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3-4 好きな子の好きなひとが気になるので、本人に訊いてみた
あの最低最悪な態度を謝るために、白煉 を自室に招いたはずが、あんなことになるなんて思いもしなかった。寝台に座ったのが間違いだったのかもしれない。なんだか必要以上に緊張する。いや、そんなことよりも!
(あんな酷いことをしたのに、嬉しかったって····嘘だろ? 怯えていたんじゃなくて、ただびっくりしただけって、どういうこと?)
お茶会でのあの反応は、つまり····そういうこと、なのか?
白煉は青藍 を嫌いになったのではなくて、むしろ好きになってくれたってこと?
いや、なんでそうなる?
あんなこと言われて、あんな乱暴にされて、どうしてこうなった?
動揺する俺にさらに畳み掛けるように、白煉はとんでもないことを言い出した。
「この際だから、言わせてもらいますけど。私····いえ、俺は、男です。花嫁探しの儀式であなたを殺すために送り込まれた、暗殺者なんです」
いや、知ってるけど。
知ってるけど、言っちゃ駄目なやつ!
ヒロイン退場って、まさかここ⁉
まだイベントは終わってなかった⁉
俺は焦る。めちゃくちゃ焦る。全然シナリオ通りじゃない。そもそもメインイベントのあのお茶会から今の流れも、まったく違うのだ。
お茶会の後に白煉を青藍が自室に誘うのは正規の流れだが、そもそもそれは次の恋愛イベントのためのきっかけにすぎない。
「理解してもらえないと思いますが、ここはあるひとが作ったゲームのセカイで、俺は元々普通の高校生で、事故でたぶん死んじゃって、神サマの手違いでこのモブ暗殺者に転生しちゃったんです。ホントはあなたを殺そうとして逆に殺されちゃう、捨てキャラなんです。だから、あなたは俺なんかに謝る必要もなければ、恩義を感じる必要もないんです!」
は?
白煉がひと息で一気に吐き出した台詞は、俺の思考を真っ白にした。
(それって、つまり····目の前にいる白煉は、白煉じゃなくて白兎 ってこと? いや、でも転生者は俺とキラさんだけだってナビが言ってたよな····まさか、嘘ついてたのか?)
『心外ですね。ボクは嘘なんてついてませんよ。ふたり以外は認識できないと言っただけです。それにおかしくないですか? 本来、このセカイのルール上、自身が転生者と明かしたり、キャラクターらしくない台詞や行動はペナルティとなり、最悪一発退場もあり得ます。なのに、このヒロイン。消える様子もなければ、強制排除の兆候もありません』
ナビの説明で、とりあえずは白兎が退場することはないと安堵した俺だったが、ある言葉が頭の中に浮かんだ。最初の恋愛イベントの時に青藍が想いを伝えた際、白煉が口にした言葉。
「······じゃあ、好きなひとって、誰?」
好きなひとがいる、と。忘れられないひとがいる、と。もう逢えないってことは、現実セカイで白兎が好きだった、誰か。
白兎が乙女ゲームが好きだと知ったあの日。俺が「好きな子いるの?」って訊いた時に、恥ずかしそうにしていたあの出来事が過る。
その相手は、誰?
白兎にあんな顔をさせたのは、どこのどいつ?
『うわぁ····典型的なヤンデレ気質。ヒロインもドン引きしてますよ?』
ナビの声を無視し、俺は右横にいた白煉の肩を強く掴んで、そのまま寝台に押し倒していた。痛みで顔を歪ませた白煉に気を遣う余裕はなかった。
白煉、いや、白兎。もう二度と逢えないと思っていた相手が、目の前にいる。
(····でもさっき、嬉しかったって言ってた。それは、青藍 をちゃんと見てくれたってことだよな? お茶会の時に無理って言ったのは、自分が男だから無理ってこと? 愛してるって言った時、真っ赤にして動揺してたのは、青藍を好きになってくれたってことで合ってる?)
じゃあ俺の、今までずっと秘めてた想いは?
青藍じゃなくて、俺の気持ちはどうしたらいい?
