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第69話
やっぱりこの前の舞は酷かったなぁ……。
後悔しても後の祭り。それでも冷静になればなるほど恥ずかしくなる。
「しーろーき! 何ぼーっとしてんだ?」
「わっ!?」
突然背中を叩かれ、持っていたファイルを落としそうになる。振り返ると、文樹さんもびっくりしながらファイルを掴んだ。
「何、何か悩みでもあんの?」
「いえ! すみません、大丈夫ですよ」
バイト中だというのに、これはいけない。無理やり思考を切り替え、キャビネットの中にファイルを仕舞った。
バイトが終わった後は、久しぶりに話し込んだ。駅前の広場で、飲み物片手に雑談を交わす。
今日は珍しく、文樹さんがアンニュイだ。もしかしたらもしかすると、恋の悩みかもしれない。
「何か……俺って変なのかな、って最近思っててさ。大学の奴には話せなくて、白希に聴いてほしいんだ」
「俺でよければ、もちろん聴きますよ。何があったんですか?」
「気になる奴がいるんだ」
恋だ。ドリンクを横に置き、ぐっと前に乗り出す。
「でも勘違いかもしれない。ずっと一緒にいるから、恋愛と勘違いしてるのかも」
「そんな……。意識してるということは、その人にだけ特別な感情を抱いてるということでしょう?」
運命の人かもしれませんと笑うと、彼はげんなりした顔で呟いた。
「お前は他人のことになるとポジティブだな……。自分だったら絶対慌てふためくだろ」
「え! す、すみません。そんなつもりじゃ……」
確かに、俺は自分のこととなると急に不安になる。自分に自信がないから。
でも俺以外の人は皆物事を器用にこなしてるように見えて……だから、当たって砕けろの精神でも何とかなるように感じてしまう。
それもちょっと適当過ぎるか……。文樹さんに申し訳なくなり、隣で一緒に項垂れる。
「ま、でも……そいつのことだけ意識してる、ってのは間違いないな。お前の言う通り、特別な存在なんだよな。……あんがと」
軽く頭をぽんぽん叩かれる。なにかの気付きになれれば幸いだけど、助言はできそうにない。
文樹さんが気になってる相手は同じ大学の子みたいだけど、まだ深く訊くべきじゃないのかな……。
「あれ。白希?」
前から自分の名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。そこにはスーツ姿の雅冬さんがいた。
定時上がりのサラリーマンが行き交う場所だから、声を掛けられるまで全然気づかなかった。慌てて立ち上がり、軽く会釈する。
「こんばんは。お仕事終わったんですか? お疲れ様です」
「あぁ、おつかれ。……と、こちらはお友達?」
「はい。友達で先生でバイト先の先輩の、文樹さんです」
にこやかに紹介すると、文樹さんは苦笑しながら立ち上がった。
「だから先生はやめろって。ども、白希と同じバイト先の蜂須賀文樹です」
「あはは、真岡です。白希とは……なんて言えばいいのかな。あ、そうそう。俺の上司が、白希の夫で」
へえ、と文樹さんは目を丸くする。不思議な繋がりだから違和感を覚えたかもしれない。
その直後、雅冬さんの後ろからもう一人現れた。
「雅冬? ……と、白希じゃないか」
「あ。宗一さん!」
同じくスーツ姿の宗一さんが現れた為、思わず声が弾んでしまった。彼は腕を組み、持ってた鞄を雅冬さんに渡した。雅冬さんは露骨に眉間に皺を寄せる。
「おい、もう業務時間外だぞ」
「まぁまぁ、……白希、もしかしてお友達?」
「はい。ええと友達で先輩で」
「あ~、先生は言うなよ! 初めまして、文樹です」
二回連続で自己紹介をしなければいけなくなり、文樹さんも大変だ。なにかフォローしようと考えてると、彼はこちらに耳打ちしてきた。
「この人がお前の旦那さん?」
「はい。宗一さんです」
「うっわ。やば……超イケメンじゃん」
文樹さんは眩しそうに手をかざし、宗一さんに頭を下げた。
「お前からは愛されオーラが常に漂ってると思ってたけど、納得した。この感じはやばい」
何がやばいのか分からないけど、褒められてるんだろうか。いつもと違う様子の文樹さんを宥めてると、宗一さんは閃いたように指を鳴らした。
「そうだ。文樹君、もし良かったら一緒に食事しないかい? この近くに美味しい水炊きの店があってね。寒いからあたたまると思うよ」
「え、でも急に悪いですよ」
「遠慮しないで。いつも白希のことを気にかけてくれて、本当に感謝してるんだよ」
宗一さんは少し屈み、最高の笑顔を浮かべた。俺はようやく慣れてきたけど、初めてその笑みを向けられた文樹さんはかなり動揺している。
「そ……それでしたら、是非……」
「よし、それじゃ早速行こう! 雅冬、悪いけど店に電話してくれ」
「だから俺は業務時間外だっつーの!」
「そう怒らないで。いくら飲んでも構わないから」
不満全開ながら、雅冬さんは席の予約をとってくれた。仕事終わりに突然巻き込んでしまって本当に申し訳ない。
「白希、宗一さんも雅冬さんも色々すごそうだな」
「大丈夫ですよ。この俺が安心して話せる人ですから。文樹さんと同じで、とても優しいんです」
「はぁ~。いや、俺はそんな優しくないけど」
彼は呆れたように返すけど、全然そんなことはない。俺からすれば、全員優しいの塊みたいな人だ。
「優しいですよ。文樹さんは俺の自慢ですもん」
前を歩く二人の背を見ながら、はっきり告げた。
いつだって俺にとっての“一番”は、自分ではなく周りにいる人。憧れで、誇りで、守りたい存在だ。
そう言って笑うと、文樹さんは恥ずかしそうに笑った。
「そんなこと平然と言えんのお前だけだよ。マジで絶滅危惧種」
呆れを通り越してしまったのか……少し不安に思っていると、不意に袖を引っ張られた。
「白希。サンキューな」
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