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5-5 ナビゲーター

 ――――五日後。  予定通りならば今夜、宮殿内で隠しイベントが発生することが確定している。青鏡殿は第一皇子青藍の宮殿。護衛の海鳴含め、その配下である手練れの護衛たちの他、世話係の従者が大勢存在する。 『今夜、ちょうどこの部屋の屋根の上で二度目の隠しイベントが発生します。今回は赤瑯(せきろう)と白煉のふたりだけのイベントとなりますので、暗器だけではなく武器の所持を提案します』 「それはつまり····赤瑯と戦うってこと?」  常に配置されている多数の護衛の包囲網を抜けて王宮に入り込むだけでなく、皇子の宮殿にまでやって来るなんて····。  しかも、戦うの? 決闘ってこと? 「最後の隠しイベントって勝ち確定イベントだから、ハクちゃんがどうにかされちゃうっていう心配はないんだけど、ねえ?」 「まあ、そもそも白煉って能力がチートだからな。このゲーム内において、絶対に負けないヒロインってやつだ」  いつもと違う光景。丸い机を囲んで、白煉、青藍、雲英が作戦会議をしていること。制限がなくなった俺たちは、各々のナビゲーター画面を見ながら、今後の方針を練っていた。 『いやぁ、まさかこんな日が来るなんて思いもしませんでしたよ~。うちの(マスター)、色々やらかすから気が気じゃなくて。ペナルティがなくなったのはホントに良かったです~』 『カナンもここまでくるのにかなり無茶をしました。こうして苦労を語り合えるのは良いことです。しかし、どうしてこんなことになったのやら』 『おそらくですが。制限がなくなったことや、我々が情報を共有できるだけでなく、通信までできるようになった現在の状況を考えるに····、』  ナビゲーターたちはナビゲーターたちで各々の考察を繰り広げている。できないと断言していたはずの会話。今まで見えなかったそれぞれの画面が見えているのも不思議だった。しかもみんな個性的というか。機械音声なのにそれぞれ違う。 「ねえ、せっかくだから教えて欲しいんだけど。どうしてハクちゃんだけがペナルティがなかったのか、とか。どうして改変しても許されているのか、とか。私たちとの違いってなんだったんだろう?」  キラさんが俺のナビゲーターであるゼロに訊ねる。それは俺も知りたかった。といっても、俺にはどの部分が改変されていて、どこまでが本当のシナリオだったのかがわからない。ゲームの制作に関わっている海璃やキラさんは全部把握しているはずだから、その違いも当然わかるんだよね? 『私のシステムには明確な答えが存在しません。そういう仕様だった、としか。すべてはエンディング後に。それが我々の真の主の意向なので』 『ナビゲーター00をボクたちが認識できなかったのも同じ理由かも。ボクたちはあの方の分身体だってことは確かで、それについてはお互いの共通認識ってことで合ってます?』 『それをふまえて、ナビゲーター00には先程の考察の続きをお願いしたいのですが、』  結局はエンディング後にネタばらしということなのかも。一応、そういうところは元のゲームを尊重しているのかな? 「それは俺も聞きたい。メインイベント後に制限が解かれたのは、いったいどうしてなんだ? あんなに脅しておいて、今更なんで?」  海璃が興味深そうにゼロに訊ねる。 『はい。おそらく、意味が無くなったからだと思われます』 「どういうこと?」  俺は思わず気持ちより先に言葉が出た。ペナルティの意味が無くなったってことだとは思うんだけど、それだけではよくわからない。キラさんも不思議そうに首を傾げていた。 『私のシステムにはヒロインを導くための選択肢というものが存在します。その極端な選択肢はあくまでもヒロインをBADエンドに向かわせないためのものであり、危険が及ばないようにするためのものでした』  確かに。最初の隠しルートへの分岐以外物騒な項目はなく、その選択肢はどちらを選べば正解なのかが、予測できるような選択肢だった気がする。 「最初のチュートリアルの恋愛イベントで、白煉《はくれん》が目を開けたのは?」 「そのまま"寝たふりをする"か、"目を開けるか"の選択肢が出たからだけど」  目を開けたおかげで、青藍の気持ちを知れた。あのままなにもしなかったら、この先にあるだろうエンディングなんて無視して、宮殿から逃げることばかり考えていたかもしれない。 『本来、存在しないはずの選択肢が出現したことにより推測されること。当初は欠陥(バグ)だと思っていましたが。あれこそがこのセカイを構築した我々の主の干渉だったのだと理解しました』  え、えっと····つまり、どういう? 『ヒロインの感情や変化に合わせて、物語が改変されたという事実。間違った方向へ行かないように修正した結果、ハッピーエンドにするためにはお互いの存在を認識することが重要であると判断したのでしょう。つまり、すでに身バレしているため、設定上の制限はこれ以上は不要となったわけです』  あ、確かに。 「本来の物語はとっくに破綻していて、俺たち以外のキャラも勝手に動き出している。