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2-3 予期せぬ欠陥

 ナビゲーター02。俺は勝手に略して『ナビ』と呼んでいる。明るい口調の少年の声を模した機械音声なのだが、どこか生意気なのだ。 『これから起こる恋愛イベントは、チュートリアル用の初回イベントとなりますので、攻略キャラクターの好感度の変化はありません。でもあなたの頑張り次第では、あなたのことをなんとも思っていないヒロインが、少しは興味を持ってくれるかもしれませんね』 「まあ、間違ってはいないだろうけど、言い方ってあるよね? 俺のナビなんだから、お前は俺の味方なんじゃないの?」  自室でひとり、緑色の透明な画面と言葉を交わす。ナビゲーターとこんな風に会話するようなシステム、あの乙女ゲームにはないはずなのに。これは欠陥(バグ)なのか、そもそもこの転生自体が、俺の夢か妄想なのか。  この時間帯は護衛官の海鳴は隣の部屋で待機している。彼がほぼ一日中傍にいるので、その間ナビとは頭の中で会話をしていたわけだが、今の頃は各々の時間を自室で過ごすようだ。呼べば十秒以内に来てくれる過保護ぶりなので、彼の睡眠時間が本気で心配になる。  海鳴は青藍の良き理解者であり、兄のような存在。この隠しルートにおいて、ヒロインに対して密かに想いを寄せるようになる人物のひとり。白煉の好感度を定期的に上げられないと、海鳴含め他の皇子たち、挙句の果ては暗殺集団の頭領までもがヒロインを狙ってくるのだ。  あの暗殺未遂事件のイベントの後、記憶喪失を偽っている白煉、ハクと仮の名を付けた彼は、怪我が完治していないのにどうにかしてこの宮から逃れて頭領の許へ戻ろうとするのだが、華 雲英に諭され、しばらくの間は大人しく留まることを決める。 『あなたの味方、という認識に間違いはありませんが、ボクはあくまでもこの物語(ゲーム)の案内役であり、あなたの友だちではありません』 「俺も別にお前を友達だなんて思ってないから、おかまいなく! それよりも、俺と華 雲英の他に転生者はいるのか?」 『その件に関しては、確認できません。転生者01に関しては先にもお伝えした通り、今後ともお互い干渉しないようにお願いします。再度警告しますが、物語の改変は許可されていません。右上のペナルティカウンターがゼロになった時点で、概要説明通り強制的に排除されますので、それが嫌ならご自身で注意してくださいね』  俺は少しだけ期待していた。キラさんが華 雲英に転生しているのなら、白兎も転生しているんじゃないかって。ナビが確認できないってことは、つまりはそういうことで。白煉が白兎だったら、なんて。そんな都合の良いこと、あるわけないよな····。 「チュートリアルイベントの説明は必要ないよ。台詞もだいたい合ってればいいんだから、さっさとイベントを終わらせて、次に進もう」 『適当にこなそうとしてますね? そんなあなたにひとつ、アドバイスがあります』  まさにその通りだったので、俺は嘆息する。アドバイスもなにも、ただのチュートリアルだぞ? 聞くだけ無駄なのでは? 『美しい白髪の暗殺者、に関する詳細が書き換えられました。このイレギュラーを打開するには、今回のイベントを完璧にこなす必要があります』 「は? このタイミングじゃないだろ」 『はい、これは明らかにイレギュラーであり、おそらく欠陥(バグ)かと』 「欠陥(バグ)なんてあり得ない。何度もみんなでチェックしたはずだ」  白煉の詳細は物語が進むことで変化する。でもそれは、このチュートリアルイベントの少し後に起こるメインイベント後のはず。もしナビの言う通りだとしたら、欠陥(バグ)というこのイレギュラーな事態が、この先の物語に影響を与えないという保障もない。 『教えて欲しいですか? 欲しいですよね? じゃあ、"ぜひ教えてくださいナビゲーター02様"って言ってください』 「····なあ、そのキャラ設定どうにかならない?」  このナビゲーター02は、最初からずっとこうなのだ。少年の声を模した機械音声なのに、明るい口調でこんなセリフばかり吐き出すのだ。  不本意ながら、今回に関しては彼の言う通りにするしかない、のか?  俺は大きく嘆息し、仕方ないと覚悟を決める。 