『主 、ヒロインの意識がありません。うーん。熱もあるみたいですよ? 今は自分の事よりヒロインのことを考えてあげた方がいいんじゃないですか?』
ぐるぐると自問自答を繰り返していたせいで、乱暴に押し倒したままの白兎がどんな状態になっているのかを、俺は知らなかった。よく見れば顔色が悪く、押さえつけている右肩が熱かった。
今更、思い出す。海鳴 が白煉を支えながらここにやって来たこと。頬が少し赤く染まっていたこと。俺は自分の事ばかり考えて、勝手に嫉妬して。俺のことだけ見て、とか言っておいて。
『こういう時は、まずは着ているものを緩めるといいですよ? 合わさっている衣の襟の部分とか帯とか。締め付けられていると、上手く息ができないですから』
「わ、わかった····っ」
俺はナビに言われるまま、白兎の漢服の帯を緩め、衣が合わさっている部分を広げてやる。
ついでに包帯の巻かれた右肩を露わにして、傷の状態を確認する。血は滲んでいなかったが、もしかしたら俺のせいで悪化させてしまったかも····。
当たり前だ。まだあれから数日しか経っておらず、一瞬で治るような回復薬があるわけでもない。それなのに。わかっていたくせに。俺が何度も掴んだり乱暴に扱ったせいだ。
「ごめん····ごめん、白兎。傍にいたのに、気付けなくて。俺、自分の事ばっかり考えてた」
抱き上げ、ぎゅっと自分の方へ隙間なく寄せる。
その温度は、確かに。
「でも、もうひとりにしない。絶対に守るから。誰にもお前を奪わせない」
青藍として、白煉を守る。白兎は俺自身が守る。俺が誰かを伝えられなくても、このまま青藍を好きになってもらえたら、それでいい。他の誰かじゃなくて、青藍 だけを見て欲しい。
俺は勢いよく部屋を飛び出し、白煉の部屋へと全力で駆ける。キラさんを呼ぶよりもこっちから行った方が早い。右足で蹴るように開けた扉の先に、華 雲英 の姿があった。
「ちょっ····びっくりしたぁ。って····青藍様、ハクちゃんになにしたの? ま、まさか!」
キラさんはぐったりとしている白煉をお姫様抱っこしている俺をじっと観察した後、頬を赤らめた。
いや、誤解だって! キラさんが想像しているようなことは、断じてしていない! 無理矢理押し倒したけども!
「ち、違う違う! これは苦しそうだったら緩めただけで! 乱れているのは、そういう行為をしたとかじゃないからっ」
「苦しそうだったから、緩めた····? 乱れ····そういう行為って?」
いや、だからそうじゃなくて!
「白煉が熱のせいか意識がない。息も荒くて苦しそうで。とにかく、状態を診てくれないか?」
「熱? ハクちゃん、ハクちゃん、聞こえる?」
俺の胸に凭れたままの白煉に、キラさんが呼びかける。
「とりあえず寝台に。たぶん大丈夫だと思いますが、青藍様は念の為、侍医を呼ぶようにお付きのひとに伝えてください」
「わかった。必要なものがあったら近くにいる者にすぐに言ってくれ」
俺は心配で居ても立ってもいられなかったが、部屋を後にし、近くに控えていた従者に内医院の侍医を呼ぶように手配する。侍医は皇族を診る特別な医官だが、皇子である青藍の命令なら聞かざるを得ないだろう。
やれることはやって再び部屋に戻ると、周囲の慌ただしい雰囲気を感じ取ってやって来たのだろう、海鳴が扉の前にいた。
「青藍様、ちょっとお話が」
「····私の部屋でいいか?」
はい、と海鳴が頷く。言いたいことはなんとなくだがわかる。これは本編にはないイレギュラーだ。そんな中でもゲームのキャラは独自に動き、用意されていない物語の中で生きている。
これはもはや、ゲームというよりひとつのセカイ。そこには意思があり、現実セカイの人間と同じように温度さえある。
「あなたの護衛として、ではなく、長い付き合いの友として忠告します」
部屋に入るなり、拱手礼をしたまま海鳴が俺の背中に向かってそう言った。友として、という言葉がこれから彼が言おうとしている事の重大さを物語っている気がした。青藍のために海鳴は行動する。時に苦言も呈すし、アドバイスもしてくれる。そんな信頼度の高い存在なのだ。
「ハク殿を大切に想っているのは、よくわかります。わかりますが、私にはその気持ちとは反対に、あなたの中にあるよくない願望が、彼女を傷付けている気がしてなりません。もう少し自分の気持ちを抑えた方が良いと思います」
「それは····自分でもよくわかっている」
昔から、自分のものを取られるのが怖くて、好きなものに対しての執着が強くて、周囲から引かれることもあった。
それからはそういうものをなるべく作らないようにして、距離を置いて、見ないふりをした。白兎から離れていたのも、そういう理由だった。
大切にしたいのに、傷付けたいとも思う。
夢中になればなるほど、自分を抑制できない時がある。海鳴が心配していることは、まさにそのことだろう。
「でも、もう、大丈夫だ。約束する。絶対にハクを傷付けない」
俺の揺るがない想いを感じ取ってくれたのだろう。海鳴はそれ以上なにも言わなかった。そう、もう傷付けたりしない。守ると決めたのだ。
白兎を。白煉を。
絶対に幸せにしてみせる。これから先のイベントもぜんぶクリアして、最後に告白する。あの時、言えなかった言葉。色々と遠回りをしたけど、この壮大な告白大作戦を終わらせる。
そのために、俺は。
すべての恋愛イベントを発生させ、最高のエンディングを迎えてみせる!
『もちろん、ハッピーエンドを目指してもらうのが、本来の目的ですからね。せいぜい頑張ってください、主 』
言って、ナビはどこか嬉しそうに茶々を入れるのだった。
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