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第2話
「んん……」
自分の唸り声で、稜は目が覚めた。うっすら目を開くといつもの天井。自分の一人暮らしの部屋にいた。記憶がないが、きちんとベッドに横たわっているということは、公園から無事に帰ってきたようだった。
(今、何時だろう……)
手探りで携帯を探して、稜は驚いた。
稜は一糸まとわぬ格好だったのだ。恐る恐る布団をめくると下着も履いていない。靴下だけ履いていた。
「うわっ」
隣を見てさらに驚愕し、稜は声を上げた。誰かが、隣で寝ている。顔や体は見えないが、その布団の盛り上がりはどう見たって人である。
「俺……、もしかして、童貞卒業した? イヴに? これが……、イヴの奇跡ってやつ?」
混乱する思考を整理しながら、公園で酒を飲んだ後を思い出そうとしたが、何も思い出せない。綾は隣で寝ている者に声をかけた。
「あ、あの……」
しかし、反応はない。恐る恐る布団をめくると、そこには、公園で一緒に飲んだはずの『ジョンじいさん』が横たわっていた。
(人ですらねぇ!!)
店先に立つじいさんが、同じ笑みを浮かべたまま自分のベッドに横たわっているのは、シュールな光景であった。
「やべぇ、どうしよう……」
これは立派な窃盗罪ではないか。捕まるのか。こんなことで、人生が終わるのか。
酔いが一気に冷め、頭を抱えていると、じいさんが白く光り始めた。
「は……?」
白い光は、稜を照らし、やがて部屋全体を包み込んだ。そして徐々に光が集まっていき、人の形になって天井に浮かんだ。
「……よう」
人の形になった光は、見知らぬイケメンに変化して、こちらを見下ろしている。
男は、Tシャツに半ズボンというラフな格好で、幽霊というには、はっきりし過ぎていた。しっかりと足の指まである。
男は天井からゆるゆると降りてくると、稜に覆いかぶさった。目と目が合い、稜はただ固まる事しか出来なかった。
「あの……、どちら様でしょう?」
恐る恐る尋ねると、男はふてぶてしく笑った。
「俺? ジョンじいさん」
「めちゃくちゃ日本人じゃねぇか!」
男は、確かに綺麗な顔をしているが、日本人特有の切れ目に、健康的な肌の色はどう見たって黄色人種のそれで、白人のジョンじいさんからは程遠い。
ジョンじいさんだと答えた男は、稜の瞳を捕らえて離さなかった。男の手が、そっと頬に添えられた。
稜は小さく肩を震わせる。そのひんやりとした手の触感に驚いたのではなく、男が稜に触れられる事に驚いたのだ。それは、男も同じだったようで、小さく目を見開くと、少し嬉しそうに笑った。
頬に添えた手がするりと顎まで降りたと思うと、そのまま顔を固定された。そして、稜の首筋にキスを落とした。湿った感触に、小さな声が漏れた。
「うぁ…! ちょ、ちょっと、何やってんの!」
稜は、慌てて男の体を両手で押し返した。心臓の音が一気に高鳴り、頬と耳が熱くなるのを感じる。
「お礼」
「お礼の意味が分かんないんだけど!」
「なに、アメリカでは普通の事だ」
「お前、怒られんぞ!」
なんなんだ、この似非アメリカ人は。
突然現れたと思えば、襲ってきて、理由を聞いてものらりくらり。稜が睨みつけると男は笑ったまま、小さく片眉を上げた。
「童貞を捨てたかったんだろう?」
その言葉にハッとした。確かに稜は、ジョンじいさんにそう言った。すると、本当に彼はジョンじいさんなのだろうか。
男がキスを迫ってきたので、稜はとっさに顔を背けた。男は悲しそうに眉を下げた。
「嫌か?」
「い、嫌とかじゃなくて、これはなんか違う気がする。た、確かに、一人は寂しいって思ったけど、お互いよく分かんないんのに、こんな事……!」
