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4-8 バタフライエフェクト

「お待ちください!」  蒼夏(そうか)の問いに重なるように(よう)妃の声が響き渡る。  彼女の表情は毅然としていて、まったく焦った様子はなかった。 (そもそもこんなシーンは存在しない。本来はエンディングの少し前に姚妃の後日譚が文字だけで綴られるだけなのに····これも一部の改変のせい?)  どちらにしても、私は() 雲英(うんえい)として真実を語ること以外できない。姚妃が今からなにをしようとしているのかさえも、わからない。 「どうしたのだ、姚妃?」 「陛下、申し訳ございません。すべては(わたくし)の欲が招いたこと。この場を借りて自身の罪を告白いたします」  その台詞に驚いたのは、皇帝陛下だけではないだろう。あの蒼夏でさえも驚いた表情を浮かべ、言葉を失って呆然としていた。  当然だ。  本編でも隠しルートでも、彼女は最後まで自分の罪は認めず、すべては周りのせいだと罵るのだから。立ち上がり前に出て、自発的に皇帝と皇后の前へとやってきた姚妃は、その場に跪いて頭を深く下げた。 「姚妃、なにを言っているのか理解できません。いったい、どういうことですか? どうしてあなたが謝るのです?」 「皇后様、本当に申し訳ございません。(わたくし)は、(わたくし)を信頼してくださっていたあなたの御心さえも裏切ったのです」  姚妃は言いながら土下座でもするように床にひれ伏した。誰よりも気位の高い彼女がそこまでするに至った経緯がわからない。  姚妃は語り出す。第二皇子として生まれた蒼夏を胸に抱いた時、彼女の欲望は形を明確にし、やがて黒い感情へと変化していったこと。  与えられた地位に満足するどころか、底知れぬ深い闇が絶え間ない欲を生み出していたこと。蒼夏を皇帝にすることで、それがすべて満たされると信じていたこと。そのために様々な(はかりごと)をし、青藍を亡き者にしようとしていたこと。 「挙句、どれも上手くはいかず、その罪を隠すために新たな罪で覆う。そんなことを繰り返していた愚かな(わたくし)は、最後の賭けに出たのです」  それこそが、あの花嫁探しの儀式での皇子暗殺計画だったのだと。 「しかしそれも、暗殺者のはずの彼が皇子を庇うという、まったく予想していなかったことが起こり····毒の後遺症による記憶喪失だと言われても、私は気が気ではありませんでした」  同じ王宮内に自分の罪を知る者が存在していて、しかも皇子のすぐ傍にいるだなんて。確かに安心して眠れない日々だったのかも。まあ、それを話せば自分も暗殺者だってバレちゃうから、皇子に絆されない限りは大丈夫だろうと思っていたらしい。 「けれども、あのお茶会でおふたりの初々しい様子を見せられた時に、(わたくし)は完全に毒気を抜かれました。はじめて後宮にやって来た時の気持ち。純粋に、陛下と皇后様のために生きようと思っていたあの頃の気持ちを、思い出したのです」  ではなぜ、この場で白煉の素性を明かそうとしたのか。 「母上は、この謁見の場で彼が暗殺者であることを皆の前で明かそうとしてましたよね? 碧青(へきせい)に余計なことを吹き込んで、場を乱そうと企んだ。青藍兄上を陥れ、暗殺者である彼を王宮から追放するのが目的だったのでは?」  蒼夏が皆の疑問を代弁してくれる。その口ぶりからして、蒼夏はすべてを解った上でさらに碧青に入れ知恵をし、今の状況を作り上げた張本人なのだろう。彼の目的はそれを利用して、姚妃の罪を暴くことだったのかも。 「それは違うわ。いずれその子の素性が調べられれば、あの時に送り込まれた暗殺者のひとりだということは、すぐに明かされていたでしょう。そうなれば申し開きをする場などなく、間違いなく罰を受けることになる」 「つまり、母上はこうなることがわかっていて、彼にすべてを賭けたってこと?」  ええっと、つまりのつまり、親子で同じことを考えてたってこと?  一方は白煉に賭け、自分の罪を露呈させるため。一方は白煉さえも利用して、母親の罪を暴くため。  結果的にどちらも望んだとおりになった、と? 「もうこれ以上、罪を重ねても仕方がない。もしこれが成功したら、この重圧からも解放されることでしょう。抱いた欲を捨て、この場ですべての罪を認め、罰を受けようと心に決めておりました」  姚妃は顔を上げ、清々しい表情でそう言い切った。