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0-3 はじまりの物語
乙女ゲームはなかなか奥が深いコンテンツだった。ノベルゲームとしても成り立つなら、やはりイラストの枚数を増やすのは必須だろう。ボイスは予算の関係上入れることはできないから、物語を楽しませるためのシナリオも大事だ。
ゲームとして作成するにはやはり経験のあるひとが心強い。俺の我が儘のために、ほぼ無償で集まってくれたひとたち。みんなの力で作り上げた特別な乙女ゲーム。それは、たくさんのひとに向けて作られたものではなく、たったひとりだけのために捧げるのだと知っていながらも、協力してくれた。
「あとは君次第だよ、海璃 くん」
絵師のキラさんは、俺の姉貴の友人。
『告白大作戦、成功を祈っています』
パソコンの画面越しに声だけ参加してくれている、シナリオ担当の千夏 さん。BLゲームである隠しルートのシナリオも快く引き受けてくれた。
「失敗しても慰めてやるから安心しろって! 寧ろ失敗しろ~。フラれろ~」
けらけらと笑いながら、ゲームプログラマーのSAIさんが縁起でもないことを言う。けど成功する確率の方が低い、勝ち目のない戦いに挑むようなものだ。だって俺が告白しようとしているのは、俺の幼馴染で、しかも同性なんだから。
「まさか、本当にその気持ちだけでゲームを作っちゃうなんてね。あんたの諦めの悪さはもはや尊敬ものだわ~。この借りは、この後の幸せ報告で返しなさいよ?」
姉貴がばしばしと俺の背中を叩く。
「渚砂 ちゃんの言う通りだよ。いつか本物の白兎 くんにも会いたいなぁ。この文化祭の時の可愛い写真だけじゃ物足りないよ~。詩音 と雅ちゃんから回収した写真は、ほとんど隠し撮りみたいなやつばっかりだし」
「白兎もキラさんに会ってみたいって言ってたから、そのうちね」
「写真だけでもこんなに可愛いのに実物が目の前に現われちゃったら、BL脳で妄想が止まらなくなっちゃうよ~!」
キラさん、本人を目の前にして妄想するの禁止だからな!
「気が早いんだよ。まずは乙女ゲームをプレイしてもらって、その感想次第で隠しルート。からの、告白っていう流れなんだから」
『そうでしたね。でもきっと喜んでくれますよ。隠しルートは····BLゲーム初体験にしては、ちょっと刺激が強いかもですが』
「駄目でも、ちゃんと告白はするんだよね?」
「それは、するって最初から決めてるから心配しなくてもいいよ、キラさん」
こんな感じで、わいわいといつも賑やかしいチームなのだ。ひとつのものをみんなの力で作り上げる。この貴重な経験は、大人になってもきっと忘れないだろう。
「それじゃあ、DM送るよ」
送り先である"しろうさぎ"を選択し、俺は送信ボタンをクリックした。
数日後、御礼と感想メールが届く。思っていたよりもすごく喜んでくれたようで、びっくりするほどの長文で返って来た。それに安堵して、俺はもうひとつのルートである隠しルートのデータを添付し、返信する。
あの乙女ゲームは白兎のために捧げたものだが、俺が自分の好きを白兎に伝えるために作ったBLゲームをプレイしてもらうことが、俺のもうひとつの目的でもある。これを受け入れてもらえたら、渚としてではなく、俺自身として今までのことを話そうと思った。
騙してたって、幻滅されるかも。
BLが好きだなんて、免疫がない白兎には嫌われても仕方ないよな。
送ってすぐに俺は急に怖くなってスマホを手に取る。白兎に電話をかけようとしたその時、着信が鳴った。それはキラさんの妹で同級生の、雲英
詩音 からだった。
******
『でね、東雲 くんも来るんだけど、七瀬 くんも一緒にどうかなって思って。大丈夫そう?』
駅前のカフェで、白兎と逢える。好都合だと思った。今のタイミングで同じように呼び出されたのなら、まだ隠しルートはプレイしていないはず。俺は迷わずに「今から行く」と返事をし、電話を切った。カレンダーについた赤い丸印に目がいく。今日、俺は白兎に告白すると決めていた。
隠しルートはクリアするのに三時間くらいしかかからない。乙女ゲームである本編の、ひとつのルートをクリアする半分の時間で終わるのだ。だから今日中に連絡を取って、いつも待ち合わせ場所にしている、駅前のカフェに呼び出そうと思っていた。
「隠しルートはプレイしていなくても、言葉で伝えたらいいよな。その後でつづきをするかどうか決めてもらえばいい」
自分が渚だって明かすのも、白兎のことを好きだと告げるのも。
怖くなったからって、止めるのは違うよな?
