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4-9 それはまだ早い!

 () 雲英(うんえい)の父、雲慈(うんけい)への謝罪の後、皇帝は青藍と白煉の許にやって来た。その表情はどこまでも穏やかで、先程までの衝撃的な場面を忘れてしまうところだった。  (よう)妃がまさか自分の罪を認め、大人しく謹慎の命に応じるとは夢にも思わなかったからだ。俺たちの斜め後ろで蒼夏(そうか)がなにか考えているようなそぶりを見せていたが、皇帝がこちらにやってきたことで再び拱手礼をし、その場に跪く。 「蒼夏、お前にも後で訊ねたいことがある。それまでは自室で待機しているように」 「はい。お言葉に従います」  立ち上がり、蒼夏はふっと口元を緩めると、白煉に向かって優し気に笑みを浮かべた。あんな風に笑う蒼夏が見られるのは、本編のラストでヒロインと向かい合う時くらいだろう。 「色々とごめんね。でも君ならきっとやってくれるって信じてたよ。この埋め合わせはまた今度、」 「あ、あの····助けてくださって、ありがとうございました。俺ひとりだったら、きっと緊張してなにもできませんでした。蒼夏様が傍にいてくれたおかげで、心強かったです」  白兎の純粋な感謝に対して、蒼夏は呆気にとられていた。そういうところだぞ、白兎。 「はは。駄目だよ、ハクちゃん。そんなこと言われたら好きになっちゃうじゃん。青藍兄上も。()って喰ったりしないからそんなに睨まないでよ、」  信用できるか! 絶対何か企んでるだろう! 「ふたりとも、お幸せにね、」  くるりと背を向けて、ひらひらと右手をふりながら謁見の間を去って行く蒼夏の後ろ姿は、なんだか楽しげだった。彼の中での決着もついたのだろう。  姚妃がこの後どうなるかは正直わからない。シナリオ通りならば、すべてが未遂に終わっている事もあり、本編のように廃妃にはならないはずだが。 「青藍、お前の覚悟を聞かせてくれ」  本来のシナリオ。青藍が白煉との婚姻を認めてもらうために、その想いを皆の前で告げる。つまり、公開プロポーズ的な重要な場面だ。  皇帝陛下の目の前でプロポーズって····成功するのがわかってても緊張するに決まってるだろ! 誰だよ、こんな恥ずかしすぎるシーン考えたの! (いや、俺と千夏(せんか)さんだった····なんなら、俺が提案したんだった)  千夏さんはシナリオ担当で、WEB小説を投稿している会社員。中華風ファンタジーや和風ファンタジーが得意な作家さんだ。  姉貴にすすめられて読んで、このひとにお願いしたい! って直感的に思ったんだよなぁ。結果的に大正解だった。その勢いで隠しルートのシナリオもお願いしたのだ。 「私は幼い頃からなにかに執着するのが怖くて、大人になるにつれ自分の気持ちを抑えるようになっていった。最初の執着が白煉、君だった。でも君は突然、私の前からいなくなった。私はあらゆる手を使って君を捜し続けた。死んだと報告を受けてももちろん信じなかったよ、」  白煉の手を取り、そこに飾られた腕輪に視線を落とす。 「そんな君が、再び私の目の前に現われた。運命だと思った」  青藍がどれだけ白煉を想っていたか。  俺が白兎を想うように、どこまでも真っ黒な感情を執着をひた隠して。 「もう君を手放したくない。二度と離れないと約束して欲しい。閉じ込めて、隠して、誰にも見せたくない。それくらい、私は君に再会してからずっと、いつだって不安なんだ」  ほんとうの気持ち。  ぜんぶ、伝えたいって思った。 「君が好きだ。誰よりも愛している。私だけの花嫁になって欲しい」  白煉がじっとこちらを見上げてくる。  ······ん? あれ? どした?  青藍のプロポーズに対して、白煉は笑顔で即答してくれるはずなのに。  白兎く~ん? おーい?  白煉はさっきと同じでじっとこちらを見上げたまま、沈黙している。  ちょっ····え? マジでどした? 不安になるからそれヤメて! 「は、白煉?」 「あ····えっと、あの······青藍、様····俺、」  ああ、そうだよな。