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0-4  皇帝の溺愛する花嫁が、負け確定イベントを回避した元モブ暗殺者だった件。

 皆に祝福され、赤い花嫁衣裳を纏って結婚式を挙げたばかりの白煉(はくれん)は、初夜を迎えていた。最近は青藍(せいらん)の部屋で同衾(どうきん)することが多かったが、装飾が施された自室で初夜を迎えることになるとは思わなかった。  どうやらこの国では、初夜は花嫁の部屋で行われるらしく、花嫁衣裳のまま寝台の上でぴんと背筋を伸ばして、赤い面紗を頭から被ったまま白煉はその時を待っていた。 (····なんだか緊張する。というか、初夜っていってもこれがはじめてじゃないのに、なんでこんなに心臓がばくばくするんだろう?)  花嫁としてはじめて身を捧げるという意味では初夜だが、その前に身も心も青藍に捧げていた。あの夜のことを思い出すだけで、全力疾走で逃げ出したくなるほどだ。今日の豪華な結婚式も大勢のひとたちが自分たちを見ていて、ものすごく緊張した。  それに気付いた青藍が、自然と手を繋いでくれたおかげで緊張も和らいだのだが····。 (本当に私で良かったのかな? 青藍様のような立派な御方には、元暗殺者で男の私などより、相応しい女性がいるのでは?)  結婚式が始まるまではそんな事ばかり考えていたけど、終わってみれば渦巻いていた不安な気持ちはどこかへ行ってしまった。 (ずっと、一緒にいられたら····それだけで幸せなのに。私を選んでくれたあの御方の気持ちが、すごく嬉しい)  部屋の扉が静かに開く。  赤い衣裳を纏った青藍がゆっくりとこちらに近付いてくる。いつも纏っている青とは印象が違って、不思議な感覚だった。 「何度見ても君の花嫁姿が綺麗だから、私は見る度に夢の中にいる気分なんだ」 「 綺麗? 確かに綺麗な花嫁衣裳ですけど、夢などではないです。私はちゃんとあなたの目の前にいますよ?」  そういう意味ではないんだけどね、と青藍は苦笑を浮かべる。白煉は赤い面紗の奥で首を傾げながら、青藍を見上げた。 「私の花嫁はちょっと抜けているけれど、そこが可愛らしいから困る」  面紗をそっと取って、露わになった白煉の素顔を見つめる青藍は、いつも以上に甘く優しい笑みをその端正な顔に浮かべていた。 「あの、青藍様? 初夜の前に少しだけ····お話、いいですか?」 「いいよ。私も君に一緒に見てもらいたいものがあったんだ。丁度いいから、ふたりで少し話そうか」  その"お願い"に対して、青藍は快諾して白煉の左隣に座った。白煉は袖に隠していた"ある物"を取り出して、なにかを決意するように頷いた。 「青藍様、私が攫われて記憶を失った後、赤瑯(せきろう)兄さんの許で暮らしていたことは話しましたよね。これは幼い頃の私が所持していたもののひとつで、ずっと私を支えてくれていたものでした」  手の中にあるもの。それは攫われた原因でもあった。それを知らないまま大事に持っていたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。記憶が少しでも残っていたなら、きっと辛い思い出のひとつになったいただろう。 「それは、青龍の玉佩だね」 「はい。これは、あの頃の私にとって希望でした。失くした記憶の、手がかりのひとつ。もうひとつの模造刀もそうでしたが、これは特別だったんです」  青龍の玉佩は、青藍の身分を証明する玉佩。 「やっと、持ち主に返すことができます」  あの日から何年もかかってしまったけど。 「それは、君が持っていて?」 「····だめです。これをあなたに直接返すことで、私の過去にもようやく区切りがつくんです。だから、受け取ってください」  青藍の手を握りしめながら、玉佩をその手に渡す。うーんと青藍はなにか考えるような顔をした後、白煉の気持ちを受け取ることにしたようだ。  代わりに腰にぶら下げていた玉佩を手に取り白煉に握らせると、「これを君にあげる」と笑みを浮かべた。 「君から返してもらったものがあるから、これは君の傍においてあげて欲しい」  なんとなく、白煉が青龍の玉佩に対して思い入れがありそうな気はしていた。その手から離れた時、一瞬だけ寂しそうな顔をしたのがその証拠だろう。 「形は少し違うけど、私がずっと身に付けていたものだから。過去の私ではなくて、今の私が君の傍にいるってことを、忘れないで欲しい」  手渡された玉佩を胸の辺りで抱きしめるようにして、白煉は「はい」と小さく頷いた。思い出の品を手放すのは寂しいものだ。それが心の支えだったのなら尚更だろう。  