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第15話

 祝賀会当日。  俺は絶不調だった。昨夜はほとんど眠れず、頭が痛いし胃も痛い。  痛みを堪えてポーカーフェイスを装い、公爵の部屋へ迎えに行く。 「失礼します。ご用意はお済みですか」  扉を開けると、綺麗に髪を整えた公爵がこちらを振り返った。  喪中のため黒く地味な服装が常だったが、今日は祝いの席ということで、装飾の華やかな青い上着を纏っている。  それが非常によく似合っており、胸が苦しくなった。 「ああ。行くか」  公爵はいつも通りの調子で返事をし、俺を伴って馬車へ向かった。サイラスも同乗してくれたらよかったのだが、彼はエスコートする令嬢の都合に合わせ、先に行ってしまっていた。  それから王城へ到着するまでのあいだ言葉を交わすことはなかった。  昨日の告白から、会話はほとんどない。必要最低限の用件のみだ。  彼と行動を共にしているあいだに会話がないことなどごく普通のことで、気に留めたことなどなかった。しかしいまは沈黙が重くのしかかり、キリキリと胃が痛む。  昨日、まさか告白されるとは思わなかった。  素直に想いを打ち明けられたらどんなによかったか。  だが一夜明けたら公爵は運命の令嬢と出会うのだ。言えるわけがなかった。なにも、このタイミングで告げなくてもと公爵を恨みたくもなった。  誤魔化すことはできない雰囲気だった。明日まで待ってほしいというべきか迷った。令嬢と出会えば公爵の気持ちも変わるだろう。しかし変に返事を渋ったせいで、令嬢との出会いに影響が出てはまずいと判断し、断りの返事をした。  女性からの告白を断った経験は何度かあるが、これほど辛く感じたのは初めてだった。  これまでずっと目を背けてきた気持ちが暴れだして、抑えつけるのに難儀した。  今日は、辛い一日になるかもしれない。耐えなければ。  しばらくは辛いかもしれない。だが次第に気持ちも落ち着いてくるだろう。初めからわかっていたことだ。大丈夫。  王城に到着すると、俺は公爵にエスコートされて歩いた。 「昨日、私がよけいなことを言ったせいでやりにくくなって、すまない」 「いえ…」  そんなことを謝らないでほしい。  広間へ向かうあいだ、たくさんの視線を浴びた。公爵が声をかけられれば、俺も恋人として紹介された。  公爵自身の立場、俺の立場を考慮してのことだろう、そこまであからさまなエスコートではなかったのは幸いだった。  それでも令嬢たちの、熱気の籠った視線が痛くて、さすがの俺も緊張した。  広間に入り、まもなく王族がやってきて挨拶の時間になると、俺への注目も薄れた。そしてダンスの時間となる。  さすがに俺と公爵でダンスはできない。高位貴族の最初の相手は事前に決められており、公爵は王女にダンスを誘いにいった。  俺は他の侍従と同様、壁際に待機して彼らのダンスを眺める。公爵は滅多に見せない笑顔を王女に向けて踊っていた。  軽やかで耳に心地いい楽曲が流れているのに、頭痛と胃痛が次第に増してくる。  公爵が運命の令嬢と出会うのはいつだろう。令嬢は、もう会場にいるはず。たしか小説の描写では、黄色のドレスを着ていたはず。  どこにいるだろうと会場内を見まわすと、黄色のドレスを着た令嬢が一人だけいた。まだ踊っていない。踊っている公爵と王女を見つめている。  栗色の髪をした、可愛らしい雰囲気の女性。  彼女かもしれない。  曲が終わると、公爵は王女と別れてこちらへ歩いてきた。そこへ、黄色のドレスを着た令嬢が駆け寄り、話しかけた。  なにを話したかまでは聞こえない。新しい曲がはじまり、公爵は令嬢の手をとって踊りはじめた。  踊りながらなにか話しているようだった。会話が弾んでいるようで、公爵も令嬢もずっと笑顔で話している。  ああ、やはり彼女だと思った。  