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第5話 清水田学園のキング_千夜の呪い1

「でもさー、温田見くんの件で寮長だけに通達ってなんだろうな。大体のことは生徒全体に報告するんだと思ってたんだけど。既にうわさ好きな奴らはもう色々と騒ぎ立ててるから、早く事実を知らせたらいいのに。幽霊がどうとか呪いがどうとか言っててさ、呆れねー? 結局のところは事故なんだろう?」  黎は光彰の方を向いたまま窓際の手すりに肘をつき、窓の手すりに体を預けて体育館の方を見つめている。ちょうど太陽の光がその目に差し込む位置にあったのか、眩しそうに顔を顰めていた。手でそれを遮断して光は遮りながらも、春の陽の暖かさを受けた場所からそれを堪能している。 「はー、あったかい。陽の光にあたるだけで幸せだねえ」  そう呟いていた。光彰はそんな黎の姿を眩しそうに眺めている。彼は彼で、目の前の幼馴染が陽の光を浴びて輝いている様を堪能していた。 「さあ、どうだろうな。市岡は温田見が時計塔の屋上から落ちていくところを見たって言ってるんだろう? それで事件性がないって警察が言ってるのなら、事故扱いになるだろう。そうなると、今の段階でわざわざ寮長だけを呼び出すなんて、おかしな話だよな。一体何を伝えるつもりなんだか」  それを受けて、黎が口元に手を当て、教師が生徒に向かってするような仕草をした。 「高いところは危ないから気をつけるんですよー、っていう注意喚起? あ、それとも自分達からは直接生徒には何も言わないけれど、寮長から寮生に注意させなさいっていう責任転嫁かな」 「あはは、そうかもな。それならわかる。金儲けと逃げることしか考えてない奴らばっかりだもんな、ここの教師って」  珍しく無邪気に笑う光彰の姿に気をよくした黎は、人差し指と親指で輪を作り、その上下をひっくり返すと 「これ? 好きだよね」  と笑った。光彰はそれを見てまた同じように笑う。二人の笑顔に太陽の光が差し、その造形の美しさが映えた。 「まあ、冗談はさておき。学校側に何か落ち度があったから隠したいっていうことかもな。階段室の施錠を忘れてたとか、屋上の柵が壊れてるのに修理してなかったとかの安全配慮義務に違反してるんだろう」  それを聞いた黎が光彰を指差し、「あ! あった。あったよ、そんな話!」と叫んだ。光彰は目の前に差し出された人差し指を睨むと、噛み付くふりをする。  そして、わっと驚いて手を引っ込めた黎に、 「指差すな」  と言いながら歯をカチカチと鳴らして笑った。思いもよらない光彰のコミカルな行動に、黎は思い切り吹き出してしまう。 「あはっ。何だそれ。悪い、つい指差しちゃうんだよな、俺……」  光彰は引っ込められた黎の手に自分の手を乗せた。そして、その指に自分の指を絡ませると、それを握ってはその力を緩めてと繰り返した。 「学校側が何度施錠しても、密会したい奴らがその度に鍵を壊していってたって話だろ? 確かに噂になってたな。俺でも知ってるぞ。あんまり続くから、学校側が根負けしたらしいな。罰でも与えて止めさせるべきだったと思うんだが、それはしなかったらしい。そこにははっきり責任が問われるべきだろうに、生徒が亡くなってもそれから逃れようとするなんて、俺には到底信じられない」  彼はそう言うとぎりっと歯を鳴らし、怒りを滲ませた。ここの教師が最低であることは、生徒間では共通の認識だ。しかし、彼らはあまり反抗しようとはしない。なぜなら、生徒たちのほとんどが人質のような存在だからだ。  そもそも彼らは、親の会社での地位を向上させるためにここに通わされている。教師への貢献度によって親への評価が変わるため、どれほど学校で不本意な扱いを受けようとも、それを黙って受け入れる傾向にある。  それでも、そこに命が関わるのであれば話は別だ。温田見の事故に教師の過失が関わっているのであれば、生徒は何か行動を起こすかもしれない。それを防ぐために、自分たちの保身を考えた行動を取ろうとしているのではないか。二人はそう考えていた。 「恐ろしいくらい根性が腐ってるもんね、ここの先生たち。確かに、隠すつもりかもなあ。……でもそれよりもさあ、光彰。俺は気になってるんだよね。なんで温田見くんは時計塔にいたんだろう。時計塔って今は使われていないだろう? 今年から生徒数が減って、時計塔は全部空き部屋になってる。だから誰かに会いに行ったわけでも無いだろうし、幽霊も出るのにさあ……。