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2-10 なんで俺以外の奴にそんな顔するの?
海鳴が白煉を連れて戻って来た。ふたりの姿を目にした瞬間、俺は心なしかショックを受ける。それは、白煉の好感度と海鳴の好感度が変化していたからだ。
(は? なんで? この十分くらいの間になにがあったんだ?)
頼んでもいないのにナビが開いた画面には、青藍 の他にふたりの立ち絵が並んでいて、それぞれの好感度が数値化されていた。急にどうした? と思ってそれを見てみれば、青藍よりも海鳴への好感度の方が高くなっていたのだ。
ちなみについさっき確認した時は、俺の好感度が20で、海鳴の好感度は5だった。それが今はなぜか30になっている。顔はいつも通りの穏やかな笑顔をを浮かべているが、心の中は動揺しまくっている俺の気など露知らず。
(いや、ちょっと待て。あの海鳴のことだから、なにか天然でハクがドキドキするようなことを言ったんじゃないか? もしくは行動した、か)
よく観察してみると、海鳴は自分の手の平の上に白煉の手を乗せ、指先を軽く掴んで支えているようにも思える。俺の前でもそうしているということは、もしかして····。
「ハク、体調が悪いなら、無理に参加する必要はないんだよ」
「······あ、えっと、ちょっと寝不足なだけで。でも海鳴さんが支えてくれているので、なんとか大丈夫です」
やっぱり。本調子じゃないことに海鳴が気付いて、手を貸してあげたのだろう。さすが、できる男は違う····じゃなくて! その言い方だと、海鳴がいるから青藍は必要ないって言われている気が。
そしてちょっと頬が赤いのは、なんでだろう。
海鳴もまた、どこか柔らかい表情をしている気がする。いったい、このふたりに何があったんだ!?
「青藍様、ハク殿のことは私が注意して見ていますので、あなたは本来の目的に集中してください」
「····本来の目的って、なんですか?」
「君には関係のないことだから、気にしないで。君は彼女になにか訊かれた時だけ、答えてくれればいいから。知らないことや言いたくないことは、わからないと誤魔化してくれてかまわない」
俺は気を遣ってそう言ったつもりだったのだが、白煉の表情が一瞬だけ曇ったのを見逃さなかった。あれ? 俺、なにか間違ったこと言ったかな?
「····すみません、私みたいな得体の知れない赤の他人が、知っていいお話じゃないですよね。そもそも自分が誰か、どんな身分の人間かもわかっていないのに····立場を忘れるところでした」
『あ~あ。駄目ですよ、主 。そういうの、よくないですよ~?』
ピコン、という音と共に、青藍の好感度が5下がった。
(なんで気を遣ったのに好感度が下がるんだよ····意味がわからない。言い方が悪いって、なに? どこが悪かったんだ?)
『デフォルトの青藍の悪いところが全面的に出てます。いいですか? 好意が少しでもあるひとに、君には関係ないことだから、なんて。どんなに塩対応なヒロインでも落ち込みますよ』
ナビの言うことは確かにその通りだった。俺だって、お前には関係ないことだ、なんて信頼しているひとや友達に言われたら、落ち込むかも。良かれと思って言ったはずの言葉が、白煉を傷付けてしまったようだ。
「あー······っと、違う。それは違う。すまない。私の言い方が悪かった」
俺は立ち上がり白煉の目の前まで近付き、海鳴に目配せをした。それを察した有能な彼は、白煉の手を放して自分は一歩後ろに下がる。代わりに、俺が白煉の両手をそっと包むように掴み、その身体を支えた。
(なんで俺の時はそんな不安そうな顔をするんだろう····もしかして青藍が嫌いなのかな? それとも好感度が足りないから?)
視線が全然合わない。海鳴の方を気にしているのがわかる。俺以外の奴にはあんな風に安心して身を任せられるのに、どうして俺じゃ駄目なんだ?
「ハク、お願いだから、俺を見て?」
「····あ、え? は、はい····すみません、」
少し強い口調になり、俺はまた彼を怯えさせてしまう。しかも余裕がなかったせいで一人称が『私』ではなく、『俺』になっていた。ナビはそれに対してはなにも言わず、俺もそのまま続ける。握りしめた手にも無意識に力が入っていた。
「俺は、俺以外の誰かが君に触れるのは嫌だ。微笑むのも嫌だ」
やばい。止まらない。
「なによりも君が大事なんだって、伝わらない?」
誰か、止めてくれ。
「俺のことだけ、見て?」
気付けば、その華奢な身体を力いっぱい抱きしめていた。囁くように、訴えるように、命じるように紡がれた言葉に、白煉の肩がびくりと揺れた。
もちろんそれに気付いたけど、俺は無視した。その先で心配そうに見守りながら立っている海鳴に対して、俺はどんな顔をしているのだろう。
睨んでいる? それとも、子どもみたいに泣きそうな顔になっている?
誰にも譲ることなどできない、想い。たとえこの腕の中の存在が、自分が本当に求めているひとじゃなくても。
これは俺のものだ、と我が儘でも言うみたいに。
「······あなたが、それを本当に望むなら、」
震える唇から零れたその言葉は、まるで冷たい涙のようで。
俺はその時になってやっと、自分を止めることが叶った。間違ったことをしたと、自分でもわかっているのに。
これはぜんぶ、俺自身の本心なのだと思い知る。あの時、俺の中に生まれた黒い感情の正体。
「君を守るためなんだ。それだけは、お願いだから理解して欲しい」
今、俺は、どんな顔をしている?
白煉は小さな笑みを浮かべ、なにかを諦めたかのような顔で俺を見上げてきた。そんな顔をさせてしまったのは、俺だ。
たとえゲーム中のただのキャラだとしても、疑似恋愛の相手だとしても、やってはいけないことを俺はしてしまったのかもしれない。こんな風に立場を利用して強制させるなんて、最低だ。
本当に伝えたいひとは、ここにはいない。
けれども、気付いてしまった。
本物 の代わりに与えられた、偽者 に対して、"ある感情"を抱いてしまったことに。
『やっと気付いたんですか? それでいいんです。あなたにはちゃんと彼 と向き合ってもらわないと。でないと、ボクたちが存在する意味がなくなっちゃいますからね、』
ナビが機械音らしい淡々とした少年の声でそう言った。どういう意味なのか、今の俺にはそれを訊ねる気力さえなかった。
『この物語は、ふたりのための物語。あとは、ヒロイン次第です』
こんな最悪の空気のまま、メインイベントが動き出す。俺は白煉の右手 を掴んで、なんの配慮もなく姚妃が待つ庭園へと連れて行く。少し後ろを歩いている海鳴はなにか言いたげだったが、最後まで口にすることはなかった。
そんな海鳴という存在が、現実セカイでのあいつ だと思うと、俺は余計に過剰反応してしまう。それはもうひとりの幼馴染 で、海鳴はその幼馴染をベースに作ったキャラクターだった。
ゲーム内でも三人が幼馴染なのは、現実と微妙にリンクさせているから。
この先がどんな展開になろうと、俺の目的は変わらない。メインイベントは確実にクリアする。でなければ、このゲームは終わりだ。ヒロインを殺させるわけにはいかない。
なにがなんでも俺が守る。
それがたとえ、彼の望まない結末になろうとも。
◆ 第二章 了 ◆
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