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第16話

 帰りの馬車の中でも公爵は俺の隣にすわり、手を繋ぎ続けた。ただしドミニクの襲撃のショックが続いていたため、甘い雰囲気にはならず、今後の暴漢対策についての真面目な議論をした。  意識しだしたのは屋敷に戻ってからだろうか。出迎えたメイドが俺たちの手繋ぎを見て、あら、と呟いたのがきっかけかもしれない。  互いに顔を赤らめ、しかし手は離さず廊下を進む。 「クライド様。どちらへ?」 「あなたの部屋だ」  公爵の部屋とは違う方向へ歩きだす彼に問うと、当然というふうに返事をされた。 「今日はいろいろなことが起きたし、具合も本調子じゃないだろう。今日はもう下がって休むといい」  歩きながらそう告げる彼の顔を俺は見上げた。  俺の体調を気遣ってくれるその気持ちが嬉しい。だが体調は嘘のように元通りだし、俺としては、いろいろあったからこそ公爵の傍にいたい。彼の存在を確かめたい。  公爵も、本心ではそう思ってくれていないだろうか。 「体調でしたら問題ありません。私としては、もう少しお傍にいたいのですが…もちろんクライド様がお疲れでしたらお邪魔するつもりはありませんが」  公爵がピタリと足を止め、俺を見下ろした。  熱の籠った目つき。 「…いいのか」  掠れた声。抑えようとしても抑えきれずに滲む欲情。言外に、彼の感情が伝わってきて、ちょっとだけ怯みそうになるが、俺も彼を求めている。 「はい」  しっかり目を見て返事をした。とたん、公爵が踵を返す。 「…では、もう少し一緒にいよう。私の部屋へ行こう」  気持ちを抑えきれないように、少しだけ歩く速度が速まる。  公爵の部屋へ着き、室内に入ると、扉を閉めるなり抱きしめられ、くちづけられた。  唇が合わさり、すぐに深いキスになる。 「あ…ん、ふ…」  舌が入ってきて、俺のそれに絡みつく。敏感なところを擽られ、気持ちよくてぼうっとしてくる。  これまでにもこんなキスは何度もしてきた。だがこれほど幸福感を覚えることはなかった。  甘い快感に力が抜けてきた頃、唇がいったん離れる。 「…本当の恋人になって初めてのキスだな」  興奮と喜びに溢れた微笑と共に囁かれ、再びキスをされる。  互いに息を乱し、夢中になって続けているうちに立っていられなくなり、縋りつくと、腰を支えられ、さらに深く貪られた。  気持ちよくて、身体が熱い。中心はすでに熱を持ち、硬くなっている。公爵のそれも俺の下腹部に当たり、俺以上に硬く主張している。 「はあ…。すまない。これ以上は抑えようと思っていたんだが…我慢できそうにない…少し…触ってもいいだろうか…」  彼の手が上着の裾を捲り、シャツの上から腰を撫でる。もう一方の手が下へ下がり、ズボン越しに尻に触れる。  その感触に羞恥と欲が刺激され、身体が発火したように熱くなった。  そんなふうにさわられたら、俺だって我慢できない。  俺は令嬢じゃない。公爵と同じ欲望を持つ男だ。遠慮なんてしないでほしい。 「…我慢なんて、しないでください。もっといっぱい、さわってほしい、です…私も、クライド様に触りたい…」  誘惑するつもりで、俺は彼の股間へ手を伸ばし、そっと擦ってやった。  瞬間、彼の瞳が燃え、理性が切れる音が聞こえた気がした。 「……っ」  無言で抱えあげられ、ベッドへ連れていかれた。  それからはまあ、すごかった。  服を脱がされた辺りまではまともな意識があった。全身を触られ、舐められ、敏感な場所を吸われて反応を示すとさらに弄られて執拗に愛撫されてわけがわからなくなって、気づいたら後ろに彼を受け入れていた。予想以上に大きくて、しかも予想以上に気持ちよくて、散々喘がされて、朝まで貪られてしまった。何度もイかされ、もう無理だと泣いて訴えても寝かせてもらえなかった。  公爵のことはかなり詳しく知っているつもりだったが、こんな絶倫だったとは知らなかった。  夜が明け、ようやく理性をとり戻した彼に土下座して謝られたのだが、公爵に土下座をさせられる男はきっとこの先も俺だけだろうと思う。そしてこの後もけっこうな頻度で夜明けコースを受け入れる未来が来ることは、この時の俺はまだ知らない。  王都で予定通り一か月を過ごした後、無事に公爵領へ戻った俺たちは、本当の恋人になったことを屋敷の者に告げ、祝福を受けた。  そうして恋人兼執事としての生活がはじまり、半年が経過した。  俺を執事として雇ったとき、せめて次が見つかるまで、と公爵は言っていたが、代わりを見つける気は微塵もなさそうだ。どうやら、いずれは俺を家令にし、マシューを執事にするつもりらしい。  俺もここでの生活に慣れたし、公爵の傍を離れたくはないので、今後も公爵家で働くつもりでいた。  俺は、恋愛はタイパコスパが悪いと思っていた。いまは、そんな過去の自分を笑いたい。好きな相手を想う時間は、タイパコスパなんて浅い思考が吹っ飛ぶほど甘く、幸福感に満たされることを知った。  そんなある日、いつものように雑務を終えて執務室へ戻ると、公爵が待ち構えていたように椅子から立ち上がった。 「ユーイン。これを」  書類を差しだされる。 「なんです?」 「あなたとの、新しい契約だ」  なんだそれ。どういうことかと訝しく思いながら受けとってみると。 「……養子…?」  養子縁組の申請書だった。 「ああ。私はあなたと対等でありたい。そのために現状の身分差を解消したい。とすると、これが一番手っ取り早い。私が庶民になってもいいが、あなたが貴族になったほうが、問題が生じにくい。どうだろう」 「…執事の仕事は…?」 「一番先に聞くのはそれか」 「私の仕事ですから」  公爵が苦笑する。 「できれば続けてほしいと思っている」 「サイラス様にこのお話は?」 「もうしてある。あなたの父君にも、すでに話は通してある」  さすが公爵、その辺は抜かりないな。  しかし、俺が貴族。公爵の養子。それはちょっと違う気がした。 「クライド様。お気持ちは大変ありがたいですが、私は公爵家の財産を狙っていると噂されたくありません」 「そんなものは気にするな」 「ではクライド様も、私たちの身分差など気にしないでください。私たちは、すでに対等ですから。養子縁組なんて必要ないです」  俺は一歩前へ出て書類を机に置くと、背伸びをして彼にくちづけた。  軽く触れて離し、にこりと笑んでやる。  公爵が落胆したようにため息を漏らす。 「身分差は言いわけで、婚姻の代わりになればと思ったんだがな…まあ、いまはいい。また口説くから、心にとめておいてくれ」  いずれ口説かれて承諾する未来が来るのだが、それはもっとずっと先のこと。  俺は公爵から返されたキスを甘く受けとめた。  (了)

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