あ、もしかして、温田見くんも彼女と待ち合わせをしてたのかな。え、あの温田見くんが……?」  黎はそう言いながら頬を真っ赤に染めていく。想像したことを頭の中から追い出そうと、必死になって腕を振り回していた。 「こら、黎。危ないからやめろ。全く、自分で言っといて赤くなるなよ。温田見だってそりゃあ健康な高校生男子なんだから、そういう欲を持ってても別にいいだろ?」  光彰の言葉に、黎は「そういう欲ってどういう欲だよ!」と叫んだ。小さな頃からずっと光彰と共にいる黎にとって、そういう話は無縁のものだった。三年間の寮生活の中では新しい出会いがあるわけでもなく、黎も光彰も恋人はいない。  しかし、光彰には過去に交際経験があり、あまりその手の話に抵抗は無い。恋愛経験の無い黎は、一人で取り乱してしまっていた。  軽いパニックを起こした彼の腕を、光彰がそっと掴む。そして、その目をじっと覗き込むと、「落ち着け」と柔らかく響く声で告げた。それを繰り返すこと数回。ようやく冷静さを取り戻した黎は、今度はそんな話で慌ててしまった自分を恥じてしまい、顔を赤らめていく。 「わ、悪い。ちょっと狼狽えちゃった。変なところに過剰反応してごめん。亡くなってるんだし、そんなことを考えるのは不謹慎だよな。ごめん」  紅潮した頬のまま頭を掻く黎を見て、光彰は相好を崩した。ふっと笑みを漏らす顔を見て、周囲がざわめいた。そして、どこからともなくシャッター音が聞こえ始める。彼が見せる優しい笑顔は、女子生徒だけでなく職員にも売れるのだという。反応の速さから察するに、ついさっき僅かに微笑んだ時から構えていたのだろう。黎は周囲のその行動の素早さに呆れて目を剥いた。 「お前、本当に大変だよな。ちょっと笑うだけですぐ写真を撮られるだろう? そんなことをされていたら、毎日窮屈じゃないか? もう三年目だ。見てるだけで気の毒だよ。悪いけど、俺にはそういうのがなくて良かった」  すると、光彰は黎の額を指でパチンと弾いた。 「バーカ、あれは俺のファンだから撮ってるんじゃ無いんだよ。黎、知らないのか? あいつらは、あれで商売してるんだ。俺の写真いくらで売れるか聞いてみろよ。バレてないと思ってるからな、慌てて腰抜かすかもよ」  呆れたように呟くその表情は、もう既に眉間に深い皺を刻む険しいものへと戻っていた。  光彰は、黎以外の人物に好かれようが嫌われようがまるで気にも止めない。しかし、それを商売にしている事自体は毛嫌いしていた。ただ、こんな校風になってしまった原因は、間違いなく彼の父にある。そのため、あまり大きな声で拒否をするわけにもいかず、苦々しく思いながらも黙ってそれを受け入れていた。 「こうなったのも父さんの意向みたいなもんだしな」  そう言って、困ったように笑っている。黎もそれを承知しているからか、納得がいったという表情で頷いた。 「確かにそれはそうだろうなあ。なあ、お前おじさんにちゃんと抗議した? あんたのせいで毎日大変なんですけどーって言ってみろよ。あの人、そういうの言わないとわかんないんじゃないの?」  大袈裟な顰めっ面を見せて黎がそう言うと、光彰はそれを聞いて珍しくぷっと音を立てて吹き出した。その表情はいつもと違い、幼さを滲ませている。 「いや、言ったところでわからないだろうな。まあいいんだよ、それは。父さんは父さんで考えがあってやってることだろうし、俺はあの人を尊敬してるから、俺にそれが見抜けなくても黙って従うだけだ」  光彰はそう言ってくすくすと笑う。その度に鳴り響く音を聞きながら、息子には優しい父のことを思った。  彼の父は、外での評判は鬼のように容赦の無い厳しい人だとされているが、家では子供に理解のある、優しい人だ。そのことを知っている人は少なくて、その貴重な存在の中の一人が黎だ。黎は光彰の父の妹の子供で、光彰とは従兄弟関係にもあたる。叔父である辰之助が本当はどういった人物なのかを知っている、唯一の学校関係者だ。 「で、さっきの話なんだが。俺は温田見はそんなことはしないと思うぞ」  突然切り替わった話に、黎は僅かに面食らった。しかし、すぐに何の話であったかを思い出し、再度頬を赤く染めていく。 「え? 逢瀬の話?」 「そう、逢瀬の話。それをすると彼女の小野をも巻き込む事になるだろう? 温田見は小野をすごく大切にしてたからな。彼女が困るようなことはしないだろう」

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