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第14話クライド
ローレンスに会うなり、ユーインは目を輝かせた。ローレンスに話しかける姿は恋する青年そのもの。彼らしくもなく興奮して早口で喋り、はしゃいでいた。
彼にそんな顔をさせられる友人に対し、嫉妬心が湧き立つ。抑えようと思うのだが、こんな感情と向き合うことに慣れていないため、上手く対処できず態度に出てしまう。敵意をむき出しにしないでいることが精一杯だ。
ローレンスと二人きりで向きあったら取り繕う気にもならず、その態度のまま切りだした。
「ユーインは、なにを相談したんだ」
「それは話せないよ。守秘義務がある。こればかりは、いくら積まれても教えないよ」
ローレンスが笑みを浮かべ、肩をすくめる。
そう簡単に口を割るような男でないことは知っているし、そんな男だったら友人になっていない。わかっているが、私に聞かれたくないような悩み事をユーインが抱えているということが気になる。
「まあ、きみが心配しているようなことじゃないと思うよ。彼は、彼自身ときみのことを考えて、保険として僕に依頼したって感じ。気にしなくていいと思う」
「依頼したのか。それで、引き受けたのか?」
ローレンスが曖昧に笑う。この反応は、引き受けたんだろう。
「金は私が支払う。請求書はこちらにまわせ」
「んー。まあ、それは本人に確認しないと。でもさ、彼、真面目できちんとした人だね。安心したよ」
「当然だ。あんな素晴らしい人は他にいない」
「ふうん。それで本当のところ、どうなの。きみたちって本当に恋人なわけ?」
「そう見えないか」
「きみの片想いに見える」
私はがっくりとうなだれた。
「あは。やっぱり。話ってそのことかな」
「ああ…そうだ。生まれて初めて恋をして、自分なりに動いてみたが、これ以上、どうしたらいいかわからない」
「わお。生まれて初めてかあ。たしかに、きみはそうだろうね。しかし僕は探偵だよ。恋愛相談はやってないんだけどなあ」
「わかっている。探偵への相談じゃなく、友人として相談してるんだ。こんな相談ができるのはおまえだけだ」
「それは光栄。じゃあ友人として相談に乗るとしよう。そもそも、なんで恋人ってことになってるんだ? ああ、待て。言わなくていい。縁談や令嬢のアプローチが面倒で、恋人のふりをしてもらってるって感じかな」
「そうだ」
「恋人役を引き受けてくれているくらいだから、彼に恋人はいないんだろうね。偽の恋人になる前から彼のことが好きだったか、恋人役になってから好きと自覚したかわからないけど、きみとしては、偽の恋人じゃなく、本物の恋人になってほしい。だが相手は家令。貴族じゃないし、自分ちで雇ってる使用人。どうやって気持ちを伝えたらいいかわからないし、気持ちを返してもらえる自信もない」
「その通りだ」
ローレンスは学生の頃からこんな調子で、人の心の中を推理して暴いていく。大概当たっているし、説明を省けて楽だ。
「恋人役として、肉体的な接触はした?」
「…した。キスを。あとは手や腰に触れたくらいだ」
「その時の彼の反応は? 嫌そうだったかい?」
「…悪くない、と思う。だがそれは、私が雇い主だから、断れなかっただけかもしれない。権力に屈するような人ではないはずだが…責任感が強いから、引き受けた仕事を完璧に遂行しようと思ってのことかもしれない。男同士でのキスくらい、どうも思っていないだけかもしれない。単純に金のためかもしれない。わからない。だから、これより先に進むのを躊躇っている」
「なるほどねえ」
ローレンスは顎を撫で、ふと笑う。
「内心どうあれ、拒絶はされていないんだろう。きみの立場なら、使用人なんて手籠めにしてなし崩しに愛人にすることもできるのに、そうはしないんだね」
「そんなことをしたら一生嫌われる。それに私は、性欲のはけ口が欲しいわけじゃない」
「本気で好きなんだ」
「だから相談してるんだ」
睨んだら、ニヤニヤと含みのある笑みを返された。
「なにを笑ってる」
「だって、こんな愉快なことはないだろう。他人に興味がなかったきみの、そんな様子が見れるんだ」
「相談に乗らないなら、帰る」
「まあ待ちたまえ。そうそう、彼は、男同士は大丈夫なのか聞いたかい?」
「ああ。偏見はないと言っていたし、私に触られるのは嫌じゃないとも言っていた」
「なんだ。そこまでわかってるんじゃないか」
呆れた顔をされた。
「まあ、僕が助言できることは一つだけ。本気で仲を進展させたいと思っているなら、まずはきみの気持ちを伝えることじゃないか?」
「いきなりか。それで気持ち悪がられたり、距離を置かれたりしたらどうする」
「露骨な反応を見せられたら、もうどうあがいても無理だから、諦めろってことさ。恋人のふりでキスしているくらいなら、いきなりって感じでもないんじゃないか?」
「……しかし」
言葉が続かず、吐息が漏れた。
無意識に視線が下がる。
「悩むな。プライドは捨てろ。格好いいことを言おうとかつまらないことを考えず、とにかく正直に伝えてみろ。後先考えず捨て身で伝えることだけが、相手の心を掴めるんだ」
少しだけ真面目なトーンで諭されたことに気づき、視線を向ける。
「おまえなら、気の利いた助言をしてくれると思ったんだが、結局、月並みだな」
はあ、とため息をつき、悪態めいたことを愚痴ると、爽やかに笑われた。
「自分でもわかっているだろう。相談なんて言ったけれど、相談するようなことはなにもないじゃないか。背中を押してほしかっただけだろう」
