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3-3 モブ暗殺者の告白
序盤でヒロイン途中退場 イベントは、途中まではそれっぽい流れだったというのに、青藍 の『花嫁宣言』のせいでなんだかおかしいことになってしまった。あの後、昼過ぎまで姚 妃たちと楽しく美味しいお茶会をし、俺たちはやっと解放された。
(つ、疲れた····なんだか、くらくらする)
緊張していたのもあったし、変なことを言って疑われるのも怖かった。参加する前に青藍に言われたことを守り、姚妃に訊かれたことだけ答え、わからないことや言いづらいことは記憶喪失を理由に、上手く誤魔化した。
言葉に詰まったりした時、すかさず青藍がフォローしてくれたり、なぜか蒼夏 が話を逸らしてくれて、なんとか乗り切ることができた。姚妃は俺が記憶喪失だって、信じてくれたのだろうか?
(····手、放してくれない。どうしよう······手も、顔も、あつい)
あの時。
『俺は、俺以外の誰かが君に触れるのは嫌だ。微笑むのも嫌だ』
手を握られたまま、あんな風にまっすぐ想いを告げられて。
『なによりも君が大事なんだって、伝わらない?』
でもそれは、青藍が俺のことを"女の子"だって信じてるから、だよね? 俺が男だって知ってたら、そんな気持ちにはならなかったはず。でも。
でも、あの言葉は、同じだった。
『俺のことだけ、見て?』
昔、幼稚園の頃に海璃 に言われた言葉。色々あって海璃と友達になってからも、女の子と遊ぶことが多かった俺に対して放った、あの衝撃的なひと言。
「白兎 は俺の!」
「はあ⁉ ハクちゃんはあたしたちといっしょに遊ぶんだから、男子はあっちいって!」
「カイくんも、他の男の子たちみたいにあたしたちのハクちゃんをイジメるんでしょ! そんなのゆるさないんだからね!」
「カイリはダメ。ハクは私たちといっしょの方が、あんぜんなんだから」
女の子たちはなぜか俺のことを守ってくれて、すごく心強かったんだけど、男子はみんな敵! みたいな雰囲気がちょっと怖くて、俺はこういう時にいつも泣きそうになっていた気がする。女の子たち、集まると男子より強いんだよね。
海璃はそんなことしないよ、と言いたいのに、この時もやっぱりうまく声が出なかった。
三人の女の子たち対海璃という、かなり不利な状態。けれども俺はクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、俯いてしまう。
「俺のことだけ見て!」
海璃は大きな声で、まるで親に「おもちゃ買って!」と我が儘でも言うように癇癪を起した。それには女の子たちも、他のみんなもびっくりして、あんなにわいわいがやがやしていたのに辺りがしーんと静まり返った。俺も思わず顔を上げて海璃を見上げる。
そこには、俺だけをまっすぐに見つめている海璃がいて。
「俺、白兎をイジメたりしないよ? だから俺といっしょに遊ぼ?」
あの時から、俺は海璃に叶わない恋をしている。海璃は単純に俺と他の女の子が遊んでいるのが面白くなかっただけで、別に俺のことを恋愛対象としてみていたわけじゃない。でも俺は、そんな風に言ってくれたことが嬉しくて、それからは海璃ともたくさん遊ぶようになった。
(まさか、ゲームのセカイで同じことを言われるなんて思わなかった)
急に強く抱きしめられて、すごくびっくりしてしまったけど。
『······あなたが、それを本当に望むなら、』
俺の気持ち、伝わったよね?
動揺しすぎてぎこちなかったかもしれないけど。
また海璃と重ねてしまったことは、青藍には申し訳ないと思ったけど。でも、これからはちゃんと青藍を見ると伝えられた。海璃を忘れたわけじゃないし、想いもしまったままだけど。
(ちゃんと、本当のこと言わないと。俺が男で、しかも青藍を殺そうとしていた暗殺者の仲間だって。結果的に庇ったことになってるけど、それもたぶん計画のひとつで····でも俺は、そんなの関係なく青藍を守りたいんだって、ことも)
それに、俺が転生者だってことも言ってしまった方がいいんじゃないかな?