「ぜひ、教えてください······ナビゲーター02サマ」  ものすごくテンション低めでお願いした俺に対して、ナビは特に気にする様子もなく、いつも通りの明るい声で『了解です』と即答した。 『今回のイベントは、本来なら青藍(あなた)の独白のみ。ですが、攻略対象の詳細が先に書き換えられたことによって、少し展開が変わります。それを上手く立ち回って、物語の流れを正常に戻してください』 「つまり、改変されかけている物語を本来のものに戻す、ってことだな」  意外とまともな答えが返って来たので、俺はナビの言葉に対して顎に手を当て頷いた。恋愛イベントは物語にとって重要な要素。  何度も言うけど、初回のイベントは攻略対象の好感度の変化すらない、ただのチュートリアルでしかないということ。 『では、これよりお待ちかねの恋愛イベント開始です。せいぜい良い結果が出せるよう、頑張ってくださいね』  こいつ····絶対わざとやってるだろ。  かくして、恋愛イベントが発生。俺は自室を出て、白煉が眠る部屋へと足を向ける。  海鳴の部屋の前を通りかかった時、見ていたかのように扉が開き、彼は生真面目に拱手礼をしながら頭を下げて、「どちらへ行かれるのですか?」と訊ねてくる。 「少し、あの子の様子を見てくる。昼間、確認できなかったから心配なんだ」 「しかし、こんな時間に妃でもない女人の部屋を訪れるなど、皇子のすることではないかと。それとも、本気であの方を花嫁にするつもりですか?」  海鳴の言うことはもっともで、皇子でなくともよろしくはないだろう。ゲームでも同じことを言われるのだが、選択肢もなくそのまま物語は進む。 「まあ、それも悪くないが····単純に気になっていることがあって。それを確かめに行くだけだよ。しばらくしても戻らなかったら、迎えに来てくれてもかまわない」 「わかりました。では、そのようにします」  海鳴は無理に引き留めることはなく、俺はそのまま部屋の前を通り過ぎた。ぱたんと扉が閉まる音が後ろでしたが、振り向くことなく廊下を進む。同じ宮殿内の別の部屋だが、敷地がそもそも広く、それなりに離れた場所に白煉たちの部屋がある。  その間、何人もの従者とすれ違ったが、彼らが俺に対して何か言うことはない。この青鏡(せいきょう)殿は青藍が生活するための場所であり、彼がひとりで歩いていても問題はない場所だからだ。  考えながら歩いていると、いつの間にか部屋の前に辿り着いていた。左右の柱には繊細な作りの高価そうなランタンが吊り下げられ、薄暗い廊下を照らしていた。扉を軽く叩く。少し間を置いて扉が開かれると、華 雲英がそこに佇んでいた。 「あらあら。これは青藍様。こんな時間に何か御用ですか?」 「昼間に様子が見られなかったから、こっそり見に来たとでも言えば、満足かな?」  華 雲英もとい、キラさんが白々しくそんなことを言うので、俺もそれっぽく演じて答える。 「この宮殿の主はあなたですから、あなたのすることに口を出す者などいないでしょう。私はお邪魔でしょうから、外に出ていますね」 「別にいてくれてもかまわないが?」 「ご冗談を。こういうのは、こっそり隙間から観察するのが楽しいのです」  うん。覗く気満々だな、キラさん。 「では、ごゆっくり~」  キラさん、あれで大丈夫なんだろうか。たぶん同じようにナビゲーターがいると思うんだけど、だいぶ寛大なのかな?  扉の外へと出て行ったキラさんだったが、予想通り指一本分だけ開けた隙間からその瞳を輝かせ、こちらの様子を覗いている。気を取り直して、俺はゆっくりと歩を目的の場所へと進め、白煉が眠る寝台の前で止まった。  寝台の左横、つまり俺の正面には模様が入った丸い形の格子窓、円窓と呼ばれる木枠の窓がある。明るい内は見事に整えられた美しい庭が見渡せるのだが、今は月明かりだけが照らす仄かに明るい空間が広がっていた。  俺は寝台の横に設けられた椅子に座り、眠っている白煉を見つめる。仰向けの状態で眠る彼の髪の毛は、白い月明かりのせいか白銀のように美しく輝いて見えた。  布団の上で組まれた指を解き、その右手をそっと包むように握りしめると、俺はぽつりぽつりと用意された言葉を紡ぎ始めた。

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