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#1

あー、頭がいたい。携帯もどこで鳴ってんだかわかんないけどうるさい。 てか昨日俺何してたんだっけ。 手探りでなんとか探しあててなんとかアラームを止めると、ここが自分の部屋じゃないことに気付く。 「あー、もうまーたやっちゃった。  もー、ケツいたい。昨日どんだけ激しくヤッたんだよ」 すりすりとケツなのか腰なのか半端な位置を撫でながら枕元の照明をつけて、相手のご尊顔を見てやろうとベッドを覗くと相手はもうどこにもいなかった。 「は?いねーの?帰ったってこと?  はー、まじかよー…どんな奴だったっけ…」 おぼろげな記憶を辿っていくと、なんかおしゃれなスリーピースのスーツの人とヤッた…ような気がする。 全部がもやに包まれているみたいではっきりと思い出せない。 ――まぁいいや、どうせ昨日限りの相手だし。 冷蔵庫の水を飲もうと立ち上がるとゴミ箱が目に入って、丁寧にティッシュに包まれたソレをつまむ。 「わ、まじ?ゴムじゃん…えっらー。」 行きずりの相手、特に男相手だし中出ししてくる人がほとんどなのにゴムをしてくれた上に見えないように包む配慮に少し感心する。 ま、結局こうやって俺が取り出してちゃ意味ないけど。 とりあえすボクサーだけ履いてソファーに座る。 水を飲んで煙草に火をつけていると1枚のメモがテーブルの上に置いてあるのが目に入った。 メモには丁寧な字で川南と書かれた名前と携帯の電話番号。 「は、まじで?たった一晩の相手に?  悪用されても文句言えねー。」 くしゃ、と丸めてゴミ箱にいれかけてやめる。こんなとこ捨てていって悪用されたとか笑えないし。 自分のしらないところでだけど気分のいいものじゃないし。 一応、登録だけ。 「名前…かわみなみ?かわなみ?  どっちだよ、ふりがなふっとけよなー」 まぁいーや、と川南(かわなみ)で登録する。登録したところで電話なんてしないけど。 てか俺ホテル代持ってたっけ。 かなり酔ってたのかテーブルに無造作に置いたままの財布を見て自分の適当さに呆れる。 中をひらくと3000円と小銭がちょっと。 クレカなんて持ってないし、泊まりでこれじゃ足りねぇって。 仕方なくフロントに電話をしてお金をおろしてきていいか確認すると、支払いなら終わってると伝えられる。 なんだそれ。電話する予定なんてなかったのにお礼しなくちゃじゃん。 そういうの無視できない性格なのに。 仕方なく携帯の電話帳から川南さんを探して番号をタップする。 プルル、と短いコールで出たその人は低い声で『はい、川南(かわなみ)です。』と名乗った。 「あー、俺、昨日の。ホテル代ありがとね。」 『それは別に構わないが、用件は?』 素っ気ない物言いにムッとして「そんだけ!」と言うと、川南さんは少し笑った。 『適当な割に律儀なんだ。で、名前は?なんて登録すればいい?』 登録って、継続するような関係でもあるまいし。 そうは思ったけど名乗らないのも変だし。 「…みんなからハナって呼ばれてるから、それで。」 『じゃあハナ、またな。わざわざありがとう。』 そう言って電話を切られる。またな、ってなんてねーよ。 昨日の夜あの低い声で囁かれたことを少し思い出して下半身が疼く。 だめだめ、とひとり遊びしたくなる気持ちを抑えて少し熱めのシャワーを浴びる。 頭が冴えていくのと同時に昨日のことをちょっとずつ思い出してきて恥ずかしくなってきた。 酒での失敗なんて数え切れないほどあるけど、昨日のことを完璧に覚えていられなかったことが悔しくて飲みすぎたことを後悔する。 ホテル代を全額、しかもこんなにスマートに払ってくれた人なんて今までいなかったし、何よりもあの声。 声がどうにもタイプで、それを忘れていたのが悔しかった。 さっきの電話の声も昨日の声も耳に残って離れていかない。 ホテルから出て大学へ向かう途中、店の前を通りかかると店長が掃除をしていて声をかける。 「店長おっはよん。  ねね。俺と昨日出た人ってさ、顔どんなだったか覚えてる?  常連の人じゃなかったよね?」 「あら、ハナちゃんおはよ。  どんなって…んー、一見さんだったしねぇ。  顔も金払いもいい男だったわねぇ。  ハナちゃんあんたおごってもらったのに忘れたの?」 「え、まじ?そこも金出してもらってんの?  