『もちろんです。じゃないとボクがいる意味がありませんからね』
なんだ? 気のせいか? 幻聴が聞こえる。
『ああ。酷いです、主 。あんなに一緒にいたのに、ボクのことを忘れるなんて。そんなあなたに、朗報です』
いや、悲しんでいる割には棒読みなんだよなぁ。
「····って、なんで頭の中で声が⁉」
その声は生意気な少年の声で、すごく馴れ馴れしかった。
あれ? 俺、疲れてる? どう考えてもこんなのおかしいだろう!
『あの方の意向で、あなたの記憶を戻すことになりました。このままだと確実に両片思い地獄から抜け出せないだろうという、あのひとのお節介です。良かったですね、主 。ボクがデータとして記録していた記憶の欠片。あんなことやこんなこと、ぜんぶ、あなたに差しあげます』
いや、だから説明が足りないんだって!
ちょっ····な、なんだ⁉
俺の頭の中に走馬灯のように駆け巡る光景。それは、あの隠しルートの内容に近かったけど、どこか改変された物語。その流れの中で、両思いになった青藍 と白煉 が····って、ちょっとまったーーー‼
俺は思わず真っ赤になる。
頭の中で鮮明に、まるで目の前にいるかのように流れるその映像。その中身がもはや見ちゃいけない領域に達している。
「なんでふたりがえっちなことしている映像が、俺の頭の中に⁉」
白煉の顔が白兎と重なって、妙にリアルなのだ。
あれ? 名前····なんで俺の?
白煉が俺の名前を呼んでいた。海璃、と。これって、いったいどういうこと? さっき、なんて言ってたっけ?
『話すと長くなるので、さっさと思い出しちゃってくださいよ〜』
いや、だから意味がわかんないんだってばっ⁉
なんで俺が青藍で、白兎が白煉なんだ?
転生ってなに? ライトノベル? アニメ? 漫画? こんなの、現実に起こるわけないだろう!
っていうか、そもそもお前はなんなんだよ····こんなことしてる場合じゃ。
「あ····れ? ····俺、なんで?」
ふ、と急に時間が戻って来たような感覚に陥る。
あれ? 確か、エンディングの後にカミサマが出て来て、転生した原因やらなにやらを説明されて、扉の前で俺たちは····そうだ、俺たちは現実セカイを選んだ。
『はい。で、ちょっとだけ時間が巻き戻って、それに伴って現実セカイが改変されています』
「そうだ、確かあの日····隠しルートを添付して返信したのはいいけど、やっぱり途中で怖くなって。あのゲームの絵師であるキラさんに電話して、先に乙女ゲームの件を一緒に説明してもらおうと思って。それから白兎をあの駅前のカフェに呼び出して·····その後、俺たちは、」
『そうです。思い出しましたか? あなた方はあのゲームの中に転生して、見事にエンディングを迎えたんですよ』
気付いたら、俺は家を飛び出していた。駅前までは走って十分くらい。住宅街を抜け、賑わう商店街へと駆ける。
(戻って来たのか····じゃあ、キラさんや白兎も!)
『残念ながら、おふたりの記憶は完全に消去されているため、なにも憶えていないでしょう。今後、思い出すという事もありません』
ナビが淡々と経緯を語る。これはあくまでもカミサマがくれたおまけ のようなもの。
俺の記憶だけ戻して、最後の恋愛イベントを終えたあの時の気持ちのまま、白兎にもう一度告白しろということらしい。
『いいですか? この先はあなたたちの物語で、ボクがサポートするのは今回限り。あなたがヒロインと結ばれない未来なんて御免ですからね』
こんなこと言うの、柄じゃないけど。
「ありがとな、」
走りながら、俺はナビに対して呟く。
『やめてくださいよ、気持ち悪い』
おい。ひとがせっかく素直に礼を言ってやってるのに····ああ、照れてるのか。意外と可愛いところあるんだな、お前も。
『無駄口叩いていないで、さっさと目的地に向かってください』
人混みを掻き分け、駅前までやって来た。呼吸を整えるためにここからはゆっくり行こうと決めた。
不思議と、汗がひいていく。気持ちも穏やかなままだ。白兎はもう着いているかな?
顔を見たら、俺、にやけそうで怖い。
俺の気持ち、ちゃんと伝えなきゃ。
伝えればよかった、なんて····。
二度と後悔しないように。
『今のあなたなら、きっと大丈夫ですよ』
ナビの声が俺の背中を押す。
口も性格も悪いし、だいぶ生意気なヤツだけど。
誰よりも心強い相棒もいる。
「よし、行こう」
俺たちの本当の物語は、この一歩から始まる――――。
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