それぞれがそれぞれの意思をもってるみたいに」 「ぜんぶ、ハクちゃんが原因ね。隠しルートのシナリオを知らないからこそ、素直な気持ちで関わったキャラたちの心が変化したのかも」  それって、このゲームをシナリオ通りに進められなかった俺のせいでもあるよね? 「俺、もしかしなくても····知らないうちに原作クラッシャーしてたの?」 「けどそのおかげで、俺たちはこうして三人で話ができてる」 「そうそう。乙女ゲームに転生っていうのもびっくりだけど、それが私たちが関わっているゲームっていうのも不思議だったの。販売もしてないんだよ? 知ってるのは私たちと、それをプレイしたハクちゃんだけ。これって、今の状況になにか関係あったりしない?」  海璃はすぐに俺が落ち込んでいるのに気付いたのかフォローしてくれて、キラさんは話を逸らしてくれた。 『それについては、三人の"お願い"を思い出してみるといいかもしれませんよ? おっと、これ以上はボクの口からは言えません』  少年のような機械音声のナビゲーターが、悪戯っぽくそういった。 (それって、渚さんの作った隠しルートをプレイしたいっていう····あれ?)  キラさんは、「ふたりの恋の結末を知りたい」だったっけ? ふたりって俺と海璃のってことだよね。今更だけど。じゃあ海璃は?  俺は海璃をじっと見つめて、それを訊いていいのかどうか迷う。自分から話すのならいいと思うけど、他人から訊かれたら嫌だよね? 『うちの(マスター)の願い事が知りたいんですか? いいでしょう! ヒロインにだけこっそり····』 「駄目に決まってるだろ。あんなこと、」  あんなこと?  海璃はジト目でナビゲーター画面に睨みをきかせていた。 『まあ、確かに。あれを本人目の前にして公表するのはちょっとどころか、だいぶ (笑)』 「おい。それ以上余計なこといったら、容赦なく画面たたき割るぞ」  俺は思わずくすくすと笑っていた。海璃と海璃のナビゲーターって、兄弟みたい。  それに、普段見せない海璃の素顔も見れてすごく得した気分になった。 「はいはーい! 海璃くんの"お願い"は、ものすご~く欲に(まみ)れていると思いまーすっ」 『カナン。これ以上波風立てるのは止めた方が良いかと。非常にセンシティブな話題ですから、触れられたくないこともあるでしょうし』  キラさんの悪ノリに対してナビゲーターが止めに入る。ここの関係性も面白いなぁ。  自由奔放なキラさんに対して、優しくて寛容なナビゲーターさん。なんだかバランスが良くて、見ていてほんわかする。 「ふたりとも、賑やかで楽しそう」 『そうですね。しかし私たちは一定の距離感を大事にしてるので、あのような戯れは不要です』 (ゼロも十分、俺に対して過保護だと思うけど、)  そんなこんなで時間は過ぎ、夜が来る。  俺はいつもの白と赤の漢服を纏い、赤い飾り紐で白銀色の髪の毛を飾られていた。キラさんが整えてくれた髪形は、いつもとは違うポニーテール。俺がそうして欲しいってお願いしたんだけど、理由は恥ずかしいから内緒。  硯箱に隠していた暗器を衣やブーツのような白い履物に仕込み、準備を整える。そんな中、なぜか青藍が部屋を訪ねてきた。まだ隠しイベント発生まで少しだけ時間があるらしい。 「これって····、」  手渡されたのは、最初の隠しイベントの時に俺が青藍から借りた剣だった。ずしりとした独特の重さが両の掌にのっている。鞘に収まっているその剣は、抜き身の時となんだか印象が違った。 「これはちゃんとシナリオ通り。青藍は白煉がなにか隠してるって知って、なにも言わずにこの剣を託すんだ」 「それって、この文のことだよね? さっき気付いたら置いてあった」  文にはひと言だけ。 「最後の手合わせをしたい、って」 「そう。この後、赤瑯はこの宮殿に現われる。隠しイベントが始まるとふたりはここから離れて行ってしまう。だから青藍が白煉にしてあげられるのは、これくらいなんだ」  剣を俺に手渡した後、海璃は自然に俺の頬に触れてくる。そのゆくもりに、緊張していた表情が一気に和らいだ。 「なにがあっても大丈夫だ。君は強い子だから」  その台詞は、市井で贈り物をもらった後に青藍が言ってくれた言葉だった。うん、と俺は頷いて、託された剣を握り締める。今なら、あの時青藍が言ってくれた、その言葉の意味がわかる気がした。 「いってきます」 「気を付けて、」  俺は青藍の横をすり抜け、隠しイベントが発生する宮殿の屋根の上へと身軽に飛び乗った。右肩の傷はもう痛まない。毒も抜けた。白煉の本当の強さを俺は知らないけど、青藍の言葉は信じてる。 「言葉はいらねぇ。語るのは己の剣のみ。これが俺なりの、花嫁への餞別だと思え」 「そんな血なまぐさい餞別、必要ありません」  大きな丸い月に照らされた屋根の上で、俺たちは視線だけ交わし合う。その次の瞬間、金属音が強くぶつかり合う音が響き渡った。  それを合図にでもするかのように、白煉の記憶を取り戻すための最終戦闘(ラストバトル)が始まる――――って、いつからこのBLゲーム、バトルものになったの!?

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