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5-1 制限解除
『おめでとうございます。あなたの青藍への好感度が90になりました。最後の恋愛イベントと隠しイベントの発生条件が揃いました。隠しイベントは五日後にこの宮殿内で自動的に発生します。その数日後に市井にて恋愛イベントがあり、そこで好感度がMAXになれば、ハッピーエンドとなります』
ゼロは淡々といつものように文章を読み上げる。俺はというと、自室で丸い机に頬杖を付いて目の前に浮かぶ薄緑色の透明な画面をじっと見つめていた。ずっと不思議だったことがある。どうしてゼロはあんなことを言ったのか。
(あのメインイベントが荒れること、ゼロは初めから知っていたみたい。じゃなかったら、あんなアドバイスしないよね?)
姚 妃がなにか仕掛けてくるかもしれない。
それは、本来のメインイベントとは異なることで、海璃のあの時の様子を考えると、絶対に起こり得ないことだったはず。
というか、やっぱり海璃はこのゲームに関わりがあるってこと?
『その質問に関しては、本人に訊いてみてはどうかと。ペナルティの概念がなくなったので、答えられる可能性も高いでしょう。また、すでに本編と現在の状況が改変されているので、本来のハッピーエンドとは異なる可能性も十分あり得ます』
そ、そうなの? それって、俺が青藍のプロポーズを断って、お付き合いからお願いしますって言ったから?
『メインイベントのあの場面で、白煉は青藍のプロポーズに即答し婚姻を受け入れます。そこからの恋愛イベントにて、青藍と白煉は身も心も結ばれるのです』
身も心も····って、つまり?
『はい。ご想像の通り、この隠しルートにおいて、かなり攻めたギリギリラインのシーンです。この間の触れ合いの比ではありません』
あ、あれよりもっと····?
って、ゼロ、見てたの?
『いいえ。始まってすぐに私の思考は自己判断で遮断しました。しかし記録としては残っているので、思い出したければ読み上げましょうか?』
「だ、大丈夫です! 間に合ってます!」
やばい! と俺は慌てて口を閉じる。隣の部屋には華 雲英 が控えていて、夜ではあるがまだ眠る時間でもなかった。案の定、
「ハクちゃんどうしたの!?」
勢いよく扉が開き、雲英さんが飛び出てきた。その手には筆が握られたままで····手紙かなにか書いていたのかな?
「すみません、寝ぼけてたみたいです」
「もう、そんなところで寝てるからだよ。今度はちゃんとお布団で寝てね?」
「はい、気を付けます。雲英さんもあんまり夜更かししないで、ゆっくり休んでくださいね、」
「うん、ハクちゃんもね?」
安堵の色を浮かべ、雲英さんは部屋に戻って行った。はあ。ちょっと、あぶなかった····かも。
雲英さんには転生者であることは伝えたが、あの調子なので本当にわかってくれているのか心配だ。どちらにしても、ここが実はゲームの中であることや、目の前に変な画面が見えることまでは話していないのだ。
『報告しそびれていることがあるのですが、今ここで言ってもかまいませんか?』
うん? なんだろう····怖いことじゃないよね?
『ナビゲーター、ナンバリング01の存在です』
そういえば、海璃のナビゲーターが02だったはず。あ、そっか。ゼロは00だからナンバーが飛んでる。つまり、もうひとり転生者がいるってこと?
(····この流れからして、俺の予想が正しければ、)
『はい。華 雲英がもうひとりの転生者です』
やっぱり····なんか変だと思ってたんだよね。だって本編とのイメージと違いすぎて、違和感しかなかったし。でも隠しルートだから違うのかなって、勝手に納得してた。でも、どうして今になって教えてくれるの?
『それは、この先のエンディングに関わることだからです』
どういうこと? そういえば、ゼロは最初の頃からずっとエンディングにこだわっている気がしたけど、それと関係してるの?
『はい。メインイベント終了後にいくつかの制限が解除されました。それにより、エンディング後の分岐が発生することが判明しました。その分岐選択は、転生者全員の意思による選択が必須条件となります。つまり、三人の総意が必要なのです』
でもその前に、俺がハッピーエンドにちゃんと辿り着けるかどうかが大事ってことだよね? それには好感度を100にする必要がある。これって、恋愛イベントをクリアすれば確定なのかな?
『先程も申し上げましたが、最後の恋愛イベントのクリア条件は、青藍の想いを白煉が受け入れ、身も心も捧げること。つまり、身体の関係をもつこと』
聞いたし、今もどうしたらいいのか混乱してるよ。それってつまり、海璃と····最後までする、ってことだよね。
『はい。なので、今の状態でそれが可能なのか非常に心配です』
そこは都合よく暗転で終われないの、かな?
『そんなご都合主義は存在しません』
いや、今までたくさんあったよね!
こういうところだけないってどういう仕様⁉
『恋愛イベント発生までの短い期間で、今以上に関係性を深めていただくしか解決法がありません』
ちょっと、心の準備が····これって、海璃も知ってるの?
『ナビゲーター02が伝えているはずですが』
隠しイベントが五日後で、その数日後に恋愛イベントって言ってたけど、具体的にいつなのかな?