たしかに、その通りだった。私はかすかに笑い、立ちあがった。
「そうだな。邪魔をした」
「明日報告してくれよ。楽しみにしてる」
「ああ。明日、祝賀会で会おう」
二人揃って部屋を出ると、ユーインは先ほどの応接間で待っていてくれた。
ローレンスに見送られ、馬車に乗る。
向かいにすわるユーインに目を向けると、相変わらず輝くような魅力を感じる。自然体ですわっているだけなのに美しく品があり、つい見つめてしまう。
この人を、他の誰かに奪われたくない。明日もローレンスと祝賀会で顔をあわせるだろう。そう思うと連れていくのはやめたくなってきた。ローレンスだけでなく、誰の目にも触れさせたくない。
「ローレンスに依頼をしたそうだな」
「あ…はい」
「内容は聞いていない。しかし私にも関わりがありそうなことを聞いた。私に言えないならば聞くつもりもないが、費用は私が払おう」
提案すると、彼はしばし迷うような表情をし、頷いた。
「ありがとうございます。依頼は、ベアード親子の行方を捜してほしいというものです。公爵家の内部を熟知している者の行方がわからないというのはいささか不安で。管理者として、いちおう把握しておきたいと思いまして」
「なんだ。そんなことか」
「はい。クライド様が気になさるようなことではないです。依頼を受けていただいたので、捜索の状況によりグリーンカレーさんを公爵家に滞在させることもあるかもしれませんので、ご承知おきください」
依頼内容を私に聞かれたくないようだったから気になっていたが、たいしたことではなくてほっとした。
気がかりが一つ解消したことで、次に、ローレンスに相談したことが胸を占めた。
気持ちを伝えろと言われた。
伝えても、いいものか。
スザンナは夫モーガンと付き合う前、自分に気があることをわかっていた。言葉で明確に好きだと言われなくても、そういうものは雰囲気でわかるものだと私も知っている。
ユーインの場合、はっきりとわからない。確証を持てない。しかし彼も私に好意を抱いてくれているという感触はある。キスをしても嫌がられていない。初めは驚いていたし、いまも戸惑っている様子はあるが、拒否せず身を委ねてくれる。
ユーインの性格ならば、好きでもない男とのキスなど、嫌だとはっきり言うはずだ。
だから…受け入れてもらえる可能性は高いと踏んでいる。
彼のほうも、私の気持ちに気づいているだろう。必要もないのに毎日キスするのだから、気づかぬ方がおかしい。それでも言葉にしたら、おそらく彼は戸惑うだろう。身分的なことを考えて困らせるかもしれない。しかし。遊びじゃないこと、真剣に思っていることを伝えて押せば、受け入れてくれる気がしている。
大丈夫。きっと成功する。
だから…告白してみよう。
よけいな小細工はしないほうがいいとのことだった。花を用意して、感じのいい場所で、なんて演出は女性相手なら有効かもしれないが、ユーインは男。
ならば、いまでもいいのか。
ローレンスに背中を押してもらった勢いで、いまがいいのかもしれない。これを逃すと、言う機会を計れなくなりそうだ。
私は気持ちを固め、こぶしを握った。
「ユーイン」
「はい」
「あなたに、伝えたいことがある」
緊張から、普段よりも低い声になった。ただならぬ気配を発しているかもしれない。彼が目をぱちくりさせ、姿勢を正した。
「なんでしょう」
「私とあなたはいま、恋人のふりをしているな」
「ええ」
「私は……ふりではなく、あなたと本当の恋人になりたいと思っている」
彼の瞳が驚きで見開かれる。その水色の瞳を見つめ、真摯に告げた。
「私は、あなたが好きだ」
彼が息を呑んだ。その瞳が狼狽えたように揺れる。
「あ…の。急に、どうされたんですか…」
「明日の祝賀会で、本当の恋人となって出席したいと思った。あなたの気持ちを聞きたい」
どうか、同じ思いだと言ってほしい。そう願って強く見つめる。
彼は困ったように私から目を逸らし、自分の膝の上にある手へ目を落とした。
彼がすぐに返事をしないことは予想範囲だった。だが、見る間に彼の表情は強張り、顔色が悪くなっていく。
急に抱き寄せたときやキスしたときのように、顔を赤くしたり照れた態度をとることはない。
これは…。
嫌な予感に、こちらも表情が強張る。
さほど時間をおかず、彼は意を決したように口を開いた。
「私は、クライド様のことを尊敬しておりますし、執事として誠心誠意仕えています。しかしそこに、特別な感情はありません。もったいないお言葉を頂戴しながら、申しわけありません。お気持ちにお応えすることは、できません」
深々と頭を下げられる。彼がどんな顔をしているかわからない。
馬車が石畳を走る音だけが耳に届く。
私は縋りつく思いで、声を絞り出した。
「…本当に、少しも…気持ちはないのか。毎日キスをしても拒まないのは…私に逆らえないためではないだろう?」
「それは、仕事です。契約しましたから」
悩む様子もない、淡々とした返事。まさかこれほどあっさり振られてしまうとは思わなかった。少しでも思いを感じることができれば押すつもりだったが、これは無理だと思わざるを得ない。
「……申しわけございません」
こちらに向けられる彼の頭頂部を、ただ見つめた。
「そうか…」
ショックが大きすぎて、それ以上何も言えなかった。
それきり、屋敷に着くまで沈黙が続いた。
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