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#3

あのあと2回抱かれて、朝に解散。 俺は疲れてボロボロなのに、川南さんはフロントに預けてたらしいスーツを着て仕事へ向かっていった。 ――体力バケモンかよ。あー、腰いて。 今度はちゃんと連絡するって言ってたけど、本当かな。 ぽちぽちと携帯を触りながら行きつけの美容室に電話する。 川南さんといたホテルから近い店だし、予約が空いててよかった。 こういうのは思い立ったらすぐやらないと絶対やらなくなる。 襟足を鎖骨下まで伸ばした髪を触ってため息をつく。 抜きまくった髪は傷んでいて手触り最悪。 せっかく撫でてくれたのに、こんな髪触らせたくなかったな。 *** 髪を少し短く切って暗く染めた。 耳に少しかかるくらいの長さで襟足にかからなくなった髪。 黒まではいかないけど、こげ茶色の髪。 トリートメントまでしてサラサラに仕上げてもらって気分がいい。 一番最初に見せたいって思うのはなんでだろう。 あんなに傷んでる髪の毛撫でさせて申し訳ないから?――答えはでないけど。 かけようか悩みながら川南さんの番号を眺める。 ――いいや、かけちゃえ! 勢いのまま通話ボタンを押すと相変わらず短いコールですぐに出る。 『どうした?』 やば、何も考えてなかった。 仕事に向かうって言ってたのに“会いたい”も変だし、そもそも恋人でもないのに会いたいとか普通言わないって。 素直に髪が見せたいってのもなんか恥ずかしいし。 「あ、えっと…、昼一緒に食べない?」 苦し紛れにそう聞くと、少し黙って悩んだあと 『今朝別れたホテルの前で待ってて、なるべく急ぐ。』 そう言って電話を切った。 狂い紛れだったはずなのに安心すると腹がきゅぅ、と鳴る。 忙しそうなのに時間を割いてくれるのが嬉しくて、小走りでホテル前へ向かった。 ホテル前でそわそわしながら待っていると、高そうな車の運転席から川南さんが助手席を開けて「乗って。」と声をかけてきた。 車に乗るなり髪を触って「髪似合ってる。今の方が可愛いな。」なんて言う。 「……可愛いって男に使う褒め言葉じゃねーけど?」 そう悪態をついたあと、嬉しいけど、と付け加えると川南さんは笑った。 川南さんといてドキドキするのはなんでなんだろう。 顔がいいから?声が好きだから? それとも単にセックスが上手いから? 車をしばらく走らせて川南さんが連れて行ってくれたのは、いかにも高そうな料亭。 ここでもまた場違いな感じして心がそわそわする。 よくドラマとかで見るような髪を結いあげた女将さんみたいな人が川南さんに挨拶していて、川南さんがますます謎に包まれる。 若く見えるのに、何してる人なんだろう。性格が悪くなきゃできない仕事って何? ヤクザ…とかそういう感じではなさそう。 個室に通されて煙草を吸う川南さんを見つめていると目が合う。 「ねぇ俺こんな高そうなとこ払う金ないよ…?」 心配そうにそういうとクックッと声を押し殺して笑った。 「払わすつもりなんて元々ないよ。  俺といるときくらい金の心配しないで。」 何気ない言葉に胸が一瞬痛む。 俺といるときくらい、その言い方って川南さん以外にもいるって思われてるってことだ。 そりゃあんなひっかけ方してて、他の男といるところも見られてればそう思われて当然なんだけど。 この人にそういう風に見られるのはなんでか分からないけど、すごく嫌だ。 〜♪ そんな俺の思考を遮るように川南さんの携帯が鳴る。 俺の電話に出るときと同じ早さで電話に出たのが少し気になった。 「あぁ、詩音(しおん)さん。……はい、すぐ伺います。」 電話を切ると俺にクレジットカードを渡してきて 「ここから帰るときそれ使って。また連絡する。」 そう言って軽くキスして個室を出ていった。 クレジットカードなんて他人に渡すなよ。信用しすぎだろ。 個室にひとり残されて食事を待つ時間が長い。 川南さんが連れてきてくれたお店は多分おいしいところのはずなのに全然味がしない。 二人で食べてたら少しは違ったのかな。なんでそんな風に思うのか分からないけど。 女将さんが呼んでくれたタクシーに乗り込んでも寂しい気持ちが消えない。 川南さんがいないから寂しいのか、たまにくる発作みたいな寂しさなのか。 