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2-4 存在しない選択肢

 華 雲英は俺と青藍をどうあってもくっつけたいようで、部屋を訪ねてきた青藍をすんなりと入れてしまった。彼女には身バレしているとはいえ、一応、女性と偽っている俺の部屋に、簡単に彼を入れちゃうのはどうかと思うんですけど!  いや、違うか。皇子様なんだから、基本なんでも許される設定とか?  そもそもこの部屋も青藍の所有物なわけだがら、華 雲英は拒めない? (それにしては、出て行く前に"ごゆっくり~"とか言っていたような····)  俺は目を閉じたまま、眠っているフリを続けた。そんな中、ゆっくりと足音が近づいて来る。その足音が寝台の横で止まり、気配がすぐ傍にあることを知ると、俺の心臓は外まで聞こえるんじゃないかと思うくらい、バクバクと喧しく鳴り出した。 (うぅ····どうしたらいいんだろう? このまま眠ったフリを続けた方がいいのかな? それとも目を開けて、仮病で誤魔化す?)  そうこう考えていると、自分と違う体温が触れてきて、腹の上で絡めていた指を解かれた。そのまま右手だけ両手で包むようにそっと握られ、どうしたらいいのか本当にわからないまま、俺はこの薄闇に身を委ねるしかなかった。 (月明かりしかない部屋なら、少しくらい誤魔化せるかも····でも、これって恋愛イベントなんだよね? 青藍はなにをしに来たんだろう。ただ俺の様子を見に来ただけ?)  初回の恋愛イベントはチュートリアルの可能性が高い。だとしたら、少し我慢すればすぐに帰ってくれるかもしれない。考えている内になんとか平静を取り戻していく。ここで何か起こる確率は低いという安心感から、先程までの焦りはなくなった。 「ハク、君は本当は何者なんだ? 私を庇ったのはなぜ? 逃げたあの女は、君と関係がある? このまま君を、信じてもいいのか?」  俺はその質問攻めに対して、何も答えることができない。俺自身が知っているのは、彼が捨てキャラとして作られたモブ暗殺者で、皇子を殺すためにあの儀式に潜り込んでいたということだけ。  庇ったのは、そういう選択肢を選んだ結果で、逃げた女の暗殺者は間違いなく関係者。信じていいはずがないし、皇子の輝かしい未来を想えば、このまま俺を疑って罰するのが正解だ。  正規ルートに戻れないなら、せめて皇子の救済エンドとかないのかな?  俺なんかとどうにかなってしまったら、その先は破滅しかない気がする。  暗殺者と結ばれてハッピーエンド、なんてまずないだろうし。彼の過去がわかる真実(トゥルー)エンド、はありそうだけど。BADエンドは確実に死亡コースまっしぐら····だよね、絶対。 「私は君に、私の前から消えてしまったあの子を、重ねているのかもしれない」  包まれていた右手がぎゅっと強く握りしめられる。その子は、青藍の想い人だろうか? 本編ではそんな展開も情報もなかった気がする。 「白煉、君なのか? あの時、私のせいで君は賊に攫われたのだと後で知った。大人たちが皆でその事実を隠し、なかったことにしたせいで····私はずっと君のことを、なにも言わずに去った薄情者だと思っていたんだ」  青藍は犯人が罪を告白するかのように、淡々と言葉を紡いでいく。青藍のせいで攫われた? それは幼い頃の誘拐未遂事件の話だろうか。あの事件は確か、妃嬪(ひひん)である(よう)妃が企てた最初の計画だったが、最終的に失敗に終わったはず。  その時たまたま傍にいた、華 雲英の父、内医院の医官で青藍の侍医であった雲慈(うんけい)が、なぜか共犯の罪を問われることになった、事件。  青藍はその日、王宮内にある皇族や官吏の息子たちが身分関係なく学べる座学の場に顔を出した後、従者たちの目を盗み、なぜか雲慈の所にひとりで赴いた。  本編では理由なく訪ねて行ったようで、確かに唐突すぎて違和感があった気がする。その後、青藍をひとりで帰らせることはできないと、雲慈が付き添ったのが運命の分かれ道といえよう。 「····いや、違うな。これは、私の身勝手な願いだ。あの子が生きていてくれたら、それだけでいい。二度と逢えなくても、生きてさえいてくれたら、それでいいと。君のその瞳の色は、あの子と同じなんだ。だから、君が私の目の前に現われた時、錯覚してしまった。私を殺したいほど憎んでいても不思議ではない君が、私を殺しに来たのだと、そう、都合の良い夢をみていたのだ」  青藍の話を聞いて、この先の物語の流れを察する。おそらく、彼は青藍の言う"あの子"で、記憶が戻った時にお互いの想いが通じ合うか、もしくは最悪の結果が待っているのだろう。  