3 / 9
#2
あんな電話をよこしておいて、あれから1ヶ月全く音沙汰がない。
また電話する、のまたはいつなんだよ。
いつ連絡がくるか分からないせいでこっちは誰も家に泊められないのに。
一人で寝るのが苦手で、ひとり暮らしをはじめてから基本的に誰かと寝てたのに、それができないとなると欲求不満と睡眠不足でイライラする。
いいや、今日は出かけよう。もし電話がきても無視すればいい。
そう思っていつもの街へ出向く。
あの日以来、来れてなかったバーに入ると店長が明るく迎えてくれてカウンターに座る。
2つ隣の席の男とやたらと目が合って隣へ移動する。
今日の相手はこの人でいいや。
「ね、乾杯しよ?」
軽くグラスを重ねて一緒に飲み干す。
何杯か一緒に飲んで、いい具合に酔ってバーを出るともう夜風が冷たい。
ふらふらと歩きながらホテル街へ向かっていると、目の前の光景に一気に酔いが醒める。
綺麗な女性に腕を組まれながら歩いてくる人。一目見ただけで思い出した。
―――この人、川南さんだ。
泣きぼくろに鋭い目。一瞬だけ目が合った気がする。
でも分からない。気のせいかもしれない。
すれ違いざまに香水の香りがする。深くて甘い匂い。
振り返っても向こうがこっちを見ることはなくて、俺だけが遠くなる川南さんを見ている。
なんだよ。あんなふうに俺の事しておいて結局女かよ。
「ごめん、俺帰る…」
「えぇ、ハナちゃんそりゃないって!」
また今度ね、と適当に返して川南さんの後を追う。
少し走ったところで川南さんと例の女性を見つけて、少し離れた位置から見ているとタクシーを拾って女性だけを乗せたあと運転手にお金を渡しているように見えた。
一人になった川南さんの後ろにトン、と拳をぶつける。
「なぁ、俺ずっとあんたからの電話待ってたんだけど。」
川南さんはこっちを向くと電話と変わらない低い声で笑った。
――背、たっか。
俺でも176はあるのに、それでも少し見上げなきゃ目が合わない。
「さっきの男はどうした?」
「……別に関係ないじゃん。」
それもそうだな、とあっけなく引き下がる。なんかそれも悔しい。
俺はこんなに待ってたのに川南さんは全然普通で。
「ハナ。」
「え?ぁ、なに…?」
急に名前を呼ばれて心臓が跳ねる。この人の声、ほんとダメだ。
醒めたと思った酒がまわっているのか、声に酔ったのかわからないけど思考力が低下してまともに受け答えができる気がしない。
名前を呼ばれたのにそれ以降何も言ってこなくて、目だけが合う。
刺さるような目線が痛くて目をそらすと川南さんはまた低く笑った。
「明日の予定は?」
「…明日は大学、休みだけど……。」
興味があるのかないのか、へぇ、とだけ呟く。
「なあ、ハナ。お前どういう電話、待ってた?」
「どうって、その…」
言い渋っていると川南さんは 一緒においで と一言だけ言って歩き始めた。
横を歩くのが気恥ずかしくて少し後ろを歩く。
繁華街の奥へ抜けると一気にホテルが増えて、川南さんはその中でも高そうなホテルへ入っていく。
ホテルへ行くことが恥ずかしいと思うなんていつぶりだろう。
いつもどうやって入ってたっけ。
***
部屋に入ると川南さんはスーツのジャケットとベストをハンガーへかけて、煙草に火をつけた。
「横においで。」
普段なら煙草のにおいで自分も吸いたくなるのに、全然そんな気分にならない。
差し出してきた手を取って、ゆっくりと川南さんの横へ腰掛ける。
会えたらその鼻を明かしてやろうとか色々思ってたのに、いざ会ったらなにもできない。
動くことすら出来なくて、川南さんの一挙一動にいちいち反応してしまう。
灰皿へ煙草を押し付けて、こっちを向くと唇に触れて、ぬるっとした舌が入ってくる。
「ん…、苦…」
「あぁ、ごめん。煙草か。」
大丈夫、と首を振ってもう一度唇に触れる。なんでただのキスにこんな緊張してるんだろう。
「ん…っ、ぅ…」
お互いの口から糸を引いて離れる唇がやらしく見えて目が合わせられない。
なんの音楽もない部屋に自分の心臓の音だけが聞こえてるような気がする。
それくらい大きく、早く脈を打つ。
「この前の電話ちゃんと覚えてる?」
「…覚えてる……けど…。」
「じゃあ今やって。」
拒否の意味で首を横に振る。そんな恥ずかしいことしたくない。
頬をつかまれて無理やり目を合わせられる。
痛みとかはないのにこの目に見られたら逆らえなくて、手を胸元へ伸ばす。
上の服を捲り上げてずり落ちないように噛んで、川南さんと目を合わせないように下を向いて触る。
「…ふ、ぅ…っ、ん…」
目の前にいる川南さんは何をするでもなくただ俺を見ていて、そのせいで余計に下半身に熱が集中する。
