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第25話

 小林との話が終わり、ミツを診察室に迎えに行く。  小林と一緒に裏口から入ったので、待合室を通らずに済んだ。  診察室に戻ると、ミツは丸椅子にちょこんと座らされた状態で、顔馴染みのスタッフに囲まれていた。 「ミツくんは我慢し過ぎ!!」 「ホンットーに心配したんだからね!」 「嫌なことがあったらすぐにココか春輝さんの所に逃げなさい!あ、間違っても小林先生の所に行っちゃダメよ!」 「可愛い顔がぁ~……」 「顔だけじゃないわよ!身体もいっぱい傷作っちゃって……。絶対、絶対傷が残らないようにこの薬用クリーム塗りなさい!」  ミツを心配する女性スタッフの声に野太い声が混じっているが、ミツ自身はちょっと困っているように眉を下げた表情を浮かべて笑っていた。 「えっと……はい。ちゃんと塗ります」  ミツの手にはチューブのハンドクリームサイズの塗り薬が握られており、その薬の説明を受けているのがわかる。 「アタシとの約束よ!残っていい傷なんて、『(つがい)(しるし)』だけなんだから!それ以外が残るなんで言語道断なんだからね!」  一番怒っているのは、俺よりも体格の良いマッチョ体型のΩスタッフだと思う。  小林に聞くまで彼がΩだと言うことは信じられなかったが、ミツとは気が合うのかよく話しをする姿は見ていた。  だからこそ、ある意味ここのスタッフの中で誰よりもミツの傷を心配していた。 「う、うん。わかって……ます。えっと……心配、してくれて……ありがとう」  はにかんだ様子のミツが礼を言っている姿に内心ホッとする。  ここに来るまで、ずっと落ち込んでいるか、無理に笑顔を浮かべている姿ばかりを見ていたから……  ミツが少しでも元気にしている様子を見れるだけで、俺は嬉しく思ってしまう。 「ミ……」 「あ、みっちゃ~ん。気を付けて欲しいんだけど、当分抑制剤は摂取しないようにね。抑制され過ぎて子宮が収縮しちゃってるから、今後赤ちゃん出来なくなっちゃうよ」  俺がミツを呼ぶ声を遮って、小林がヘラヘラ笑いながら爆弾発言を口にする。  その言葉を聞いた瞬間、俺よりも先にスタッフ一同が激怒していた。 「なんて事ここで言ってるんですかっ!?」 「そんな重要で慎重に言わなきゃいけない事、なんでコッソリ言えないんですか!」 「先生、デリカシーを身に付けていらっしゃい!!」 「先生の(つがい)さんに、今日の事告げ口しますからね!」  烈火のごとく怒り狂う診療所のスタッフの皆さん。  普段は温厚で優しい人たちばかりなのに、こういう時は誰よりも怖かった。 「え……えっと、あれ……?僕、赤ちゃんできなく、なっちゃうの?ぇ……Ωなのに?僕の、存在……意義って……?」  不安からか無意識にお腹をそっと撫でながら戸惑った様子のミツを見て、ハッとする。 「んな、大事なことはもっと真剣に言え!!」  慌てて小林に文句を言うも、なんだかちょっとズレた言葉になってしまった。 「まぁまぁ。今なら大丈夫だと思うから、みっちゃんも春輝(ハルキ)も落ち着いてよ。また発情期(ヒート)が来ちゃっても、春輝(ハルキ)がめいいっぱいみっちゃんを可愛がってあげれば、抑制剤なんて必要なくなるんだから♪」  他人事だという様にニヤニヤと笑みを浮かべながら言う小林の頭を叩こうとするも、スルリと交わされてしまい、俺の背後に立たれてしまう。 「それに、春輝(ハルキ)には立派なコレがあるじゃん。コレでみっちゃんのことい~っぱい可愛がってあげてね♪」  いきなりズボン越しに俺の股間を撫でられ、変態発言をしてくる小林に怒りが頂点に達し、見事小林の顎にアッパーを食らわせる。 「んぐっ……ッ――手加減してよぉ~」  ガッツリ舌を噛んだのか、口の端から少しだけ血を流しながらも、涙目で笑っている小林にちょっと顔が引き攣ってします。 「でも、なんかあったらすぐにおいで。春輝(ハルキ)も……力になるから……」  赤くなった顎を手で撫でながらも、ヘラヘラ笑いながら言う小林の目は真剣そのものだった。  多分、『力になる』と言ってくれた言葉は嘘じゃないし、今後の計画のことも言ってくれているんだと思う。  こんな奴だけど、俺たちにとっては本当に信頼できる、良き友なのだから……  その後、俺とミツは会計をするために待合室へ戻った。  その最中も小林はスタッフ一同から強めのお説教をされており、次の患者を呼ぶどころではないようだった。 「ミツ……身体はツラくないか?」  検査が終わっただけで、何かが改善されたわけじゃない。  ミツの肩を抱いて、倒れないように支えながら心配そうに訊ねる。 「ありがとう、ハルくん。……うん、大丈夫。でも、抑制剤なしで次にまた発情期(ヒート)が来ちゃったら……どうしようかな……」  溜息と共にどこか悲し気な声で呟くミツに胸が痛い。 「赤ちゃん……できなくなるのは、嫌だな……。でも、誰にも求められてないなら……抑制剤飲んでても一緒だよね」  ミツの諦めの含んだ寂しそうな声に我慢できず、診療所の廊下なのに人目も憚らずギュッと抱きしめる。 「ミツが……ミツが、良いって言ってくれるなら、また俺が相手をするから……。だから、抑制剤をこれ以上飲むのはやめて欲しい」  (こいねが)うようにミツの手を取って指先に口付けを落とし、泣き出しそうな笑みを浮かべながら哀願する。  指先に唇が触れただけで、ミツの顔は首まで真っ赤になっていた。  俺の行動に戸惑いつつも、口元が嬉しそうにヒクヒクと震えている。  ミツが嫌がっていない様子に、つい笑みが零れてしまう。 「ミツ……あんな奴のことは忘れて、俺と……」 「あっれ~?もしかしてみつるくん?まだ生きてたんだぁ~?」

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