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EP
眠りについたのは、一瞬。
そう思ったのに、目が覚めると、窓からはもう薄白い光が漏れていた。
隣を見ると男はおらず、ジョンじいさんが店先と同じ笑顔で横たわっていた。
「夢……?」
しかし、それに答える者は誰もいなかった。
それから、慌ててジョンじいさんを元のケーキ屋まで運んだ。ジョンじいさんの足元には小さなタイヤが付いており、ガラガラと音を立てながら、運ぶ姿は我ながら情けなかった。
幸い、開店前に元に戻したこともあり、ジョンじいさんをさらったことは誰にもばれていなかった。
朝起きた時も、移動した時も、店先に戻した時も、ジョンじいさんはずっと人形のままだ。途中、何度も顔を覗き込んだが、白い光が発することはなかった。
数日が経ち、街はクリスマスなんてなかったかのように、慌ただしい日常に戻った。
大学に行く途中、稜はケーキの前で足を止めた。
今日もジョンじいさんは笑っている。人形のままで。
(……もう一度会いたい……、なんて)
「馬鹿だな」
あれはクリスマスの夢じゃないか。ただの、妄想。
そう自分に言い聞かせていると、遠くから聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「店長ー! もう大丈夫なんですかぁ? クリスマスに過労で倒れるなんて、本当にかわいそうですよね」
(う、るりだ……。見つかる前に逃げよう)
声とは逆の方向に体を向けて去ろうとしたが、別の声が聞こえ、ふと足を止めた。
「そうでもない。面白い夢を見たぞ」
(……この声は)
胸が高鳴り、すぐには振り返る事が出来なかった。この低く、落ち着いた声は、確かに聞き覚えがあった。
「どんな夢ですかぁ?」
「ジョンじいさんになって、可愛い子を襲う夢」
「なにそれ、ウケるー!」
彼女が高らかに笑っている。ゆっくりと振り返ると、彼女の隣には『あの男』が歩いていた。
(夢じゃなかったのか……)
信じられない気持ちで立ち尽くしていると、男の視線がゆっくりとこちらへ向けられた。男は立ち止まり、稜を見たまま、二、三度瞬いた。げ、あいつ。と漏らしたるりを置いて、男はこちらへ歩んでくる。そして出会った夜と同じようにふてぶてしく笑った。
「初めまして、だな。……生身の方では」
視界の端で、ジョンじいさんがウインクした気がした。
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