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5-9 永遠の誓い
恋愛イベント当日。
白煉 の部屋がカオスと化していた。
(いや、なんでこいつらまでいるんだよ····エンディング前に全員集合、とまではいかないけど、必要ないだろう!)
そもそも事情を話した海鳴 はともかく、なにも知らずにやって来ている蒼夏 や碧青 までいるのはなんでだ⁉
『いいんじゃないですか~。ボクたちも情報が真っ白なので、なにが起こるかさっぱりなんですよね。この展開も回避不可です』
ナビはその発言の通り、まったくやる気がないのがわかる。
蒼夏は謹慎してたんじゃないのか? まあ、彼自身がなにかしたわけじゃないから自主的なものだったのだろうけど。皇帝に姚 妃のことをぜんぶ話して、彼女との話と食い違いがないか確かめられたはず。
結果として、姚妃は位を下げられ、今は姜 妃が入れ替わるように後宮を任されている。
青藍 も:白煉はくれん)も姚妃の所業について咎めなかったため、かなり軽い罰で済んだはずだ。白煉の両親も生きているし、雲英 の父親も怪我は負ったが元気にしているらしい。
赦されることではないが、反省しているひとに対して挽回のチャンスを与えないのは違う気がした。
姚妃は気持ちを改めて国のために尽くすと、皇帝に誓ったのだ。その気持ちを疑ったところで、意味はないだろう。
「ハクちゃん、これ差し入れだよ。特別に作ってもらった月餅 なんだ。中に栗が入っているんだよ? 気に入ってくれたら嬉しいな」
それって中秋節の時に食べるってやつだよな。このゲームの設定上、そういう季節行事的なものはないはず。
月餅は月に見立てて丸く平たい形をしたお菓子だ。本当は大きいサイズのものを切り取りながら食べるらしいけど、蒼夏が作らせたのは小さいサイズのもので、箱に三つずつ二列にして綺麗に並べられていた。
俺はそこまで詳しく調べていないから、この程度の知識しかないけど。
「あ、ありがとうございます。月餅っていう名前のお菓子なんですね····はじめて見ました」
「うそでしょ? 君ってやっぱり変な子だよね、」
嬉しそうに箱を受け取った白兎 に対して、碧青が横に並んで顔を覗き込む。そんなにくっつく必要あるか?
同じくらいの身長だが、少しだけ碧青の方が高い。顔の位置もほぼ同じなので、可愛い顔がふたつ並んでいて、正直、絵面としては悪くない。
「ハクちゃん、大人気だね····青藍様、大丈夫~? って、怖い怖い。笑顔が逆に怖い」
キラさんは俺の顔を見た途端、うわぁ····という表情を浮かべた。
にこにこと顔面だけは笑顔でいたつもりだが、やはりわかるひとにはわかるらしい。心の狭い俺には、この状況はかなりキツイ。
「青藍様、ここは年長者として堪えてください」
淡々と海鳴が俺の横でそんなことを言う。わかってるけど、限界は近い。あいつら、絶対にわざとやってるだろう!
蒼夏は必要以上に白煉の肩やら頭やらに触れ、碧青は頬をつついたりしてじゃれている。そんなふたりの意図など知らず、白兎はその好意に対して素直に喜んでいるようだった。
「青藍兄上はいいなぁ。こんな可愛い花嫁をもらえるなんて」
「まったくその通り。兄上に飽きたら、俺と結婚してくれる?」
「え? え?」
両手をそれぞれに握られ、真ん中で白兎が頭に「?」を浮かべている。これはある意味ヒロインの定めか····攻略する側に無条件で好かれるという。
「ふたりとも、いい加減に、」
「す、すみません。俺、青藍様が好きなので!」
俺の台詞にかぶって、白兎がふたりに対して告白する。自分で言っておいて真っ赤になるの、可愛すぎだろう!
「馬鹿だな。冗談に決まってるじゃん。ホント可愛いね、白煉って」
「俺は冗談じゃないけどね、」
お前はそうだろうな。
絶対に阻止するけど。
「ハク、行くぞ。お前たちはさっさと自分の宮殿に帰れ」
俺はふたりの手から白煉を奪取し、はあと嘆息した。白兎も解放されてほっとしているようだった。
あいつら、無駄に顔がいいから白兎には刺激が強すぎる。というか、俺の心臓がもたない。
「ハクちゃん、青藍様、楽しんできてね」
「成功をお祈りしております」
恋愛イベントは、本来プレイヤーが一番楽しみにしているイベントだ。攻略対象であるヒロインの好感度を上げるためだけじゃなく、そのイベント自体がゲームの印象を決める大事なものなのだ。
キラさんはいつも通りで、海鳴も相変わらずだ。俺たちはみんなを背にして扉に手をかける。
王宮の庭園は青藍の宮殿から少し離れていて、前にお茶会をした場所を横切って渡り廊下を抜け、中庭に出る必要がある。
夕方近い時間帯。空が朱色に染まり出した頃。俺たちの考えはどうやら合っていたようだ。時間帯まで一緒だなんて。もう、確定だろう。
「はあ。なんだか、どきどきする」
手は繋いだまま、俺に連れられる形で白兎は歩いている。胸に手を当てて、少し俯いていた。
いつもの白と赤の漢服。髪形はハーフアップだが、両サイドが綺麗に三つ編みにされており、上の方を纏められて作られたお団子がひとつ。そこに赤い髪紐飾り飾られていて、歩く度にふらふらと飾りが揺れた。
「この先だ。ほら、あの建物の奥に緑が見えるだろう? 庭園は木々に囲まれていて、俺たちの知る公園にそっくりだった。昨日、海鳴と一緒に行ってみたんだけど、白兎もきっと驚くと思う」
「····じゃあ、やっぱり」
『情報が更新されました。恋愛イベントのクリア条件についてお伝えします』
