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第7話
世界を全く知らないまま幽閉されるのと、ほんの少しだけ知ってから幽閉されるの。……どちらがより残酷だろう。
個人的には、少しでも知ってる方が辛い。……と思う。また見たいもの、聞きたいもの、触れたいものが時々土石流のように全てを飲み込んでいくから。
救いがないなら希望は持たない方がいい。何もないのに何かを待つ一日は、息を止めたくなるほど長い。
────辛いんだ。誰からも必要とされてないことが。
「んん……」
身体の節々が痛むものの、頬や手にあたる毛布はとても柔らかい。
気持ちいいなあ……。
もう少しこのままでいたい。仰向けになり、徐に瞼をあける。以前だったら薄暗い木目の天井が見えたけど、今日はひたすらに真っ白な世界が出迎えてくれた。
右にある窓は、カーテンの隙間から朝陽が射し込んでいる。
上体を起こし、白希はぐっと腕を伸ばした。
昨日は宗一と映画を観て、お腹がいっぱいになるまで食べて、そしたら眠くなって。ぱっぱと着替えて寝てしまったのだ。
思い返すと、改めて自分の子どもっぽさに寒気がする。
面倒をかけてばかりだ。でも。
「かっこよかったな……」
宗一さん。
自分の頼りない手のひらを宙に翳し、あの柔らかく美しい髪を脳裏に浮かべる。
実はあれも全部夢でした、なんてことも有り得る。でもここは病室じゃない。宗一の家のゲストルームだ。
部屋を出ると良い香りがしたので、昨日と同じく奥のリビングへ向かう。
「……お。おはようございます」
「ああ、今起こしにいこうと思ってたんだ。おはよう、白希」
リビングと繋がるダイニングに、部屋着姿の宗一が立っていた。彼はこちらに気付くと、頭を撫でてきた。
「朝食を用意するから、顔洗っておいで」
「ありがとうございます。あの、服も着替えてきます」
「うん。急がなくていいよ」
そう言うと彼は支度にとりかかった。
とにかく彼の言う通りに行動しないとと思い、洗顔して用意されていた服に着替えた。新しいベルトもいくつかあったけど、一番地味なものを選ぶ。
昨夜のうちに、服はこの部屋のクローゼットにあるものを好きに着ていいと言われた。でも短期間によくこれだけジャストサイズを揃えたものだと驚いている。
「……」
ふと、フラットなスタンドミラーの前に佇む。そこに映っているのはまるで知らない青年。
学校に行かなくなってからは洋服を着る機会もなくなって、稽古のときに着せられた和服で過ごしていた。加えて蔵から屋根裏に移された時は手鏡ひとつしか置かれてなかった。
誰にも会わないから外見を気にすることもない。それが当たり前だったのに……。
懐かしさと息苦しさを覚えた。だけど宗一のことを思い出し、慌ててリビングへ戻る。
「すみません、お待たせしました!」
「いや。……って、ちょっとこっちおいで。寝癖がついてる」
「寝癖? あの、いつもこうです」
「そういえば昨日もフサフサしてたね。それはそれで可愛いけど……後で私が切ろうか、それとも美容院に行こうか……」
宗一は真面目に考え出したが、思い出したように手を叩いた。
「とりあえずご飯にしよう!」
朝は数種類のパンがメインの洋食だった。選んだものを焼いてくれて、それもとても美味しかったけど。
「このスープ、すごく美味しいです」
「本当? 嬉しいな。昨日寝る前に少し煮込んでおいたんだ」
宗一は珈琲を口にし、本当に嬉しそうに笑った。
「宗一さん、料理人さんなのかと思いました。本当にすごいです」
「ははは、ありがとう。胃袋は掴めたということで良いかな?」
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