彼女こそ、公爵が唯一心を開く、運命の女性だ。  そう確信したら、胸が痛くて見ていられなかった。  俺は自分で思っていたよりずっと、公爵のことが好きだったらしい。  耐えられる程度の気持ちだと思っていたのに。  いつのまにこれほど、と思う。  初めは貴族への反感があった。だが人として好意的に思うようになった。それが、それ以上の気持ちに発展したのはいつからだっただろう。誤魔化しようがないと明確に気づいたのは、キスをされてからだったか。  初対面のときから、公爵を見るたびにぞわぞわする感情があった。近寄るとぞわぞわが強まるようで、苦手な気もしていた。だがいま思うとあれは、苦手だからじゃない。逆だ。彼に惹かれる予感を無意識に察知し、俺の防衛本能が警戒していたのだろう。それに従って近づかないようにしていれば、こんな想いはせずに済んだのに。  今更だ。  はあ。  自分の気持ちは、もういい。それより俺は、公爵の幸せを優先させたい。  今後は、令嬢の浮気を防止することを考えなければ。  浮気相手は誰だったか。それほど身分の高い相手ではなかった気がする。  その辺りは公爵視点で書かれていたから、ざっくりした説明しかなかった。令嬢がどういう理由で浮気したのかも書かれていなかったと記憶している。だからもしかしたら、小説では描かれなかった事情があるかもしれない。  あれほど令嬢を愛していた公爵を、悲しませることはしたくない。傷つく姿を見たくない。だからいままで事件を防いできたように、令嬢の件も介入しよう。  考えれば考えるほど胃が痛むが、大丈夫。なんとかなる。  ダンスはもうそろそろ曲が終わる。  このあと小説では二人でテラスへ出て語りあう。彼女の無邪気な言動に公爵は惹かれるはず。  二人が広間から出ていく姿など見ていられない。そう思ったら急激に痛みが増し、立っていられなくなった。侍従用の控室へ行こうと思うが、動けない。その場にしゃがみ込もうとしたとき、支えるように腕を掴まれた。 「きみ、立ち眩みかい。真っ青じゃないか」  声をかけてくれたのは見知らぬ青年。同世代くらいの貴族のようだ。 「あ…頭と…胃が痛くて…」 「OK。運ぶよ」  直後、抱き上げられた。お姫様抱っこされて広間を出る。痛みがひどくて遠慮する余裕もなく、俺は冷や汗を浮かべて彼に身を預けた。  広間を出て近くの部屋に連れ込まれた。侍従用ではなく貴族用の控室のようだ。大勢で使える広い部屋ではなく、個室。ソファに下ろされ、そのまま横になる。 「痛み止めの薬、持ってるんだ。飲むといい」  青年が上着のポケットから薬包をとりだし、俺の口元へ近づけたとき、開けたままだった入り口から誰かが駆け込んできた。 「失礼、その者は私の恋人だ。離れてくれ」  公爵の声。そちらを見ると、公爵のほかにグリーンカレーとサイラスもいた。そして、あの令嬢も一緒にいる。  ああ、公爵の朴念仁。彼女の前で俺を恋人と呼んじゃ駄目だろう。  焦って口を開く。 「違います。恋人じゃないです。俺は恋人のふりをしているだけの男です」  公爵が俺のいるソファまで来た。 「違わない。あなたは私の恋する人だ。恋人と呼ばずなんと言う」 「いや、違…、それだと誤解が生じますから…」  相思相愛じゃないと恋人とは言わないんだよ、と俺が言うのは棘がある。でも黙っていたら令嬢に誤解される。あああ、どうしたらいい。ていうか俺さっき、一人称を俺と言っちゃったな。って、そんなことはいま気にすることじゃない。  痛みと焦りで思考が支離滅裂になってくる。 「ユーイン、大丈夫か。貴様、いったいなにをした」  公爵は俺の顔色を見ると、助けてくれた青年に食ってかかった。 「え、僕は…」 「公爵、その方は具合が悪くなったところを助けてくれたんです」 「助けた? そんなわけないだろう。