分からないけど、とにかく寂しい。 誰かと一緒にいたい。誰かに抱いてもらって必要とされたい。 誰でもいいから寂しさを埋めてほしい。 こんな昼間じゃ誰もつかまらない。 お願い早く夜になって。ひとりにしないで。 本当は誰かとセックスしたいんじゃない。 一緒にいる相手を探したらセックスがついてきただけ。 本当はただ一緒に眠るだけの人がほしい。 不安なときに抱きしめてくれて、一緒にいてくれる人。 そんな人今まで出会ったことないけど。 俺だって誰かの一番になりたいって思ったことくらいある。 名前も知らない人に抱かれて、あの日からずっと頭にいる川南さんを頭から追い出す。 俺の頭からいなくなって。頭からっぽにして楽しみたいんだって。 なのに川南さんは少しもいなくなってくれない。 あの顔が、声が今目の前にある光景の邪魔をする。 「ハナちゃん気持ち良くない?」 「へ?や、そんなことないけど…」 口ではそんなこといいながら身体は正直で、ローションでどれだけ触ろうとちっとも勃ちゃしない。 こんなことしたくないのに、目を閉じて川南さんを浮かべて触る。 それだけで毛が逆立つような感覚がする。 「…ん、もう大丈夫。ごめんね、しよっか。  ね、ハナって呼び捨てして?」 ローションで慣らして後ろからその人を受け入れる。 なんでせっかく楽しもうとしてるのに、川南さんを思い出さなきゃいけないの。 今までそんなことなかったじゃん。どんな人相手でもできたのに。 今日は相手の人がイッても俺はイケないまま。 体調次第でそういうこともあるけど、そんなことほとんどなかったのに。 せっかく一緒にいてくれるのに少しも眠れやしない。 これじゃ誰かといる意味がない。 このモヤモヤした気持ちは一体なんなの。なにをしたら解決できるの? *** あの日以来、川南さんから連絡はなくて自分からも出来ずにいる。 だって川南さんが また連絡する って言ったんだし。 預かったクレジットカードは結局帰りのタクシーでも使えなくて、未使用のまま。 寝転がりながらクレジットカードの名前をみて、指でローマ字を辿りながら読み上げていく。 「か わ な み しゅ う ご」 こんな予期せぬところで下の名前を知るなんて。 携帯のバイブが震えて誰からか確認もしないまま電話に出る。 「はーいハナちゃんでーす。」 『はは、元気そうだな。』 「へ、川南さん…?」 名前くらい見て出ろよ、と軽く笑われる。あの日以来の声。 胸がぎゅぅ、と締められて痛い。 今から出れる?と聞かれて即答で頷く。 こんな遅い時間から会ったら明日の大学はきっと行けない。 でも川南さんに会えるなら大学なんていいや。 家の場所を聞かれて答えると、5分くらいで着くと言われて電話を切る。 髪の毛とかなにもセットしてないけど、まぁいっか。 5分なんてあっという間で、前に聞いた車のエンジン音が外から聞こえる。 慌てて外に出ると、車の外で煙草を吸う川南さんが見えた。 川南さんは川南さんで俺の姿が見えると煙草を消して、車に乗り込む。 「この前ごめんな。」 片手で運転しながら、空いた方の手であたまをぽんぽんと軽くなでながら川南さんは言う。 大丈夫、と小さく呟いて車を運転する顔を眺める。 会えたことが嬉しい。どうしてこんなにもこの人のことを考えてしまうんだろう。 俺がこの人に何を望んでいるのか分からない。 赤信号で止まると川南さんはこっちに顔を寄せてきて唇を重ねた。 離したくない。唇だけでも繋がっていたい。 でも信号はすぐ青に変わって唇もすぐに離れる。 「……ねぇ川南さん、しおんって、…誰?」 服をぎゅっと握って声の震えをなんとか抑える。 おもちゃを取られたようなこどもみたいな小さな独占欲。嫉妬ではないと思う。 「前言った取引先の社長の娘さんだけど?」 「…その人と、セックスした?」 川南さんは一瞬言い渋ったように見えたけど、一言だけと言った。 服を握る手が汗で湿る。 「あは、そっか。やっぱり女の方がいいよね。  だってそれが普通だもんね。」 じゃあなんで俺に電話かけてくるの?なんでさっきキスしたの? 聞きたいことは聞けないまま、余計なことばかりが口をつく。 「川南さんにとって俺って何?  都合のいいおもちゃみたいなもん?犬みたいって言ってたよね。」 