42 / 104

第42話

当事者のはずの俺が一番何も知らなくて、いつも宗一さんがひとりで悩んでいる。 守ってもらってばかりだ。 だけど彼もそれを否定し、俺の額にキスする。 「本当は余川さんや周りの反対を押し切ってでも、もっと早く君に会いに行けば良かったんだ。その後悔はこれからもずっと消えない」 「そんな……宗一さんは関係ないのに」 「確かに、関係ないって言われたら終わりだけど。同じ村で、同じ力を持った男の子のことは気になるものだよ」 腰を持ち上げられ、彼の膝の上に乗せられる。少しだけ高い位置から、彼の優しい眼差しを受けた。 「君のことはずっと前から知っていたし、ご両親に大事にされてるんだと思い込んでいた。だからあまり外へ出たがらないのだと……実際はその逆で、過保護どころかを監禁されていた。何も行動しなかった自分が許せないんだ」 彼の言葉にハッとする。虐待なんて言われると、また一層重たく感じる。 乱暴されたことはないから考えもしなかった。むしろこの力の危険性を思えば、誰にも会わず、閉じ込められるのは当然と思っていたけど。 「宗一さんは、本当に優しいですね」 「普通だよ。もし君が私だったなら、同じように思ったはずだ」 「ううん……全部、俺がしっかりしてれば起きなかった問題なんですよね。諸悪の根源って考えたらすごい罪悪感が……」 「白希は真面目過ぎるんだよ。それが良いところなんだけど」 異常な迷信に振り回される方が問題なのだと、彼は頬を膨らましながらぼやいた。 「君はずっと自分を抑え込んで生きてきたんだろう。でも、もうそんなことしなくていい」 宗一さんはパッと明るい表情になり、指を鳴らした。 「うん、そう。この家の中では好きに力を使いなさい」 「えっ?」 突破な提案に困惑してると、彼は目を輝かせながら人差し指を立てた。 「無理に抑えようとするから暴発するんだ。私もかつて力が勝手に出ないよう意識してたけど、もう出てもいいや、ぐらいに思ったら普通に生活できるようになったよ。そのぐらい自由に考えていいと思う」 彼なりに色んな壁や葛藤があったはずだけど、明るく話すものだからすんなり聞き流してしまいそうになる。 しかし困った。 出てもいいやって思ったら、本当に出ちゃうのが俺の力だ。 ひとりで熟考してると、宗一さんはキッチンからグラスを手にして戻ってきた。 「試しに、このグラスに入ってるお茶を熱くしてごらん」 「ええ! でも、無闇に力を使うのは……」 「力を使っちゃいけない、っていう先入観が強いのも良くないんだよ。別にいくら使ってもいいんだ。何の罪に問われるでもなし、ひとつの特技ぐらいに捉えたらいい」 グラスが目の前のローテーブルに置かれる。 ……正確な温度を意識したことはないけど、大体いつも飲むような温度を思い浮かべた。手を翳し、グラスに向かって集中させる。 「どれどれ」 グラスを手に取り、宗一さんは笑った。 「白希にしてはぬるいかもね」 「あ、全然でしたか」 グラスを受け取ると、ほんの少し温まってるだけだった。強過ぎたらグラスを割ってしまうし、加減が難しい。 「宗一さんも、意識的に力を使う時期があったんですか?」 「うん。力を使うことは悪い、と思う時期はあった。でも人前で使う気はないし、自分ひとりの時はいくら使ってもいいと思ってね。買い物する時はいつも荷物を軽くしてたよ」 「あはは、さすがです。俺も、そういう使い方が理想だなぁ……」 ぬるくなったコーヒーを温め直すぐらいの、ささい使い方がしたい。 人を傷つけることだけはしたくないけど、加減を間違えればひどく危険なもの。バランスをとるのが非常に難しい。 「さすがに、家の中はなにかあったら大変なので……さっそく誰もいない河原とかで練習してみます」 そうして、花嫁修業に新たなトレーニングが追加された。 やっぱり家事ができても力のコントロールができないと、日常生活に支障が出る。仕事するにしても、このままじゃとても人と一緒にはいられない。 何日も何日も、人気のない河原でお茶を温める練習をした。すっごく地味だけど、誰にも迷惑はかけないし、力を無理やり抑え込んでた時より調子がいい。 力そのものを悪とし、抑圧的に捉えていたこともいけなかったのかもしれない。宗一さんのアドバイスに改めて感謝して、熱くしたお茶の温度を最大まで下げた。 「ふー……」 対象物がこれほど小さいのに、体力の消耗が激しい。キャップをとり、額に流れた汗をタオルでぬぐった。

ともだちにシェアしよう!