はー、まじやらかしてるわ。  てか顔いいんだ?俺、全然覚えてなくてさぁ。」 店長は呆れたように笑って、あ、というと 思い出したように、目尻の下を指さして泣きボクロが色っぽい男だった、と教えてくれた。 店長に軽く感謝と別れの挨拶をして、また考えながら歩く。 今のところ名前とスーツ、泣きぼくろと低い声ってことくらいしか情報がない。 こんなんじゃ見かけたって思い出せない。 「あー、もー、なーんで顔忘れてっかなぁ。」 飲みすぎたことを反省しても後の祭り。 いつも適当に飲み歩いて、適当な人を適当な場所でひっかけてる。 だから相手の名前なんて知らなくていいし、俺の名前だって必要ない。 だからいつもハナとしか名乗らない。 だって挿れて気持ちよくなって出して終わりじゃん。 こんな風に後悔することなんて今までなかったし。 たまたま今回こんな風になっただけで、きっと数日たったら忘れるんだろうけど。 てか忘れないと困る。こんな状態でほかの男と寝るのはちょっと嫌。 とはいえ女の子と寝るのは自分主導で疲れるし、そもそも別に女の子とのセックス好きじゃないし。 別に自分が男も女もいけることは隠してないから、声が掛かれば誰とでも寝る。 大学にも男女問わずセフレがまぁまぁいるけど、どうにもセックスが雑で好きじゃない。 だったらゲイバーの多くあるあの辺りで慣れてる男の人とした方がいい。 「ハナちゃんおはよー♡今日も可愛いね♡」 名前も知らない女の子に褒められて、適当にありがとー、と返事をする。 いちいち誰とも聞かないし、愛想悪いのも敵を作るだけ。 なら愛想よく振舞って気分良く過ごしたい。 そもそも名前も知らない人が大学にはたくさんいる。 一方的に名前を知られていてこっちは知らないなんてそんな人たちばかり。 正直覚えるのもめんどくさいしそれでいい。 「ハーナ。今日、家行ってい?」 後ろから肩を抱かれて横を見ると確か同級生の…名前なんだっけ?覚えてないや。 さっきはちょっと嫌、なんて思ったくせに断る理由が見つからないし、OKと返事をする。 今日もこれでひとりじゃない。ひとりじゃないならなんでもいい。 ひとりは寂しいから嫌い。 *** 別に雑にされたって勃つもんは勃つし。相手が気持ちよさそうな顔してたら嬉しいし。 相手の口から気持ちよさそうに息が漏れてたら自分も興奮してくるじゃん。 「…あー…ハナのフェラが一番気持ちいい……」 そう言って俺の頭を掴んで、奥まで押し込んでくる。 喉の奥まで突っ込まれて、苦しくて涙目になりながらそれを受け入れる。 だってそれで文句言って俺のこと選んでくれなくなったらつまんないもん。 それに彼女にできないこととを俺で発散してる場合も多いから。俺なんかが誰かの役に立てるならそれで十分でしょ。 「挿れるから後ろむいて。」 「ん、ちょっとまって…」 別に自分からゴム付けて、とか前戯ないの?とかそういうことは言ったりしない。 あればいいなって思いはするけど、それくらいで。 相手のを舐めたりしながら自分のを準備して、そのまま挿れてお互い気持ちよくなれたらそれでいいよね。 「…このままハナの中出していい?」 「ん、いいよ」 どろっとしたものが奥に入り込む感覚がする。 正直、嫌な気分にはなるけどそれを相手に悟られるのも嫌だし、嫌な顔は絶対にしない。 だってそのときだけの関係なら楽しく終わりたいじゃん。 シャワーを浴びてしばらくすると今日の相手は泊まらずに帰った。 俺は誰かの一番になることはできなくて、いつもこうやって相手がいなくなれば一人きり。 一人になりたくないから人を呼ぶのに、だれも分かってくれない。 分かって、なんて言いもしないのに分かってほしいなんておこがましいか。 煙草の煙がゆらゆらと揺れる。 それを見ながら、昨日のできごとを思い出せるところまで思い出す。 昨日まずどこで飲んだっけ。 飲みに行く前に大通りでキャッチに捕まって、一人なのに飲み放題で馬鹿みたいに飲んで浮かれて、そのままいつものあの店に行ったんだっけ。 そしたらカウンターにあの店には似合わないスーツの男がいて、からかってやろうと思って声をかけたんだ。 あぁ、そうだ。そうだった。 ゲイバーで飲んで自分だって同性もイけるくせに、俺の事を軽蔑するような冷たい目。 その冷めた目に無性に腹が立ったんだ。 あの目は思い出せるのに全体像がびっくりするほど出てこない。 