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1-8 あの日の過ち

 俺は() 雲英(うんえい)から手渡された器を手に、寝台にゆっくりと歩を進める。あの警告には背中がひんやりと冷たくなったが、今はそれどころではない。  他の誰かが彼に口付け····じゃなくて口移しをする光景なんて見たくなかったし、嫌だった。かと言って、俺自身がするのもなんだか気が引ける。  たとえこのキャラが本物の白兎(はくと)じゃなくても、見た目そっくりな時点で他人にその役目を任せることはできなかった。  俺の過ちの原因。それは、高校一年の、ある秋の日の出来事。放課後、オレンジ色に染まる教室。  その日はミーティングだけで部活が早く終わるからって、一緒に帰ろうと約束をしていたのだ。けど終わって戻って来たら、白兎はひとり残された教室で、器用に椅子に座ったまま転寝をしていた。  それはありきたりな恋愛漫画のワンシーンといってもいい。 (眠ってる無防備な白兎にキスした····なんて、言えるわけないよな)  それは本当に触れるだけのもので。  待ちくたびれて寝ていた白兎を起こすのがもったいなくて、椅子に後ろ向きで座ってぼんやりと見ていただけのはずが、気付いたらしてた(・・・)、なんて最低だろう!  しかも眼鏡を勝手に外して、その可愛らしい寝顔をしばらく眺めていたのだ。もはや言い訳はできない。勝手にキスして、後悔して、その場から全速力で逃げたのだから。  最低最悪な黒歴史。あの時、白兎が目を覚まさなくて本当に良かった。 (あの後、俺は罪悪感から白兎に話しかけるのすら怖くなって、距離を置くようになったんだよな····でも俺が素っ気ない態度をしても白兎はあんまり気にしてないみたいで、最初こそ不安げだったけど、少ししたら興味ないって感じだったな)  その間もあの『告白大作戦』は進んでおり、なんなら完成間近だった。現実とは真逆に、しろうさぎと渚としては順調に仲良くなっていて、そして何度もチェックしては直しを入れたあのゲームが遂に完成する。その日の内にSNSでDMを送った。  白兎はすごく喜んでくれて、その数日後にメールが送られてきた。そこにはゲームの感想が綴られており、満足してくれたようだ。当然だ。あれは白兎を研究して、彼の『好き』を詰め込んで作ったゲームなんだから。  製作費はお年玉やお小遣い、部活の合間にしていたバイト代、姉貴の先行投資、足りない分は一緒に作ってくれたひとたちが用立ててくれた。そんな強い想いだけで作り上げた『白戀華(はくれんか)~運命の恋~』が、失敗するわけがなかった。 (白兎が隠しルートをプレイする前に、あの店で本当のことを話そうと思っていたのに。結局、俺はなにもできずに死んだんだよな?)  なにも伝えられなかった。それどころか、白兎を守れたかさえわからない。仮に白兎だけでも生き残っていたとしても、俺が死んで自分だけ生き残ったってわかったら、きっと思い悩むだろう。  どちらにしても、時間は戻らない。  どうにもならない。 (転生して、しかも自分が関わったゲームの中で、目の前にはあいつとそっくりなヒロインって····これ、罰ゲーム?)  白兎に似せて作ったゲームの中のキャラ。隠しルートは、青藍(せいらん)白煉(はくれん)の物語。白煉《はくれん》は攫われた後かなり酷い目に遭うのだが、暗殺集団である"(ふくろう)の爪"の頭領に拾われ、少しずつ自分を取り戻していく。しかし攫われる前の記憶が曖昧で、自分が何者かも憶えていなかった。  それでも元々の秀でた才覚や身体能力は衰えてはおらず、頭領は彼を気に入り、常に傍に置くようになった。  やがてあの暗殺計画を持ち掛けられ、彼が誰の代わりに攫われ今に至るかを知っていた頭領は、あえてかつての友をその手で殺させようと目論む。  彼にとって初めての任務。失敗も在り得るだろう。故に、もうひとりの暗殺者を同行させた。 (白煉を白兎の代わりに幸せにしろとでも?)  器の煎じ薬を口に含む。 (うっわっ! なにこれまっず⁉ にっがっ⁉ 今すぐ吐き出したい!)  口の中に広がったその異質なものに、俺は今まで真剣に考えていたことが、嘘のようにすべて吹っ飛んでしまった! (ちょっと待て! これを飲ませるのか? 白煉の設定は白兎と同じ甘党だぞ)  これ、マズすぎて目を覚ますんじゃないか?  後々、気まずくならないか?  動揺しつつも、青藍ならその責任感の強さから絶対に止めないだろう。止めたら俺、ナビに警告されるんだろうな。  覚悟を決め、眠っている白煉の身体を少しだけ起こし、片腕で支える。その綺麗な顔立ちに見惚れつつ、ゆっくりと唇を近づけた。 (俺は青藍これは白煉、俺は青藍これは白煉、俺は青藍!)  白兎じゃない。  けど、俺は――――。

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