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たまたま目に止まったゲイバーで飲んでいると、入口の甲高い鈴が音を鳴らす。
ちりん、と可愛らしい音はここの騒がしさとは似ても似つかない。
入口にいたのはいかにも遊んでそうな明るい茶色なのか金髪なのか判断に難しいほど明るく染めたウルフカットの男。
そいつは酔っているのかよろよろと俺の隣に座って、カクテルをひとつ頼むと届く前に俺の方をじっと見た。
「ね、おにーさん、かっこいいね。
このあとひまならホテル行こーよ。」
「生憎だけど今日はそういう気分じゃない。
それに名前も名乗らずに随分失礼だな。」
「あっは、かったーい。
ならそういう気分にさせてあげよっか?」
そう言って俺の手をなぞる。
触れるか触れないかくらいの微妙なところをついてきて背筋がゾクリとする。
見た目通りなのか、見た目と反してなのかその男は慣れているようだ。
そいつのカクテルが届くと、さっきの妖艶な雰囲気と打って変わって子供みたいに わーい と喜んでこっちにグラスを傾けてきた。
仕方なくグラスを重ねて、一口飲む。
そいつはオレンジ色のカクテルを一気に流し込んでもう一度グラスを重ねたあと、今度はフェザータッチではなく普通に手を握って、こっちをしっかり見て「だめ?」と上目遣いで聞いた。
仕方なし、なのかもうその気になっていたのか、自分に言い訳をしながら席を立つとそいつは犬みたいに着いてきた。
会計を足早に終わらせて繁華街の奥にあるホテル街へ抜ける。
名前も知らない奴とセックスするなんてどうかしてる。
ただその日のセックスは今までしたどの相手よりもよかった、と今になって思う。
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