他人の連れだと見ればわかるのに係の者も医師も呼ばず、こっそり控室に連れ込むなんて、悪事を企んでいるとしか思えない。それにその薬包。なにを飲ませようとしていた」  公爵が青年の持つ薬包に手を伸ばす。青年は真っ青になって後退った。 「この者がアルドリット公爵家執事と知っての犯行か」 「ぼ、僕はなにも…っ。お連れの方が見えたなら、もう僕は必要ないですね。失礼しますっ」  そう叫ぶと、青年は転がるように出ていった。あああ、申しわけない。介抱してくれただけなのに。なんでこんなことになってるんだ。いつもの冷静な公爵はどこへ行った。  青年を見送ると、公爵は俺の横に跪き、真剣な眼差しで窺ってくる。 「具合が悪いというのは?」 「頭痛と胃痛が、急に」  公爵が遠慮がちに手を伸ばし、俺の頭に触れた。もう一方は、腹を抱える俺の手に重ねる。 「吐き気は?」 「少し」  公爵の後ろに立つグリーンカレーが話しかける。 「医師を呼んでくるよ」  それから令嬢に微笑みながら声をかけた。 「レディも、こちらへよろしいですか」 「え、なんでしょう。公爵様がいるのでしたら、私もここにおりますわ」 「これから診察があります。吐きそうだと彼も言っている状況ですし、レディがいるべきではありませんよ。さあ」  令嬢は名残惜しそうにこちらをチラチラと見ながらも、グリーンカレーと一緒に部屋から出ていった。 「サイラス。なぜおまえまでいるんだ」  少しだけ離れた場所に立っていたサイラスは、彼らの出ていった戸口を眺めていたが、公爵に言われ、ちょっとニヤリとしながらこちらを振りむいた。 「なんだよ。我が家の執事が運ばれていたんだ。それも男色の噂のある子息に。心配するだろ」 「……ほう」 「それと、ついでに忠告」 「なんだ」 「いまの、ブラックウッド伯爵家の娘だろう。シンディ嬢といったか。兄さん、あの子はやめとけよ」 「無論。しかし、おまえが口出しとは珍しい。どんな理由だ」 「ヒモがいるんだってさ。それを隠して、パトロン探し中だって耳にした。さっき踊ってるのを見たからさ。兄さん、いいカモだと思われたかなーと思って」  え?  彼女、公爵の運命の令嬢だろう?  ヒモがいる? パトロン探し?  えええ…?  嘘だろ…。 「サイラス様、そのお話は確かなことですか」 「グリーンカレーがそう言ってた。ほかにも言ってたやつがいるし、俺も、劇場の裏で彼女が男と抱き合ってるのを、ちょっと前に見たばかりだな」 「劇場…」  あ…、そうだ。思いだした。  令嬢の浮気相手は自称舞台役者だったかも。  ということは…サイラスの話は本当なのか…?  小説では、彼女の心変わりだと公爵の言葉で語られていた。愛しあって婚約もして、結婚直前となったときに彼女が浮気した。だから、初めはちゃんと公爵と恋をしていたと俺は信じていた。でもそれは公爵視点での話。純粋で愛すべき女性というキャラクターも、公爵の印象でしかない。別の視点では書かれていない。  公爵が知らなかったから小説には書かれなかっただけ。公爵が一方的に愛していただけ…?  サイラスの言葉が本当なら、令嬢には公爵と知り合う前からヒモがいた。浮気じゃなくて、ヒモのほうが本命で、令嬢は初めから金目的で公爵に近づいた……。  グリーンカレーまでそう言うなら、信憑性が高い。  マジか……。  小説では、この時期の公爵とサイラスは仲たがいしていて交流がない。グリーンカレーともしばらく会っていない。だから令嬢の裏情報など、公爵は得ていなかった。  だがこの現実では情報を得られた。二人が深い仲になる前に令嬢の裏の顔を知れた。  ということは、これは…。  これはもう破局というか……。真偽はどうあれ、一時期でも二人が結ばれる未来が見えなくなってしまった。 「クライド様…」 「なんだ」 「その…私がここへ運ばれたのを、どうして知ったのですか」 「踊っていたら、あなたが連れられて行くのが見えたんだ」  それでダンスを中断して追いかけてきたってことか…。  