この前の電話のせいでひとりじゃイケなくなったのに、川南さん一人の視線があるだけで下半身を触らなくても達しそうになる。
「ハナ、まだだよ。」
それをタイミングよく制されて手の動きも止まる。もどかしい。触りたい。触ってほしい。
川南さんは俺の事をみてクスクスと笑う。
「ハナって名前、ぴったりだな。
発情した犬みたいで可愛い。」
「なっ、なにそれ…馬鹿にしてんの?」
いや、と川南さんは言って俺をソファーに押し倒してシャツの中へ手が伸びてくる。
川南さんが俺の胸に触れる度に声が漏れて我慢できない。
胸を舐められたまま下半身に手が伸びて、我慢できなくなったそれが次から次へと溢れてくる。
「やだ、やだ、もうイキたい…っ」
「だめ。我慢してな。」
溢れてきたそれをローションの代わりに入口に塗り広げて、指で慣らしていく。
イキたい、挿れてほしい、ふたつの感情がぐちゃぐちゃと混ざり合って涙が出そう。
川南さんと繋がった衝撃で自分の膨張したソレから精液が川南さんのワイシャツへかかる。
俺が達しても川南さんは気にも留めないで動いて、俺は俺でまた気持ちよくなってきてさっきからずっと声が抑えられない。
「ハナ。」
川南さんの低い声が耳元で聞こえて一気に加速する。
息づかいも声も目線もなにもかも俺にハマって抜けない。
「へ、ぁ、あぅ、…ん、だめ、だめ待って
やだ見ないで、イく、イッちゃうから見たらやだ…っ」
「可愛いなぁ。
苦しいかもしれないけど、もう少し頑張ろうな。」
そう言って頭を撫でて手を繋ぐ。
まるで恋人みたいに優しく繋ぐからまた熱があがる。
何度も奥を突かれる度に涙が出てきて、気付いたら記憶が飛んだ。
頭がズキズキと痛い。
頭を抑えながら起き上がって川南さんがいないことに気が付く。寂しい。
ていうかここ、ラブホだと思ってたけどラブホじゃない。
そりゃBGMもないし、フロントに人がいたわけだ。
「てか俺ベッドで寝てたっけ…」
ソファーでした記憶はあるけど、そのあとベッドへ移動してきた記憶がない。
ふかふかで程よいスプリングの効いた大きいベッド。
そんな大きいベッドなのになんで俺、ひとりで寝てんだろ。
そう思ってるとドアが開いて電話中の川南さんが入ってくる。
起きてる俺に気がついてベッドへ近付いてくるとベッドで寝たままの俺を立ったまま、まるで赤ちゃんを撫でるみたいにゆっくりと頭と頬を撫でた。
川南さんの手はひんやりと冷たくて、頭の痛みを少しマシにしてくれる。
このままずっとこの大きな手で撫でてもらいたい。
電話を切った川南さんの横へ座る。
シャワーを浴びたのか、整えられた髪は下ろされていて印象がかわる。
「また置いていかれたかと思った。」
「あぁ、今日はそんなに急いでないから朝までいられるよ。
身体は平気?意識飛んでたけど。」
「頭がちょっと痛いけど多分二日酔いだから平気!
ねぇ、ちょっと気になること聞いてもいい?
答えたくなかったら答えなくていいから。」
川南さんは どうぞ とだけ言って俺に続きを促した。
本当ならこんなこと聞くべきじゃないんだけど、気になったら聞かないともやもやする。
「一緒にいた女の人って川南さんの恋人?」
「いや、取引先の社長の娘さん。なに、妬いた?」
「妬いたのかな。わかんない。」
人に対して執着はするけど、個人に対しての執着はなかったせいでこの感情がなにか分からない。
首を傾げて川南さんを見ると、川南さんもこっちを向いていた。
綺麗な二重、長いまつげ。黒い瞳の奥に少しだけ深緑が見える。
「ねえ川南さんってハーフ?」
「いや、クォーター。あれ、言ったっけ?」
「ううん、あのね、目。目が綺麗で。俺こんな綺麗な目見たことない。」
あはは、と子供みたいに笑う。
本当のことなのに馬鹿にされた気分だけど、不思議とそれも悪くはない。
川南さんはタバコに火をつけて、それを俺に寄越すとまた別の煙草に火をつけた。
「それ吸ったら風呂入っといで。」
「……ん。ありがと。」
継続的に優しくされるのは慣れてない。
家でもセフレでも、優しい人なんてほとんどいなかった。
たった一晩だけ関係を持つ人の中には優しい人もいたけど。
煙草を消して風呂場へ向かうと、これまた信じられないくらい広い風呂。
あんなホテル街にあるホテルとは思えないほど高級感があって、自分の場違いな姿が鏡に映って恥ずかしくなる。
髪染めようかなぁ。黒じゃなくても、せめて茶色とか。
落ち着いた色にして髪の毛も切って、なんかもう少し…
――もう少し、なんだろう。
俺、なにを言いかけた?
ともだちにシェアしよう!