セックスだって気持ちよかった覚えはあるのに、何をされたか覚えてない。 携帯のバイブが震えて画面を見ると<川南さん>の文字。 丁度考えていた人からの電話で驚いて煙草を落としそうになる。 煙草を灰皿に押し付けて応答ボタンを押した。 「あ…えっと、もしもし?」 『何してた?』 耳に響く低い声。 昨日のことを思い出してたなんて、この人が知るはずないのに少し恥ずかしくなる。 「別に何も。川南さんこそどうしたの?」 『いや身体は大丈夫だったか気になって。  昨日結構イッてたろ。』 「……そうだっけ?どーりで腰とケツが痛いわけだ。」 平然と話してる振りをするけど、この人の声だめだ。 話し声も笑い声も全部頭に響いて犯されてる気分になる。 「あんた俺に変な催眠術とかかけてないよねぇ?」 真剣に聞いてるのに、川南さんは軽く笑う。 笑ってないで答えてよ、と言うと川南さんは『理由は?』と聞いてくる。 分かってて聞いてきてるのか、ただの疑問なのか分からない。 「…あんたの声聞くと変な気分になるから。」 『へぇ?抜いてやろうか。』 ずき、と期待して下半身が痛む。 さっき出したばっかりなのに反応する下半身に嫌気がさす。 「今から会うの…?」 『いや、電話で。指示してやるから脱ぎな?』 「ばっかじゃねぇの!そんなん…『でも勃ってんだろ?分かるよ。』 俺の言葉を遮って言う。 は?なんで分かんの? 簡単に見透かすみたいに川南さんは笑って、その低い声は俺の拒否なんて気にも留めずに淡々と指示を出していく。 『上の服捲って。ちゃんと胸触って。』 「…ぅ…ん……っ」 言うことをきかなきゃいいだけなのに、声に抗うことができない。 恥ずかしいのに言うこと聞かなきゃいけない気がして、次の指示を待つだけしかできなくてもどかしい。早く次の指示が欲しい。 胸を触るのだっていいけど、そこよりもっと強い刺激がほしくなって下半身に手を伸ばす。 『ハナ、まだ駄目だよ。ちゃんと言うこと聞いて?』 びく、と手を引っ込める。 「へ、なんで…?見えてるの…?」 『はは、見えてないよ。  昨日も待ちきれなくて触ろうとしてたし、お前ほんとえろいなあ。  もう少しだけ我慢して胸触ってて。』 言われた通りに胸だけを触り続けていて、じわじわと感度が増していく。 普段自分で触ったってこんなに気持ちよくなったりしないのに。 『ねぇハナ、下どんな風になってる?触って教えて?』 「…えっと…先走りやばい、ぬるぬるしてて…ん、と、川南さんに触ってほしい…」 嘘なんてついてる余裕がなくて、触ってほしいなんて言葉が素直に出てくる。 いつもならこんな風に自分からねだることないのに。 触ってはあげられないけど、と川南さんは言ったあと俺に上下に動かしていいよ、と指示を出した。 なんでこんなの素直に聞いてるんだろう。勝手にやって勝手に出しちゃえばいいのに。 見えてないんだから適当に調子を合わせて相手に恥をかかしてやればいいのに、嘘がつけない。 「あっ、は、ん、気持ちぃ…イきそ…」 『ハナ待って、止めて。』 「は、え…、なんで…っ」 こんなにもイきたいと思っているのに、川南さんの言うことを聞いて手が止まる。 ――イきたい、触りたい 他のことを考える余裕がなくて川南さんの次の言葉をずっと待ってるのに、川南さんは何も言ってくれない。 「…ね、もうしていい?まだだめ?」 『あはは、余裕なさそうで可愛いね。イッていいよ。』 「…ぅ、ん、無理…もうイく…っ」 イッていいよ、と言われてから10秒も経ってないんじゃないんだろうか。 いざ終わると腹が立ってきた。 「あんた性格悪いって言われない?」 『はは、性格悪くなきゃ出来ない仕事してるんでね。また電話する。』 言いたいことはまだあったのに一方的に切られて、何も言えないまま終わる。 ベッドに転がったティッシュをゴミ箱に投げつけて、手を洗いにいく。 さっき同級生としたセックスなんかよりずっと気持ちよくて余計に悔しい。 なんで二人でするセックスより川南さん(あいつ)の声聞いて一人でする方が気持ちいいんだよ。 ベッドに寝転がって目を閉じる。 いつもならひとりで眠れないのに、眠れそうなのも腹が立つ。 いつか絶対会ってぎゃふんと言わせてやりたい。

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