これって俺が、二人が結ばれる未来を壊したってことだろうか…?  ダンス中に具合が悪くなって中断させたし。令嬢の裏情報を公爵が知ることになったのも、俺がサイラスとの仲たがいを阻止したり、グリーンカレーと会う約束をしたためだし。  いずれ破局を迎える結末だとしても、一時でも公爵が愛を知り、幸せなひとときを過ごせたはずと思うと、申しわけないような…でも騙されなくてよかったような…。 「それにしても間に合ってよかった。サイラス、さっきの男の持っていた薬、怪しい気がする」 「そりゃあ怪しさしかないね。さすがに見た目だけじゃ、なんだったかわからんけど」 「調べてくれ」 「了解」  サイラスが出ていき、医師がやってきた。胃薬と頭痛薬を処方され、その場で内服する。  薬の効果なのか驚きの連続のせいなのか、痛みはすんなり引いた。身を起こし、ソファにすわれるようになった。 「大丈夫か」  医師も出ていき、二人きりになると、公爵は俺の隣に腰かけた。 「はい。ご心配をおかけしました」 「触れても……、いや、いい」  公爵は俺に手を伸ばしかけ、思い直したように引っ込めた。  触れてもいいのにと思った。でも俺は彼を振った立場だ。  でも…。でも…、どうなんだろう。  公爵が令嬢と結ばれないなら、俺は…。  身を引かなくても、いいんだろうか…。  俺は使用人で、彼は公爵だけど…。だが、公爵が次の本気の恋をするまでとか、そのくらいなら…。  にわかに胸が落ち着かなくなる。俺は唇を噛みしめ、それから恐る恐る尋ねてみた。 「その…先ほどのご令嬢…シンディ様のところにお戻りにならなくてよろしいのですか」 「なにを言っている。あなたも聞いていただろう。彼女は私を利用しようとしていたらしいと」 「そうですが…先ほどは、彼女ととても楽しそうに踊っていらしたから…」 「陛下の御前だ。それくらいの振る舞いはできる」  公爵がムッとしたように眉間を寄せた。 「なんだ? まさか、私が彼女に心変わりしたとでも思っているのか? 昨日、あなたに告白したばかりだぞ」  俺は公爵のほうを見れず、自分の手元に視線を向けた。すると公爵はソファから立ち上がり、俺の目の前の床に片膝をついた。 「この会場には着飾った女性が大勢いた。しかし誰一人として私の目に留まる人はいなかった。あなたを除いて」  公爵のブルーグレーの瞳が真摯な光を帯びて俺を見つめる。 「あなたには昨日断られたが、それでも私の気持ちは変わらない。そう簡単に気持ちを切り替えることなど、私にはできない」  公爵の手が伸びて、膝の上にあった俺の手に触れる。彼の落ち着いた色合いの瞳が、彼の心の内を表すように熱を帯びる。それは見る間に強くなり、迸る。 「やはり私は、あなたが好きだ。こんな風に苦しいほどに求めるのは、あなただけだ」 「……」 「……。あなたにとっては迷惑かもしれないが、想うことは許してほしい」  彼の瞳に溢れた感情は俺の心を巻き込むほどの熱だった。だがまもなく理性で押し込められるように燻りながら鎮火し、最後には諦めのような色が広がった。  公爵の真剣な気持ちが伝わり、胸が締め付けられる。  俺も好きだと、言ってしまっていいだろうか…。  公爵が、俺の顔を見て複雑そうな顔をする。 「…そんな顔をされると、期待してしまいたくなる」  こんなに求められているのに、これ以上黙っていることはできなかった。 「申しわけありません……私も……本当は……お慕いしています…」  絞りだすようにか細い声で告げた。  羞恥で、彼の顔を見て告げることはできなかった。俯いた視界の端に、公爵が驚きに固まっている姿が映る。 「………それは…どういう…。ではどうして昨日は…」 「その……私は庶民で使用人ですから、恐れ多いことだと思いまして…。