくん。それ妊娠中の奥さんを心配する素敵な旦那さんみたいだね……って、僕とはそんなんじゃないのに、ごめんね」
本気で心配している俺に対して、クスクス笑いながら嬉しいことを言ってくれる。
そんなミツの姿を見ているだけで自然と笑みが零れる。
でも、次の瞬間、ミツはまた寂しそうな表情を浮かべて謝ってきた。
本当に、俺がミツの番 だったら、いつでも欲しいものを用意してやれるのに……
痛々しい傷ができてしまった頬を、傷に触れないように気を付けながら指で撫でてやる。
こんな傷を自分で作ってしまうくらい、ミツは追い詰められていたんだな……
俺が離れていたせいで……。俺が気付けなかったせいで……
何もできない自分に苛立ちを感じる。
「ミツ、身体は大丈夫か?小林のところに行くまで車で寝ててもいいから……」
郊外にある小さな診療所までは、車でも30分はかかる。
今のミツの体力を考えると連れ出すことに躊躇してしまうものの、このまま医者に見せずにいるわけにもいかず……
「ハルくん、大丈夫。うん。大丈夫、だから……」
俺の不安を察してか、ミツの方が安心させるように笑みを浮かべ、自ら行くと言ってくれた。
ミツを車に乗せ、辺鄙な場所にポツンと建っている小さな診療所。
ここが俺とミツの友人が経営しているΩ専用の診療所だ。
電車もバスも通っていない、不便でしかない場所だが、ここを訪れる人は少なくない。
ミツの肩を抱き、倒れないように支えながら診療所に脚を踏み入れる。
待合室には診察を待つ患者がそこそこ居り、ソファーに座っている人や部屋の隅に隠れるように立っている人が見える。
ただひとつの共通点は、ここに来ている人は全員静かにしており、知り合いに見つからないように息を潜めているようだった。
「悪いが、アイツにミツのことを伝えて貰えないか?予約はしてきたんだが、少しでも早く診てやって欲しい」
他に待っている患者がいるのはわかっているが、受付をしていたスタッフに言付けを頼む。
アイツからも、到着したら受付の子に声を掛けるように言われていた。
スタッフの子は、ミツの顔を見て一瞬顔を歪めるも、すぐに平静を装いミツを心配する様に一言二言言葉を交わしていた。
「ミツ、こっち。俺に凭れてていいから」
スタッフとの会話が終わり、俺の元に戻って来たミツをソファーに座らせる。
ほんの短時間だったけど、疲れたのか俺に身体を預けてくるミツに不安な気持ちが押し寄せてくる。
本当に、今日連れて来てよかったのか……
もう少し休ませてからの方が良かったんじゃないのか?
仕事の関係でここのスタッフとは面識が多少あるとはいえ、今のミツには……
「みつるさん、奥の部屋にどうぞ。先生がお待ちです」
俺の不安を掻き消すように、先程のスタッフがミツに声を掛けて来た。
アイツも、他の患者よりもミツを優先してくれたのがわかり、少し嬉しく思ってしまう。
待合室から少し廊下を進んだ先にある診療室へ向かう途中の部屋で、看護師が他の患者の問診や器具の準備をしている姿が見えた。
受付のスタッフに言われた診療室の扉を開けようとした瞬間、自動で扉が開かれ、中からウザい大きな声が聞こえた。
「みっちゃん、大丈夫だった?めちゃくちゃ心配してたんだよ!」
このウザい声には俺もミツも聞き覚えがある。
ウェーブのかかった長髪を適当に結び、丸眼鏡を掛けた一見胡散臭そうな人物。
コレがこの診療所の医者であり、俺とミツの友人である『小林』という人間だ。
「みっちゃん立ってるのしんどいでしょ?ささっ、早く横になって楽にしてていいからね」
俺とミツの間に割って入り、ミツの手を引いてベッドへと案内しようとする。
「おい、何勝手にミツに触ってんだ」
つい怒気の含んだ声で小林を睨み付けながら言ってしまうも、彼はヘラヘラと笑っているだけだった。
「お~こわっ。みっちゃん、春輝 が拗ねちゃうからごめんね~」
パッとミツの手を離し、トットッと2、3歩後ろに下がる。
ミツはベッドの方には行かず、俺が立っている椅子の横にちょこんと座ってくっ付いてくる。
「あ~ぁ、可愛い顔にも傷作っちゃったんだね。しんどかったね。今は落ち着いてる?無理しちゃダメだよ?」
小林は俺の存在を完全に無視して、ミツの傷口を確認している。
「これ春輝 がやったの?60点。まぁ、応急処置ならいっか。みっちゃん、滲みるかもしれないけど、出来るだけ痕が残らないように後で消毒しようね」
俺が頑張って治療したあとを見て、微妙な笑みを浮かべて言いやがった。
まぁ、ミツの傷が残ってしまわないように治療してくれるならしかたない。
「……それで、今回はかなりしんどかったんじゃない?何回発情期 来ちゃった?」
さっきまでのおちゃらけたテンションとは打って変わり、真剣な眼差しと口調でミツの顔を正面から見詰めながら問いかける。
「…………4回、くらい……かな」
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