『発生した時点で報告はできますが、今の時点での明確な情報はこちらにはないのです』
青藍が海璃だってわかってても、そういうのって流れってものがあるのでは? 急に「はいどうぞ!」って言われても、絶対に無理だよ。海璃だって、俺なんかとそんなことしたいはずないよね?
そもそも、男同士でどうやってするの?
「ハクちゃん! 話は聞いたわっ」
ばん! と再び勢いよく扉が開かれる。そこには仁王立ちし、「お姉さんに任せなさい!」と言わんばかりにこちらを見つめてくる雲英? さんがいた。
「は? え? 雲英さん?」
ずんずんと大股でこちらにやって来て俺の両手を取ると、なんの悪意もない満面の笑みを湛えて見下ろしてきた。それはもう、嬉しそうに。
「ハクちゃん、いいえ、白兎くん! イーさんから話はぜんぶ聞いたわ! 私の名前は雲英 華南 。君のクラスの雲英 詩音 の姉で、このゲームの絵師を担当したキラよ。キラさんでもカナンちゃんでも好きな方で呼んでくれていいわ。改めてよろしくね!」
華 雲英こと雲英 さん?
って、詩音さんのお姉さん⁉
絵師って····もしかしなくても、この乙女ゲーム『白戀華 ~運命の恋~』の絵師、キラさん⁉
うぅ····情報量が多すぎて目が回りそう。
「やっと制限がなくなったってイーさんに聞いて、一番に君と話したかったの!」
「あれ····もしかして、あの時の?」
「そう、あの時のお姉さんよ。一緒に死んじゃったみたい」
海璃と約束をしたカフェで、一緒にいた女のひと。でもなんで海璃はキラさんと一緒にいたんだろう。やっぱり、ふたりはそいういう関係?
「あの日、私は君に会うためにあのカフェにいたんだよ? 海璃くんに頼まれて、彼の"告白"に立ち会うはずだった。でも、白兎くん、勘違いして逃げ出しちゃったでしょう?」
あ····そっか。
そのせいで、三人ともこんなことに····。
あれ? 告白って、どういうこと?
「え? ····これは駄目なの? うーん、難しいなぁ」
「あの?」
「ああ、ごめんね。制限がなくなったんだけど、それはぜんぶじゃなくて。言っても良いことと、駄目なことがあるみたい」
苦笑を浮かべて詩音さんのお姉さんが、ナビゲーターから注意されたことを教えてくれた。
「えっと、詩音さんにはいつも仲良くしてもらってて。お姉さんだったんですね。俺、なんてお呼びしたら、」
「好きな方で良いよ? 海璃くんはいつもキラさんって呼んでたけど、」
「あ、じゃあ、キラさんにします」
キラさんはにこにこと嬉しそうだった。でも俺は、なんだか申し訳ない気持ちになる。だってあの時、俺があの場から逃げなければ、海璃もキラさんも巻き込まれずに済んだのだから。
「ごめんなさい····俺、」
「私ね、華 雲英になれて、すごく楽しかったよ?」
「でも、俺のせいで、」
「違うよ? 悪いのは車で突っ込んできたひとでしょ? それが故意なのか事故なのかは今となってはわからないけど。神サマは私たちにチャンスをくれたんだよ」
チャンス?
このおかしな転生が?
「君はあの時、なにをお願いしたの? 私はね、ふたりの恋の結末を知りたいってお願いしたのを、さっき思い出したの。ふふ、おかしいでしょ?」
「俺は、渚さんが伝えたかったこと、知りたいって。隠しルートやりたかったなって。本当、おかしいですよね。最後に願ったのがそれです」
初対面なのに、もうずっと一緒にいたから共有できること。華 雲英はそのままキラさんなんだってわかって、なんだか安心する。
そういえば、隠しルートのデータを貰う前に、このゲームのキャラを生み出した絵師さんに、一度でいいから会ってみたいって渚さんに呟いたことがあった。
ん? あれ? 海璃に頼まれたって、さっき····。
「あの、言っちゃいけないことって、このゲームに関わることですか?」
「そうみたい。でも私自身のことは良いんだって。白兎くんのナビゲーターはなにも言ってこない?」
俺はふとゼロの言葉を思い出す。
「あ····そういえば、ゲームに海璃が関わってるの? って訊いた時、最重要機密事項っていってたんですけど。でも逆に肯定してることになりません?」
「う、うーん····なんか言いたいことはわかるけど、それは本人に訊いた方がいいってことじゃないかな? 海璃くんの制限がわからないからなんともいえないけど」
そういえば、海璃はどうして来ないんだろう。
「俺、海璃のところに行って来ます」
「今から? ····ハクちゃん、ちょっと待ってて」
キラさんは俺の呼び方が定まっていないようで、いつものように「ハクちゃん」と自然に口から出てしまったようだ。自身の部屋に戻って行ったかと思えば、なにかを抱えてすぐに帰って来た。
「はい、これ! 海璃くんに渡してくれる?」
そう言って、俺は手作りっぽい書物を渡された。青い厚紙でできた表紙にはなにも書かれておらず、書物にしては薄い気も?
俺は白い単衣に浅葱色の衣を纏っているだけの軽装のまま、その書物を胸に抱え、足早に青藍の部屋へと向かった。
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