青藍はそっと頬に触れて、「ありがとう、今まで大切に持っていてくれて」と囁いた。 「青藍様のお話って?」 「うん。実はね、本棚を整理していたら身に覚えのない書物が出てきたものだから、君にも確認してもらいたくて」 「青藍様がいつも読んでいる書物にしては薄いですよね?」 「やっぱり君も見たことがない書物のようだね。題名も表紙に書いていないから、ますます怪しく思えてきたよ」  ふたり、その青い表紙の薄い本に視線を落とす。 「呪物、とかそういう類の気配はしませんが、なんだか(よこしま)な気は感じられます」  白煉はじっと薄い本を見つめて、そこから発せられている僅かな気配を感じ取る。青藍は怪訝そうに眉を顰めた。呪物の類ではないのに、(よこしま)って····その違いとは? という疑問が頭の中に浮かぶ。 「一応、確認してみますか? 私なら、これくらいの邪気なら平気ですし」  白き龍の民は神仙の血が流れる特別な一族。身体能力もそうだが、回復力もかなり早い。強い邪気であったとしても、その内力で簡単に抑えられるだろう。青藍は「危ないと思ったら燃やしてくれてかまわない」と言って、白煉に薄い本を手渡した。 「では、捲りますよ····」  青い表紙を開き、一枚目。白煉らしき少年の左手首に青藍らしき青年が半透明な青い腕輪を通している場面が描かれていた。背景は月夜に花窓の前という美しい構成で、それを目にしたふたりはお互いの顔を見合わせる。 「これは、私たち? です、よね?」 「そのようだな····誰がこのような見事な絵巻を作ってくれたのだろう?」  その美しい絵の下の方に書いてある文字。これはこの本の題名だろうか? 『皇帝が溺愛する花婿が元暗殺者だった件』 「えっと····つまり、この薄い本には私たちのことが書いてある? ということでしょうか? この本の青藍様は皇帝? 花婿って私のことです?」 「花婿? 花嫁の間違いでは?」  くすくすと青藍は冗談を言うが、花嫁は女性で花婿は男性なので、むしろこちらの方が正しい気もしないでもないが····。  自分たちのようにどちらも男性の場合は、結局どちらなのだろう? と、白煉は首を傾げた。  気を取り直して、ゆっくりと二枚目三枚目と紙を捲っていく。そこには青藍の想いと共に、白煉を探し続けた苦悩が書かれていて、運命のいたずらでふたりが再会し、想いが通じ合うという物語が美しい絵と文字で綴られていた。  が、どんどん話の雰囲気が良からぬ方に流れている気がした白煉は、紙を捲る手がぴたりと止まってしまう。 「せ、青藍様····なんだか、この先はすごく破廉恥な描写が待っているような予感が、」 「そう? 私は続きがすごく気になるけど」  青藍はどうやらわかっていて言っているようだ。白煉は真っ赤な顔で「むぅ」と頬を膨らませて、言葉を呑み込む。 「初夜の参考になりそうだし、いつもと違うやり方で君を気持ちよくさせてあげられたら、私も満足なのだが」 「青藍様、もしかして」 「本当に、私の花嫁は可愛らしい」 「誤魔化してもだめです!」  おそらく、いや、間違いなく、青藍はこの薄い本を手に取って読んだのだ。その上で惚けたふりをして白煉の手で捲らせた。それに気付いた白煉は、薄い本を閉じて寝台の上に置くと、抱きつくように青藍の首に腕を回した。 「青藍様は、この本の白煉(わたし)に欲情したんですか?」  それは、嫉妬だろうか? 青藍は急に首にしがみ付いてきた愛おしい花嫁を抱きしめて、ふっと口元を緩める。誰が描いたかもわからない薄い本に感謝しないといけないな、と心の中で呟く。 「まさか。ここにいる君だけが私をこんなにも夢中にさせてくれるんだから、」  いたずらっぽく言って、青藍は白煉に口付けをした。ふたりの物語は、この先も続いていく。離れていた分の愛を育むように、お互いを尊敬しながら。  ――――数年後。  青藍は皇帝になり、その傍には白煉の姿が常にあった。新しい皇帝の花嫁が元暗殺者であったことを知るのは、ごく僅かな者たちだけ。  皇后が前代未聞の男性と知ってもなお、国民はふたりを祝福した。青龍の国はその後も争いが起こることもなく、末永く繁栄したのであった――――。 『白戀華(はくれんか)~運命の恋~ 隠しルート編 特殊エンディング』より。 ◆ 最終章 ~了~ ◆ ✿❀✿❀✿❀ 〜感謝〜 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。コンテスト参加中です。面白かったら投票していただけると嬉しいですm(_ _)m

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