白兎のナビゲーター、ゼロの声が頭に響いた。繋いでいた手を一度離し、お互いの画面を確認する。
ゼロに続くようにナビが「はいはーい」と声を上げて主張した。
『主 、今回のクリア条件はふたつ。まずは青藍の愛の告白、からの、ごにょごにょで、やはり変更はなさそうですよ〜?』
ごにょごにょの部分は画面にしっかり記載されているが、読み上げるのはどうやら難しいようだ。
(そこは変わらないんだな····)
でも、俺たちの準備は十分できている。なんならここまで我慢した俺の理性を褒めてやりたいくらいだ。白兎も同じなら、いい。そう思って白兎の方を見てみたら、顔を両手で覆っていた。
白兎が怖がるなら、その条件を誤魔化すこともできた。最初はそうするつもりでいたからだ。でも、ふたりでたくさん話して決めたのだ。
もしクリア条件が変わらなかったら、どうするか。それから一緒に準備を進めてきた。準備っていうのは、その、白兎の身体の準備で。
お互いはじめてのことだから、わからないことだらけ。
俺は今まで読んできたBL本のおかげで、なんとなくどうしたらいいかわかっているつもりだ。
でもいざそれを前にした時、ちゃんとできるかはわからない。だってそうだろう? 好きなひとと最後までするなんて、緊張するに決まってるし。
白兎が顔を覆っている両手をそっと握り、俯いたままのその顔を覗き込む。ぎゅっと瞳を閉じたまま、全然俺の方を見てくれない。
「行こう。俺の誓い、もう一度白兎に捧げたい」
「····うん、」
小さく頷いて、それからゆっくりと赤い瞳を開いた白兎。それを確認して、俺たちは再び庭園を目指す。庭園に辿り着くまで、誰にも会うことがなかった。従者も誰もいないなんて、なんだか変な気分だった。
だからこそ、余計に考えてしまうこともある。この恋愛イベントを改変してきた未だ見ぬ"絶対的な存在"のことを。
ナビゲーターたちが言っていたように、この転生の意味とはなんなのか。
俺たちの願いが元になっているのなら、確かに最後の恋愛イベントのクリア条件も納得がいく。
だってこれは、俺の願いだから。
あの時。
俺が願ったこと。
(白兎に告白して両思いになって。普通の恋人がすること。キスしたり抱き合ったり、白兎のぜんぶを俺のものにしたい、なんて)
キラさんが言った通り欲に塗 れすぎだろ、俺の願い。けど、その願いが最後以外はほとんど叶っているのも事実。
庭園に入ると、ナビたちが位置情報を表示してくれた。イベントが発生するのは庭園の奥、白煉の日記にあった場所のようだ。しかし大人の身体であの細い道が通れるだろうか。白煉はともかく、青藍は無理があるぞ。
茂みに隠れていた秘密の抜け穴を見つけ、俺たちは地面に膝を付いたまま顔を見合わせる。
「俺は、なんとか行けそうだけど、」
「やろうと思えば、できないことはない」
とにかく、そこが発生場所なら行けないはずはない。白兎を先頭にして俺はその後を追う。この体勢、目の前の思いがけない景色に俺はちょっとどきどきしてしまった。
四つん這いになりながらなんとか狭い穴を抜けると、そこにはあの日のまま取り残された、俺たちの秘密基地があった。
秘密基地、といっても子どもが作ったハリボテ。布やら木の枝などを集めて作られたテントみたいなもの。
その周りには、木で作られた歪な剣の他にお菓子の缶だろうか。見覚えのある綺麗な小さな箱が落ちていた。
立ち上がるのは難しい場所で、俺たちはその場に座る。白兎が手に取った箱。幼稚園の時、俺たちはこの箱に願い事を書いて入れたのだ。
いつか大人になった時に、一緒に開けようと約束したんだけど····。
「俺たちが作った秘密基地、この箱もぜんぶ、元のセカイにはもうないんだよな」
「····そうだね。開ける前に秘密基地ごと撤去されてたから、」
寂しそうに、そして懐かしそうに膝の上に缶をのせて、白兎はそっと蓋の辺りを撫でた。
俺たちはあの時の約束さえもなかったことにされたのだ。公園が部分的に整理され、俺たちが遊んでいた場所はいつの間にか花壇になっていた。
「海璃は、どんなお願いをしたの?」
「開けてみればわかるよ。そこにぜんぶ書いてあるから。でもその前に、」
俺は白兎の左手を取って、そこに飾られている薄青色の半透明な腕輪に視線を落とす。
「"大人になったら、俺のお嫁さんになって"」
その意味もわからず、お嫁さんにすればずっと一緒にいられると思っていた俺が、あの時白兎に言った台詞。
「····"うん。俺、海璃のお嫁さんに、なる"」
それに対して白兎が返した言葉。白兎はどんな気持ちで応えてくれたんだろう。
「あの時、すごく嬉しくて····小学生くらいまでは、いつか海璃のお嫁さんになれるって信じてたんだ」
箱を開け、入っていた可愛らしい絵柄のメッセージカードを取り出す。そこに書かれていた文字に、俺たちは見つめ合って同時に微笑んだ。
『はくとがいつも、おれのそばでわらっていられますように』
『かいりとずっといっしょにいられますように』
俺たちの願い。
今も昔も変わらない。
「白兎がいないセカイなんて考えられない。これから先もずっと、一緒にいて欲しい。白兎がいつも笑っていられるように、努力する。白兎が傍にいてくれるだけで、めちゃくちゃ幸せなんだ」
用意していた言葉はぜんぶどこかへ消えていった。けど、伝えたいことは最初からひとつだけ。
「俺と、結婚してください」
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