理解してもらえないかもしれないけど。嘘を嘘で塗り固めるより、ぜんぶ本当のことを話して、それでも俺のことをちゃんと好きでいてくれるのか。
(せっかく回避した死亡フラグを自分でまた立てるのもあれだけど、これ以上····嘘、つきたくないよ)
俺は繋がれた手を見つめ、決心する。考えて考えて、出した答えが『真実を話す』こと。それが、俺が今できる青藍への唯一の告白なのだ。
「もう少し、付き合ってもらってもいいかな?」
青藍の部屋の前で、その足が止まった。優しい笑み。なんだか胸が痛む。それはやっぱり、俺を通して彼が想いを寄せる白煉に向けられたもので、俺自身に向けられているものではない。
「海鳴、」
「はい、わかっています。なにかあれば呼んでください」
後ろから黙ってついて来ていた海鳴は、なにかを察して軽く頭を下げ、そのまま自室へと戻って行った。青藍はそのまま俺を連れて部屋へと入ると、繋いでいた手をやっと放してくれた。
「疲れただろう? ここ、座って?」
ここ、と青藍が言ったのは寝台の上だった。先に青藍が腰を下ろし、戸惑いながらも促された右横に座った。俺は意を決して、"あのこと"を話そうと膝の上で衣を強く握り締める。
「あ、あの!」
「ごめん!」
ほぼ同時に俺と青藍は口を開いた。
「あ、えっと····?」
「ごめん、ハク。俺、君に酷いことをした」
俺は自分の言おうとした言葉を呑み込み、青藍がなぜ急に謝ったのか理解できず首を傾げる。酷いこと、とは? いつ、青藍がそんなことをしたというのだろうか。
「お茶会に参加する前、君にしたこと。あれは最低だった」
え? と俺は表情が強張る。
あれのどこか最低なことなのか。
もしかして、あの言葉はぜんぶ嘘だった、とか?
「君の気持ちも考えないで、俺は····本当にごめん。謝っても許してもらえないかもしれないけど、」
うん? ちょっと待って。
なんだか誤解がありそうな····。
俺の気持ちって?
どうして青藍が謝る必要が?
「ちょ、ちょっと待ってください····なにか、話が噛み合ってないっていうか」
俺、ちゃんと気持ち伝えたのに。
なんで青藍は謝っているんだろう。
それに余裕がないのか、また一人称が「俺」になってる。あの時と同じだ。
「あの····えっと、青藍様は、何に対して謝っているんですか?」
「え、何にって····君の気持ちも考えないで、気持ちを押し付けた。皇子の権限を利用して、君に色々と強 いたこと、とか」
青藍は俺以上に不思議そうに首を傾げていた。
(うん? えーっと····なんだろう。色々と誤解されてる、気がする)
別に気持ちを押し付けられたとは思っていないし、強いられたとも思っていない。なんならその気持ちが嬉しかったし、ものすごくドキドキした。
それをまさか誤解されていたなんて、なんだか寂しい。
俺はずきずきと痛む胸と、くらくらする頭でそれ以上なにか考えることができなかった。上手く言葉が出て来ない。どうしたら青藍に伝わるのか。でも、自分が好きなひとと同じことを言ってくれたことが嬉しかった、なんて言ったら、彼を傷付けてしまうのではないだろうか?
それは結局、彼自身を見ていないのと同じことだ。だから、もう。
嘘は付かない。
気持ちも隠さない。
「青藍様のあの言葉、嬉しかったです」
「え····? 嬉しかったって······だって、あんなに怯えてたのに?」
「怯えてなんかいません。びっくりしただけです」
これはもう、本当のことをはっきりと言うしかないと思った俺は、淡々と青藍に言葉を返す。複雑な気持ちが顔に出ているかもしれない。今ものすごく不貞腐れた顔をしていると、思う。目も合わせず、膝の上で握りしめた拳を見つめ、青藍がどんな顔をしているか、見る勇気もなかった。
「この際だから言わせてもらいますけど。私····いえ、俺は、男です。花嫁探しの儀式であなたを殺すために送り込まれた、暗殺者なんです!」
もう、どうにでもなれ! そんな気持ちで俺は告白する。これでもう、青藍は俺を好きにはならないし、なんなら暗殺者として罰するしかなくなる。ぜんぶ吐き出して、この物語を終わりにしよう。
「理解してもらえないと思いますが、ここはあるひとが作ったゲームのセカイで、俺は元々普通の高校生で、事故でたぶん死んじゃって、神サマの手違いでこのモブ暗殺者に転生しちゃったんです。ホントはあなたを殺そうとして逆に殺されちゃう、捨てキャラなんです。だから、あなたは俺なんかに謝る必要もなければ、恩義を感じる必要もないんです!」
言った····言ってしまった。
頭おかしいと思われるか、信じてくれるかは、青藍次第。
でもこれで、俺は本当にお終いかも。
笑うしかないが上手く笑えず、不自然な苦笑いになってしまう。
「······じゃあ、好きなひとって、誰?」
ぽつりと青藍が呟く。
(え? なんで今、そこが気になるの? っていうか、めちゃくちゃ怒ってない?)
混乱している俺のことなど露知らず、青藍はがしっと俺の両肩を掴み、そのまま寝台に押し倒した。背中と右肩に痛みが走り、俺は思わず顔を歪める。
(俺、このまま青藍に殺されるのかな····? 当然か。これが正しい流れなのかもしれない。けど、真実 エンドでもBADエンドでもなく、これっていったい何エンド?)
頭が痛い。
右肩があつい。
ちくちくと胸が痛む。
視界がぐるぐる、する。
気持ち、悪い。
俺は急に酷い眩暈に襲われて意識が遠くなり、そのまま視界が真っ暗になった。
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