白兎は知らないんだった。突然みんなの前でプロポーズなんてされたら、びっくりするよな? でも婚姻の話をするって事前に伝えておいたし、その時点でこうなる予想はついていたはずだ。 「俺······やっぱり無理です! ごめんなさい!」  白煉の渾身の「ごめんなさい!」が、謁見の間に響き渡る。それには皇帝も皇后もびっくりしていて、俺はそれ以上に「無理です!」に対して既視感を覚えていた。 「あー····うん? え? それって、やっぱり生理的に無理とか、そういう?」  キスだけでなく、あんなこともしたのに?  一緒に朝まで同じ寝台で寝たのに? 「ええっ⁉ ち、違います! そうじゃないんですっ」  皇帝が居たたまれない目でこちらを見ている。皇后も目に見えてわたわたとしてる。海鳴(かいめい)はおろおろしてるし、碧青(へきせい)は開いた口が塞がらないようだ。  キラさんは····めっちゃ声を殺して爆笑してる! もしかしてあのひと、何か知ってるんじゃ? 「俺たち、まだそういう感じじゃないっていうか····その、まだ早いっていうか」 「····う、うん?」 「嫌いとか、そういうんじゃなくて。むしろ大好きなんです!」 「あ、ありがとう? 死ぬほど嬉しい」  必死になって誤解を解こうとしている白兎は、なんて言ったらいいか本当に迷っているようだった。  しかもまた「大好き」って言われた····嬉しい。  めちゃくちゃ嬉しい。 「こんなに大好きなのに、駄目なの?」  俺は調子に乗って白煉を抱き寄せる。耳まで真っ赤になった白煉の反応は、やっぱり可愛くて。その中身が白兎だってわかってしまえば、もう、止められなくなる。 「うぅ····だから、その、結婚はまだ心の準備ができてないっていうか····、」 「えっと····それはつまり?」 「はい、なので······まずは、お付き合いからお願いします!」  ぴた。  空気が一瞬なくなったのかと思うほど、周りから音が消えた。その沈黙を破ったのは、甲高い歓喜の声だった。 「か、可愛いですわ~‼」  (きょう)妃だ。 「陛下、皇后様、反対する理由がありまして⁉ こんなに可愛らしい子なら、男性同士でも全然ありですわ! 祝福しますわ!」 「わかります! 右に同じです!」  ちょっ····キラさん⁉ 素が出てるから! 「こ、こほん! あー····そうだな。急に妃? になれと言われても、本人も言うように心の準備もあるだろうし。いずれ青藍が皇帝となった時は皇后? になるわけだから。そうだな、そうするといい。お付き合いから始めることを許そう」  え? 皇帝陛下? 「青藍、白煉を大事にしてあげるのですよ? 隠す? とか、縛る? とか、そういうのは絶対に駄目ですからね?」  いや、縛るとはいってない。  言ってないよね? あれ? 「····よ、よろしくお願いします?」  白兎····もはや白煉でいる気ないだろ?  俺は大きく嘆息し、白煉を放してやる。 「じゃあ、恋人からはじめるってことで、いい?」 「うん、」  嬉しそうに。本当に嬉しそうに笑うから、俺はもうなにも言えなくなる。  結婚よりも、お付き合いがしたいなんて。  でも、白兎がそうしたいなら、願いを叶えてやりたい。 『またヒロインのひとり勝ちですね。いいんですか、それでって····まあ、(マスター)がいいなら、いいんですけど』  いいんだよ。俺のセカイは白兎を中心に回ってんだから。 『色々とオリジナリティ溢れるメインイベントでしたが、これにて終了です。ヒロインの好感度が90になりましたよ。これで最後の恋愛イベントと隠しイベントをクリアすれば、エンディングです。おめでとうございまーす』  ナビはほぼ棒読みでイベントの終了を告げた。  エンディングまであと少し、だけど。 『でもそんなオママゴトみたいな恋人(・・)の状態で、次の恋愛イベント、本当に大丈夫なんですか?』  その理由は、次回の恋愛イベントにて。  ◆ 第四章 了 ◆

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