「ふぅん……」
男の指が稜の唇に触れた。下唇の縁をなぞるように滑らせる。
「じゃあ、キスもしてくれないのか」
そんな義理ないだろ。と、言えばいいのに、悲しそうな男を見ると、なぜか言葉が詰まった。
見知らぬ男に襲われて、ろくに抵抗しないのも、どこか期待のような胸の高揚も、多分、酒のせいだ。
稜は身を起こすと、男の頬にキスを落とした。恥ずかしさに頬が熱い。男は何を考えているか分からない表情で稜を見ている。
「これで、いいだろ……んっ……」
突然、両肩を掴まれたと思うと、唇に柔らかい感触が伝わった。傍若無人の舌が稜の歯をなぞり、ぬるりと口内へと入ってくる。自分の吐息が熱くなっていくのがわかる。男の指が稜の乳首を摘み、稜は小さく声を漏らした。
「あっ……」
(やべ、変な声出た……)
稜は真っ赤になって、とっさに男から離れて自分の口を塞いだ。しかし男は稜のその塞いだ手を掴んでベッドへと押し付けた。そして、男は軽く口を開けると、舌の腹で乳首を撫でた。
「んんッ……」
ぞくぞくとした衝動に稜の背中が仰け反った。男は小さく鼻を鳴らして笑った。その息にすら反応してしまう。男は愛でるように乳首を舐めた。唾液が稜の胸を伝っていく。
「もう止めろって……」
「それ、本気で言ってるのか? すごい事になってるけど、ココ」
男が指先で根元からなぞったのは、張り詰めた稜自身だ。すでに先走りがあふれていた。
どう答えていいかわからず、稜は男を見た。男の顔が胸からへそ、そして、稜自身へと下りていく。
(見られてる……。あ、舐められる)
期待なのか、恐怖なのか、稜は緊張でいっぱいいっぱいであった。熱にほだされ、男に見られていると思った時、男は悪戯に稜自身に息を吹きかけた。
「あっ」
その瞬間、稜は果ててしまった。稜の精液は男の顔を汚した。男は表情を変えないまま、その汚れた顔をずいと稜に寄せた。
「息を吹いたら、出たんだが」
「言うな! 馬鹿!」
男は稜の必死の言葉に喉を鳴らして笑った。
「なんで、顔射されて喜んでんだよ」
その姿はあまりにかわいそうだったので、稜はティッシュでその顔を拭いてやった。男が顔を寄せるその姿が甘えられているようで、不覚にも可愛いと思ってしまった。
終わると、男はそのまま稜の隣に寄り添うように横になった。隣に誰かが寝ていることが妙に不思議な気分だ。稜は男に尋ねた。
「……なぁ、なんで俺にこんなに優しいの?」
「それはお前が俺に優しくしたからだ」
「え?」
稜が聞き返すと、男は照れくさそうに視線を逸らした。
「俺は開店当時から、あのケーキ屋にいた。人形の俺に話しかけ、酒までご馳走してくれたのは、お前が初めてだ。
酔っ払いに絡まれた事はあるが、俺を家まで持ち帰った奴も初めてだ。おかげで、色んな景色を見られた。この街の光は綺麗だな」
男は思い出すように軽く瞼を閉じた。しかし、すぐに開くと切れ長な瞳を稜へ向けた。
「それに……、今日はクリスマスだしな。人恋しいのは、俺も同じだ」
仰向けになったままの稜の手を、男の手が包んだ。頬に触れたときは冷たいと思ったその手が、今はとても暖かく感じた。稜は恥ずかしくなって視線を下げると、その様子を男が笑った。
「お互いを知らないなら、話でもするか?」
男の言葉に稜は頷いたが、手から伝わる心地良い暖かさに、急激な眠気に襲われた。男がなにかを話している。
(俺も、何か話さなきゃ……、まだ名前も言ってないし)
そう思いながら、稜は夢の中へと落ちていった。
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