クライド様は貴族の令嬢と結ばれるべきだと……」  しどろもどろに告げていると、次第に俺を見つめる公爵の顔が赤くなっていく。それにつられて俺も顔が熱くなる。 「つまり…あなたも、私と同じ気持ちだということだな」  確認され、俺は恥ずかしさに耐えながら頷いた。  公爵が大きく息を吸い込み、触れている俺の手を握り締める。「本当に」と小さく呟いたかと思ったら、身を乗りだし、覗き込んできた。  視線を逸らすことができず、目が合う。一度は諦めの色を浮かべていた瞳は、再び熱を帯びていた。 「顔色が少し戻ったようだな。歩けそうなら、屋敷へ帰ろう。一緒に」 「え。しかし、まだ来たばかりですのに」 「陛下への挨拶は済んだし、もう用はない」  公爵が立ちあがる。 「歩けないようなら私が抱きかかえて行こう」 「い、いえ、歩けます」  すぐにも抱かれそうになり、俺は慌てて立ちあがった。  勢いで告白してしまって、胸の鼓動がせわしない。ちょっとまだ興奮状態だ。  公爵に腰を支えられ、浮ついた気持ちでフラフラと歩きだす。  廊下へ出てしばらく歩くと、一人で佇んでいたグリーンカレーが声をかけてきた。 「落ち着いたようだね。よかった」 「ご心配をおかけしました」 「クライド、シンディ嬢は別の人を紹介しておいたよ。それからユーイン、ちょっと耳を貸して」  グリーンカレーが顔を寄せてきて耳打ちする。 「昨日きみたちが帰ったあと、暇だったから調べたんだけど、例の人、いまは王都にいるようだ。まだ噂を耳にしただけで、これから確認をとる。滞在先もまだ詳しくはわからないけど、一応現状報告」  例の人とは、ドミニクのことだろう。仕事早いな。  そうか。彼も王都に。もしかしたらすでに公爵の後をつけていたりするのかも。実際に行動に起こすのは数か月先。それまでに接触して、説得できたらいい。  グリーンカレーとはその場で別れ、出口へ進む。  玄関ホールに着くと、招待客の侍従や御者が待機していて、人の出入りがけっこう激しい。係の者に帰宅を伝え、公爵家の馬車が玄関前まで来るのをしばし待つ。 「むこうに椅子がある。すわろう」 「私でしたら大丈夫ですが…」  公爵が、俺の手を握った。久しぶりで、ちょっとドキリとする。手を引かれ、落ち着かない気分で椅子のある方へ歩きだしたとき、視界の端で黒い物体が素早く動いた。  黒い物体。人だ。侍従風の黒い服を着た――ドミニク。  認識したときには彼は目の前まで来ていた。その手には短剣。剣の向く先は――俺だ。  なんで公爵じゃなくて俺。いや、俺に恨みが向くのは正しいけどもっ! 「っ!」  叫ぶ間も避ける間もない。刺されると悟って反射的に目を瞑り、身を強張らせた瞬間、肉のぶつかる音がした。ハッとして目を開けると、公爵がドミニクを殴り、床に叩き伏せているところだった。  すぐに警備の者が駆けつけ、ドミニクを取り押さえる。 「グアアッ! 離せっ! あいつを道連れにしてやるんだっ! あいつのせいで…っ」  ドミニクは酔っているのかクスリでもやっているのか、焦点の合わない目つきで喚いていたが、やがて気絶させられたようで静かになった。  公爵が俺を振り返る。 「ユーイン、怪我は」 「大丈夫です。クライド様こそ、お怪我はないですか」 「ああ」  俺たちは息をつき、縛られて連行されるドミニクへ目を向けた。 「……馬鹿なやつだ…」  公衆の面前、それも国王の誕生祝賀会の最中の王城内での犯行だ。おそらく死刑か終身刑となり、今後会うこともないだろう。  説得できたらと思っていたが、残念な結果となった。しかし、これで公爵が殺される運命は消えたのだ。  よかった…。  ホッとして、身体から力が抜けた。 「ユーイン」  その場にへたり込みそうになった俺を、公爵が支えてくれた。その力強さに、心から安堵した。

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