そこに嘘偽りはなく、彼女の潔さが現れているようにも感じる。原作のどれとも違う彼女の姿に、私は不覚にも感動していた。 (それもこれも、隠しルートを知らない白兎くんが導いた、バタフライ効果(エフェクト)ってやつよね?)  ほんの些細な出来事、台詞や行動によって因果関係が生まれ、いつの間にか大きな結果に繋がる····みたいな。確か、そんな意味だったはず。  行動の選択肢があるゲームや、色んなキャラをそれぞれストーリーごとに動かせるゲームなんかによくある、現象のひとつ。  蝶の羽ばたきのような小さな動きが、いつの間にか連鎖し、セカイを動かすかもしれない、なんて。なんだか怖い。でもまさに今、目の前で起こっていることがそれなのだ。 「その者は私が想像していた以上に無鉄砲で素直すぎましたが····皇子を想う真っすぐな気持ちは間違いなく本物でしょう。陛下が御心のままに判断してくださると信じております」  言って、姚妃は再び深く頭を下げた。 「····誰か、姚妃を自室に連れて行きなさい。事の次第がすべて明らかになるまで、謹慎とする」  皇帝陛下は玉座から立ち上がり、こちらの方へゆっくりと近付いてきた。ここは本来のシナリオに戻ったようで、この後の展開は私にもわかる。 「長い間、疑いをかけたままにしてしまったこと、心からお詫びする。そなたの父が受けた屈辱は計り知れない。華 雲英、そなたの行動力に感謝せねば。すぐにでも雲慈の役職を戻し、再び宮廷医官として働いてもらうよう手続きをしよう」 「陛下、お心遣い感謝いたします。しかし、父は今の暮らしが自分には合っていると満足しており、また、昔のようには動けません。ありがたいことですが、本人が望んでおりませんので、それに関してはお断りいたします」  これは雲慈の本音であり、意思だった。あの少し傾いた診療所で、タダ同然で患者を診ていることが幸福なのだ。 「それに、もう十分施しは受けていると思います。それについては、陛下が一番おわかりですよね?」 「雲慈の奴、気付いておったか、」 「はい。うちがタダ同然で患者さんを診られるのは、陛下がひとを使って寄付をしてくれていたからで。貧乏でも薬や食べ物に困らないのは、その貯えのおかげだと最近知りました。父は当然知っていたでしょうね」  陛下は私の手を握り、これからも続けさせて欲しいと言ってくれた。 「では、代わりにそなたの願いをひとつ叶えよう。なにか望みはあるか?」  私の望み。  その願いは、最初から決まっている。 「短い間でしたが、私はずっとハクちゃん····白煉様と共にいました。彼がどんなひとか、すぐ傍でずっと見てきました。陛下、私の望みはただひとつ、」  海璃くんと白兎くんがこっちをじっと見つめていた。ふたりはもう、大丈夫だよね。 「どうか、ふたりの婚姻を認めてあげてください」  深く深く頭を下げ、私は皇帝陛下に大切なお願いをする。 「····いいだろう。そなたの願い、しかと承った」  少し間があったのは、意外な『お願い』だったからだろう。普通なら自分の得になることを願う。なんでも叶えるというのだから、診療所を新しく建て替えて! といえば建て替えてくれたはずだ。 「ありがとうございます。これで私も肩の荷がおりました!」  にっこりと笑って、華 雲英としてのメインイベントは終わる。あとは君たち次第だよ、とこちらを見つめているふたりに視線を向けた。 『華 雲英のシナリオがすべて終了しました。カナン、お疲れ様です。この後は台詞もないので傍観に専念していただいて構いません』  ふふ。お疲れ様って。  イーさんもここまで本当にありがと! 『いえ、自分の役目を全うしたまでです』  いやいや、ホントに感謝してるんだからね!  あとは、青藍がみんなの前で白煉に改めてプロポーズして、それを受け入れて終了ね。  ドキドキする~!  絶対にあとでイラストにする~!  この時の私は重要なことを忘れていた。あの時、白兎くんが言っていた台詞や今の気持ち。完全にただの傍観者と化した私は、このメインイベント最大の山である『青藍の本気のプロポーズ』しか、頭になかったのだ。    成功率百パーセントの確定イベント。それがまさか、あんな結末になるなんて····。

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