最悪の結果は、彼が本当に青藍を憎んでいた場合に起こり得るBADエンド。  それを考えた時、青藍にとって最善のエンドとはなにか。 (こんなの、選択の余地がないじゃないか····現実世界ならもちろんBADエンドから回収するけど、やり直しがきかないってゼロは言ってたよね?)  選べない未来なら、進むしかないということ?  そんな中、またもや選択肢が現れる。瞼を閉じているのに見えちゃうそれは、いつもと同じわかりやすい二択だった。  【一、目を開ける】  【二、このまま寝たフリを続ける】  ええっと····これは、どっちだろう。寝たフリを続ければ、このイベントは皇子の独白で終わるだろう。ゼロも言っていた。今回のイベントは寝ていれば勝手に終わるって。  じゃあ、この選択肢の意味は? 『その問いにはお答えできません。これは私のデータにもない選択肢です。ゲーム内で欠陥(バグ)が発生した可能性があります。選択肢後の物語に生じる改変において対処できない確率が高く、しかしながら選ばないという選択は存在しません』  ゼロにもわからない未来。  目を開けたら、なにが起こるのか。こちらからの改変は許されないが、それが選択肢として現れたのなら、改変にはならない? (もし、違う未来があるっていうなら、俺は····こっちを選んでみる!)  俺は考えた末に、【一、目を開ける】を選ぶ。同時に、意を決してゆっくりとその瞳を開けた。そこには、驚いたようにこちらを見下ろす青藍の顔があった。  月の明かりの中でもわかる、薄青の優しげな瞳。俺は、この『白戀華(はくれんか)~運命の恋~』をプレイした時、彼に恋をした。それはもちろん疑似恋愛で、主人公である華 雲英として、だ。 「····すまない。寝ている君を、起こすつもりはなかったんだ」  本来、目を覚ますはずのない場面で俺が目を開けたからか、青藍の台詞はどこかぎこちなく、それでも物語の時間が止まることはなかった。  もし本当に欠陥(バグ)なら、青藍はこの後のあるはずのない台詞を紡げるはずがなかったからだ。これは欠陥(バグ)ではなく、ナビゲーターも知らない裏の仕様なのだろうか? 「私は····誰かの代わりですか? 青藍様の心の中にいるのは、私ではなく私に似た誰かですよね?」 「····最初からぜんぶ、聴いていたのか?」 「すみません····でも私は、青藍様の捜しているひとではないと思います。幼い頃の記憶が、あなたとの記憶が、ないんです。それはつまり、別人となんら変わらないわけで、」  目の前にいる彼もまた、別人なのだ。  青藍は海璃に似ているけど、彼じゃない。  記憶が戻った暗殺者としてではなく、記憶喪失の少女のまま別れを告げたら、最悪のことにはならないのではないだろうか。 「私にも同じように、好きなひとがいます。もう、二度と逢えない。この想いすら伝えられなかったひと。それでも、消えることはないんだって、知ってるから。だから、」  その後の言葉を、躊躇う。物語上はたった数日しか関わっていないひと。本来なら簡単に言えるはずの台詞なのに。  さよならを、言わないと。  俺が好きになったひと。  ずっと、これら先も、忘れられないひと。  さよならと、言えば。  青藍は皇子だ。  もう二度と逢うこともないだろう。  そう思った時、俺は意識的にその続きを呑み込んでしまっていた。 「君は······強いね、」  青藍は手を握り締めたまま、眼を細めて小さく笑った。秀麗な顔に浮かんだそれは、どこか寂しげで悲し気で、なんだか····俺まで泣きそうになった。 「君はあの子かもしれないし、そうでないかもしれない。君自身もわかっていないみたいだ」  俺の手を自分の頬に持っていき、慈しむような笑みでそう言った青藍に、思わず見惚れてしまう。同時に、静まりかけていた心臓が急にどくんと鼓動を鳴らす。 「もう少しだけ時間をくれないか? 私が君自身を好きになる、そのための時間が欲しい。君のその傷が癒えるまででもいい。記憶が戻るまででもいい。私は君を知りたいと思っている」  それは記憶の中の誰か、じゃなくて。 「····わ、私······は、」  彼の言葉は瞳はどこまでも優しく真っすぐなのに、どこか遠くに向けられている気がした。  それは、叶わない恋だと。  報われないものだと、はじめからわかっていた。  静寂の中でふたり、言葉でも交わすように。  その薄青の瞳に囚われたまま、逃れられない。  ふたりが出会ってしまったその瞬間から。  これは、変えることなどできない運命なのだと····知ってしまった。

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