次から次へと言葉が溢れて止まらない。 川南さんの口からもうその女の人ことを聞きたくない。 その声で俺以外の、他の人のことを喋らないでほしい。 「ハナ。待って。」 いつも以上に低い声で身体が震える。 いつの間にか車は広い駐車場にぽつんと止まっていて、川南さんはこっちを見た。 「彼女とは恋人だった時期もあったけどもう終わってる。  仕事の付き合いで会うこともあるけど、それ以外はないよ。  この前だって仕事の呼び出しだから。それ以上の付き合いはもうしてない。」 「…嘘だよ。だって俺、前に腕組んでたの見たよ。」 「それは女性をエスコートするのに必要だからだよ。  ヒール履いてる女性を置いていく訳にもいかないだろ?」 川南さんは呆れたように笑う。 分かったのは俺がただ世間知らずなことと、川南さんは紳士的な男性だったってこと。 川南さんはそんな俺を「歳重ねていけば分かるよ」と優しく諭した。 髪を撫でる手が優しい。それに反して心が痛む。 最後に川南さんとしてから1人でしても誰かとしても全然イケなくて、フラストレーションが溜まっていたせいで髪を触られるだけで反応しそうになる。 それがバレたくなくて話題をかえる。 「しゅうご、ってどんな字書くの?」 「秀でるに悟る、で秀悟。  ハナは?本当はなんて名前か聞いていい?」 名前。川南さんにならいいかな。今まで誰にも教えてこなかったけど。 川南さんになら名前で呼ばれてもいいや。 「…たつき、花枝 龍樹(はなえだ たつき)。  難しい方のりゅうに、樹木のじゅで 龍樹。」 そ、と短く言ったあと小さく龍樹、と名前を呼んでキスをした。 *** 「やっば、寝坊した!」 ガバッと起きたあと横で眠る川南さんに気がつく。 そうだ、川南さんと会うから休むことにしたんだ。 川南さんに名前を教えたあと、車でくっついたり離れたりしてるうちに眠たくなって気付いたら寝てしまっていて、起こされた後も眠さのあまりぼんやりとしか覚えてないけど、確かここは川南さんの家だと案内された、ような気がする。 起き上がった身体をまた布団に埋めて川南さんに擦り寄ると寝てるのか起きてるのか、こちらに向きをかえて抱きしめてくれる。 こんな風にゆっくり寝たのはいつぶりだろう。 腕の中から眠る川南さんを見上げて、もう一度抱きつく。 「…起きた?」 上から聞こえる声に小さく頷くと頭を撫でられて自然と笑顔になる。 川南さんは少し身体を起こして時間を確認すると、ベッドからするりと抜けた。 戻ってきた川南さんにはぶらしを突っ込まれて、磨いていると目が合う。 俺と川南さんってどんな関係? セックスしなくても一緒にいてくれるのはなんで? 色んな思いがぐるぐると回る。 俺がこの人と一緒にいたいと思う理由はなに? なんでこの人と一緒にいたら寝られるの? なんでこの人じゃないと気持ちよくなれなくなったの? どれだけ考えを巡らそうと答えは一つしか見つからない。 こういうときに相談できる友達はいない。 本人に聞くわけにもいかないし、考えを悟られたくなくて目を逸らした。 川南さんの家は一人暮らしのように見えるのに馬鹿みたいに広い部屋。 ベットルームだけで俺のワンルームの部屋よりよっぽどか広い。 だだっ広いリビングには大きいL字のソファーとローテーブルがあって、モデルハウスみたいに整っている。 ダイニングテーブルは誰が使うのか6人は座れる椅子が用意されていて、真ん中の2つを使って向かい合って座った。 「落ち着きがないな。」 「へ?あ、ごめん。家大きいなって思ったら気になっちゃった。」 いやいいけど、と薄く笑って吸っていた煙草を消して、かわりにホットコーヒーを口にする。 ホテルで泊まったことはあっても、こんな風にのんびりすることはなくて違和感しかない。 川南さんが用意してくれたトーストと甘いカフェオレを口にしながら、ばれないように見つめる。 ――かっこいいな。 そういえば、と川南さんが口にする。 「そこのドア開けて2つ目のドアが洗面、その奥が浴室。  風呂沸いてるから入ってきな。昨日入れてなくて気分悪いだろ。」 「あ、うん。ありがと。入ってくる。」 言われた通りドアをあけると、高そうなホテルみたいな洗面室。 ふかふかのタオルと一緒に着替えまで置いてある。 