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第82話

暗がりの中で、水滴が滴り落ちる。 何となく綺麗だと思って、呆然と眺めていた。していることは滑稽だが、見ていて飽きない。 この隙にこの場から立ち去っても良かったのに、また身を乗り出して彼のポケットからスマホを取り出した。 「これ、光るんでしょ? 照らせば少しは見えるんじゃないですか」 「ああ、そうか。頭良いねぇ」 道源や大我が弄っているところを見ていたから、このスマートフォンとやらがとても万能なものだということは知っている。だが詳しい操作方法は知らない。 「画面開いた? そしたら上から下にスライドして」 「スライド?」 「指で引っ張るみたいに。……そうそう」 言われるまま、画面に表示されたアイコンに触れる。何故か宗一は嬉しそうに笑った。 「君にスマホの使い方を教えるのは二回目だ」 スマホを持ったまま、彼の顔を見上げる。 ライトに照らされたその笑顔は、とても嘘をついてるようには見えなかった。 こんな風に笑う人……自分の世界にはいなかった。 急に速まった鼓動に動揺しながら、スマホを彼に手渡す。後ろに退くつもりだったのだが、何故か腕を掴まれ、バランスを崩した。 「ひ……つめたっ!!」 「あはは! お返し」 「……っ!!」 白希は豪快に池の中に落ち、宗一より水浸しになってしまった。 彼はどうやら、思ったよりもずっと大人気ない人間らしい。もちろん油断した自分が一番悪いけど、寒さと怒りで歯軋りする。 しかしとにかく、寒くて耐えられない。急いで立ち上がり、縁を蹴って飛び降りた。 「よくも騙しましたね! 道源様に聞いてた通り、最低な人です!」 「逆に、聖人か何かだと思ってたのかな? 私は悪い大人だよ。幼い君に惹かれて、十年も想い続けていたんだから」 宗一は屈みながら、ライトを水面に向けていく。そこで「おっ」と声を上げ、中からなにか拾い上げた。 「良かった。……見つけた」 非常に小さな金属。それを愛おしそうに握り締め、胸ポケットに仕舞った。 全然理解できない。そんなものを手放さないのも、子どもっぽく笑うところも、攻撃だけはしないところも。 …………聞いてた話と、違う。 宗一もようやく池の中から出て、白希の隣に降り立った。 「はあー、寒い寒い。風邪ひいちゃうね。早く帰ろう」 「どこに?」 「もちろん、私達の家に」 ズボンの裾を軽くしぼりながら、彼ははにかんだ。 あまりの寒さでガタガタ震えてしまう。それでも顔を背け、横目で睨んだ。 「どうして? 今の私は嫌でしょ」 「いいや。私の妻は君だけだよ、白希」 手を掴まれ、強引に連れて行かれる。これはほぼ誘拐じゃないのか。 思ったよりずっと押しが強いというか……重い……? 何とも言えない重圧に押され、口を噤む。 仕方ない。従うか。 目を細め、彼の後ろ姿を見つめた。 全然知らないはずなのに、何故か胸が熱くなる。 ─────“私”は、彼を本気で好きだったんだろうか。

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