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第43話「火照り」

家に帰る頃にはへろへろだけど、心地いい疲れがあるということを久しぶりに思い出した。 子どもの時、辛くていつも泣いてた舞踊の稽古も、終わりの時だけは嬉しかったっけ。おばあちゃんがまだ元気な時は、必ずジュースとお菓子を持ってきてくれた。 些細なことかもしれないけど、自分にとってはかけがけのない宝物だ。気が抜けない生活の中で、唯一安心できる時間だった。 「白希、ただいま」 「おかえりなさい! 今日もお疲れ様です」 十九時半。仕事から帰ってきた宗一はさっそく白希の頬に口付けし、コートを脱いだ。 「今日も遅くまで外で練習してたのかな?」 「あ、はい。お昼は買い物もしてきました」 夕食に作った野菜たっぷりのカレーを器に盛り、テーブルに並べる。 宗一はすっかり脱力しながら舌鼓を打った。 「美味しい。カレーも久しぶりだよ。ほっとする味だ」 「気に入っていただけて良かった」 野菜の選び方とか、料理の仕方はだいぶ身についてきた。でも本当はもっと上達したいから、色々な本や記事を読んで頑張ろう。 美味しそうに食べる宗一さんを眺め、自身もスプーンを口に運ぶ。 この何気ない瞬間こそ、“家族”を連想する。宗一さんが俺に与えてくれるのは、お金じゃ買えないものだ。 「宗一さん。ありがとうございます」 「急に何だい? なにかしたっけ?」 「いえ。いつものお礼です」 笑って答えると、彼は嬉しそうに頷き、多めの一口を食べた。 「白希は他にしたいことはない?」 「と、言いますと?」 「習いたいこととか、やってみたいこととか。……住所を移したばかりだけど、住む場所を変える、という選択肢もある」 宗一さんはスプーンを置き、行儀悪くも頬杖をついた。 「正直、この立地は白希にはあまり向いてないんじゃないかと思ってね」 「そ、それは……住む場所を新しく探してほしい、ということですか?」 青い顔で答えると、彼は慌てて手を振った。 「すぐじゃないし、その時はもちろん私も一緒だからね? 君だけどこかへ引っ越すって意味ではないよ」 「ああ、良かった……。いえ、そうなったら受け入れるんですけど……やっと、宗一さんのお手伝いができて嬉しく思ってたから」 やってることは誰でもできる家事ばかりだけど。 俯いて顔を赤くすると、また頭を撫でられた。 緩やかに時間が流れていく。 特別やりたいことはない。本当に、彼と一緒にいられるならそれだけで充分なんだ。 ただ、現実は色々あるもので。 「わぁっ!」 食後、歯を磨いて部屋に戻ろうとすると、途端に視界が上昇した。 理由はひとつ。宗一さんが俺の体を軽くし、また横向きに抱き上げたからだ。 「宗一さん?」 「明日はお休みだし、今夜は私の部屋で寝よう。ねっ?」 とても素敵な笑顔を浮かべる彼は、少し異様なオーラを放っている。 もしかして、かなり我慢してるんだろうか。最近ちょっとご無沙汰だったから。 嫌な汗をだらだら流していると、案の定部屋に入るなりベッドに押し倒された。 やっぱり、夜の営みだ。気持ちいいって分かってるけど、最初はやっぱり抵抗してしまう。 だって恥ずかしいし。 「最近、私が触れない時もちゃんとひとりでシてた?」 ゆっくりとベルトを引き抜かれ、チャックを下ろされる。 彼の言動も行動も恥ずかしくて、思わず口端を引き結んだ。 「やらな過ぎも駄目、って約束したでしょ」 「そ……そういうことは心配しないでください。俺ももう大人ですから……っ」 顔を横に逸らしたまま、勇気を出して答える。すると彼は薄く笑い、ズボンを引き下げた。 「あっ!」 「じゃあ、大人らしく誘ってもらおうかな」 履き替えたばかりの下着。でも、顔を近付けられるのは緊張する。そこは触れてなくても勝手に持ち上がって、ぬれてしまうからだ。 彼に触ってもらえると思っただけで、全身が震える。 誘うなんて高等技術、俺にはやっぱり無理だ。 「や……宗一さん、俺……っ」 「何?」 「ごめんなさい。その……やっぱり、苦しい……です」 シャツを引き上げ、下着に手をかけた。 堪え性のないこの体が嫌いだ。でも、彼に触ってもらえないとおかしくなりそう。 涙でぬれた瞳で見上げると、宗一は微笑みを崩さぬまま、白希の口に指を入れた。 「大丈夫。たくさん愛するから」 白希の下着を足首まで下ろし、たっぷりぬれた指を尻の割れ目に宛てがう。 「力を抜いて。私を見なさい」 ぐ、と指に力が込められる。後退ろうとしたが、それより先に中を擦られる。 脚を投げ出し、白希は甲高い声を上げた。 始まる。今夜も、あの濃くて長くて、……甘い夜が。 彼がゴムの袋を噛みちぎるさまを見ながら、これから起こることを想像する。 明日の朝、自分はどうなってるだろう。今から恐ろしくて身震いするが、内心期待してる自分もいる。 「……白希?」 顔を手で必死に隠してると、掴まれで簡単に離された。 「俺、自分がこんな人間だったなんて……全然知りませんでした」 触れてる部分も吐き出す息も全部熱くて、とけてしまいそう。 「宗一さんを独り占めできる夜さえあれば、ほんとのほんとに、何も要らないなって……」 生理的な涙を零しながら、彼の腕にすがりつく。必死の想いで彼の動きに合わせていたけど、息を奪う激しいキスが始まった。 「ん……ふっ……!」 気持ちいい。胸をいじる手も、全身をくまなく愛撫する舌も。……注がれる熱い視線も、今は自分が独占している。 欲望ばかり高まってしまう。 「もっとだ。もっと私を求めて、本能のまま動いてくれ、白希」

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