至れり尽くせりで驚きながら浴室をあけると、広めの湯船。 湯船に浸かる前に身体をしっかり洗う。 もしかして入ってくるかも、とかこの後のこととか期待してないっていったら嘘になる。 そのことを考えて準備くらいしといたって別にわるいことじゃないはず。 少し熱めの温度が気持ちいい。 川南さんは結局入ってくる気配もないし、考えを巡らせる。 川南さんって何してる人なんだろう。 普通の会社員じゃなさそうで、まったく何してるか掴めない。 こんな風に朝ゆっくりしてて会社に遅刻しないんだろうか。 なんとなく詮索しちゃいけない気がして聞けない。 のぼせそうになって浴槽から立ち上がると、少し入りすぎたのか一瞬くらっとして壁に手をつく。 あぶな、と独り言をつぶやいて、さっきのふかふかのタオルで身体をふいて着替えを手に取ると、タオルと同じふかふかのバスローブ。 バスローブなんて今まで着たことなくて、手を通すのがなんか少し恥ずかしい。 リビングへ戻るとソファーでうたた寝する川南さんがいて、その横へ邪魔にならないように座る。 川南さんが何歳なのかも俺はしらない。この人のことをほとんど知らなくて少しそれが切ない。 髪の毛をセットしてスーツのときは大人っぽく見えるのに、こうして無防備に寝ている姿は随分若く見える。 じっと見つめていると川南さんの目が開いてほんのり緑がかった瞳が俺を覗く。 「どうした?」 「…ううん、なんもないよ。お風呂ありがと。  ……ぅわっ、」 川南さんに手を引っ張られて、俺のバランスが崩れそうなところを危なげなく受け止めるあたり、肉体的にも精神的にも余裕が見える。 突然バスローブの下から手を入れられて身体が反応する。 「履いてないけど期待してた?」 「ちが、昨日のだったし履きたくないなって思ったの!  そういうつもりで履いてないんじゃない…」 へぇ、と信じてなさそうな返事。 川南さんに跨るようなかたちで触られ続けて腰が抜けて、川南さんにもたれるように座る。 その間にも川南さんは俺のをずっと上下にゆっくりと動かしていて、ゆるゆると快感が詰めてくる。 久しぶりの感覚に全身の毛が逆立つ。 「…や、川南さ…無理、もうイッ…」 川南さんの手の中で果てて、川南さんは手についたそれを見せつけるように舐めた。 「や、汚いって!」 「汚くないよ。ほら。」 「ん、ん…っ」 自分の精液のついたままの指を舐めさせられて、嫌なはずなのにそれすら興奮にかわる。 川南さんの目はいつもどこか冷たくて、その目で見られると逆らえない。 「龍樹、おいで。」 普段、自分の名前で呼ばれることはない。 大学の人たちも、行きずりの人たちも、バーの人たちもみんなハナって呼ぶ。 俺の事を名前で呼ぶのは父親と、川南さんだけ。 川南さんに抱かれるのは好き。意地悪だけど優しくてあったかい。 自分よりも大きな身体に抱きしめられていると安心する。 事が終わったあと川南さんは俺の髪を撫でて空いた片方の手で煙草に火をつけた。 ぼんやりとその様子をみていると目が合って 「寝不足?ここ、クマできてる。」 親指の背で目の下をなぞって心配そうに言う。 「んー、なんかちょっとね。  元々不眠なんだけど最近ひどくて。」 心配かけたくなくて笑いながら伝えても川南さんの表情は心配そうなまま変わらない。 いつもなら、川南さんと一緒にならたくさん寝れるのにー くらいの冗談を言えるのに、今は言えない。 きっと笑って言えなくて困らせてしまう。 「だーいじょぶだって!  限界きたら昨日みたいに喋りながら寝ちゃうし!」 なんて思ってもないことが口から出る。最近寝れてない理由なら分かってる。 誰と寝ても自分だけ寝れなくて、朝日が差し込んできてからやっと眠れる。 それでも30分おきくらいに起きて、まとまって寝たのは随分と久しぶりだった。 自分でその意味に気付きながら気付かないふりをする。 本気になっちゃいけない。 俺なんかが人を好きになったらいけない。 蓋をした幼い記憶を眠る度に夢に見る。ずっと忘れてたのに。 誰かと一緒にいれば忘れられてたのに。最近じゃ誰といても何をしてもだめで。 苦しい。たすけてほしい。 そんなこと言えないけど。

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