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第8話
牛乳とは別に、ブラックを差し出される。ひと口飲んでみたけどとても苦くて、一瞬顔が引き攣ってしまった。
「白希には飲みづらいか。砂糖とミルクを入れるね」
「あ……申し訳ありません」
「謝らないで。丁寧なのは君の良いところだけど、気を遣いすぎだ」
黒い水面にミルクが注がれる。柔らかい色に変わっていくさまを眺めるのは、ちょっと楽しい。
「もう君を厳しく叱る人はいない。……ご両親のことは心配だろうけど、もっと自分を出していいんだよ」
家族のことを思い出した途端、持っていたフォークが熱くなった。痛かったけど、何とか落とさずに済んだ。痛みを堪えたまま、宗一に悟られないようゆっくりテーブルに置く。
「お父様達は、無事……だと思います」
「なにか心当たりが?」
「いえ、全然! 何となくです。ごめんなさい」
両手を振って否定する。でも本当に、彼らは今どこかで、無事に過ごしている気がした。
この世には言葉では説明できないことがある。
私はもちろん、家族も、村すらも─────この世界の常識から逸脱している。
それはやはり、この人も。
長い間焦がれて、感謝して……それでもどこか距離を感じるのは、彼も私と“同じ”力を持ち合わせているからだ。再会してすぐその力を目の当たりにしたから、尚さら意識してしまう。
そしてそれすら、この人には見抜かれているんだろう。
……あれ?
「あの、宗一さんはお腹空いてないんですか? 全然手をつけてないみたいですけど……」
「うん、朝はあまり食べられないんだよね。白希がいるからたくさん作っただけで……もし食べられるなら、遠慮しないで全部食べて」
「いえ、そんな……」
それから五分後。テーブルに置かれた皿は全て空になっていた。
「いやー、片付けやすくなって助かった。これから白希の分は多めに作るね」
「いや、お気遣いなく! すみません、お世話になってる上にたくさん食べて! 何の価値もない人間がこんな……! 自分でも本当、嫌気がさします」
「何か唐突にネガティブスイッチが入るんだね……」
どんよりしたオーラを纏う白希に、宗一は上向き、なにか閃いたように立ち上がった。
「宗一さ……んっ!?」
不思議に思って顔を上げた途端、頬にキスされた。
「な、何……っ」
「白希は触れられることも慣れてないからね。愛されることに慣れる前に、こうやってちょっとずつ慣らしていこうと思って」
スキンシップだよ、と微笑む。
キスはスキンシップの範囲なのか? よく分からなくて困惑してると、両手首を掴まれた。
「ルールをつくろう。毎朝一回、必ず私から君に触れる。そして夜は君から私に触れる……と」
「何で……あっ」
「君が自分を取り戻すためだ」
宗一は目を細めると、白希の首筋を甘噛みした。
細く白い肌は、吸い付かれる度に桃色を帯びる。そのさまを眺めながら、愉悦にも近い表情で宗一は瞼を伏せた。
「自己肯定感を上げるには、他人とのスキンシップがいい。持論というか、経験則だけどね」
椅子が後ろに押され、鈍い音が響く。開いた脚の間には宗一の膝が割り込んでいた。逃げられないよう両側からホールドされる。
「……まだ夢みたいだ。こうして君に触れられるなんて」
「ん……っ」
今度は胸に手が這う。最初は何をしてるのか分からなかったけど、指の動きで二つの突起を探してるのだと気付いた。
触れられる前から、そこは固く尖ってしまっていた。本当は見つけてほしいと言わんばかりに、薄いシャツを持ち上げている。
「あっ!」
呆気なく見つかり、服の上から摘まれる。押したり引っ張ったり、優しい力で揉み解された。
会ったばかりでやることじゃない。ただ不思議と抵抗する気も起きなくて、彼の愛撫を受け入れていた。
この人は多分……酷いことはしない。
何の根拠もないけど、漠然とそう思った。
逆に傷つけることが怖くて、両手を下にだらんと下げる。
ぬれた目元で彼を見上げると、ばっちり目が合った。
「ここまでにしよっか。おつかれさま」
チュ、と目元にキスされる。
「ごめんね。怖かった?」
「い、いえ。怖くはないけど……何されてるのかなぁって思って」
「あはは! 正直な感想だね」
なにかツボに入ったらしく、宗一は楽しそうに笑った。
「でも嫌な時は嫌だってちゃんと言うんだよ? 例えば、そう……私以外の誰かが、今みたいな触り方をしてきたときだ。それは間違いなくスキンシップじゃないからね」
え?
「でも、宗一さんのさっきの触り方はスキンシップなんですよね?」
「いいや、赤の他人がやったら犯罪だよ。でも私が君にやる分には、スキンシップということになる」
「…………」
薄々勘づいてはいたけど、この人ちょっと……いや、ちょっとじゃない。かなりめちゃくちゃなことを言ってないか?
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