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#4 ※虐待描写あり

酒の空き瓶とビールの空き缶、ゴミの溜まった狭くて汚い部屋。 いつ働いてんだか分からない酒臭い父親。 子供の頃はそこが俺の世界だった。 母親は物心ついた頃にはいなくて、たまにばあちゃんがご飯を持ってきてくれた。 父親と二人きりになるのが嫌いだった。 たぶん父親も俺と二人になるのが嫌いだったと思う。 互いに同じことを思ってた。 家にいても会話なんてなくて、俺は父親の機嫌を損ねないように静かにしてなきゃいけなかったし、できる限り存在を消さないといけなかった。 機嫌が悪いときは何をされるか分からない。 殴る蹴るなんて当たり前で、それがおかしい事だと思ったことがなかった。 理不尽なことで怒鳴られて押し入れにいれられたことも、風呂で冷たいシャワーを何時間も浴びせられたことも、煙草の火を押し付けられたときも、なにもかもが俺の中では普通で疑問に思うことすらない。 そんな俺の世界が異常だと知ったのは父親に犯されたとき。 中学にあがった頃、酒に酔った父親は寝ている俺に覆いかぶさってきた。 さすがにセックスの意味も、それを普通は男女で行うことも知っていたから抵抗した。 母親(あいつ)に似てきた、腹が立つ そう言って俺の顔を何度も何度も殴りながら犯した。 抵抗しても大の大人に敵うわけがなくて、結局はされるがまま泣きながらその時間が終わるのを待つしかなかった。 次の日の朝、殴られて腫れた顔と泣き腫らした目、あとは傷だらけで痛む身体を見て全部がどうでも良くなった。 父親が言った “誰も汚いお前を好きにならない” “好きになってもらう価値もない” “好かれる相手が可哀想だ” その言葉は大人になった今でも染みのように残って消えない。 繰り返される毎日の情事。 身体さえ許していれば殴る蹴るはそこまでひどくない。 あとで腹が痛くなるのさえ我慢すればまだマシだと思えた。 中学生なんてどこのクラスの誰が可愛いとか誰が処女で童貞とか、そんなくだらない話とヤッた、ヤッてないの話ばかり。 そんな話の中、誰かが言った。 「男だとしても俺、花枝とならヤレそうだわ」 その一言を聞いて、立ち上がってそいつのそばにいく。 「ならヤラしてあげよっか?俺そっちの経験あるよ」 そう言うとそいつは謝ってきたけど、結局誰もいないときに体育倉庫でそいつとヤッた。 そこから噂が広まって中学から今に至るまでずっと同じ。 言われれば誰とでも身体を重ねるし、隠さないからあっという間に話が拡がる。 優しくされないのが当たり前で、だれもそこに愛なんてものは求めてないし、自分だって求めてこなかった。 一度だけ学校の先生に噂の真偽を聞かれたとき、適当にはぐらかして話を終えた。 中には女の子で告白してくれた子もいたけど、その好意が信用できなくてヤるだけならいいよ、なんて生意気なことを言った。それでもいいと言う子とは身体を重ねた。 男にしろ女にしろ経験人数が増えていくだけ、気持ちと解離していく。 なにをしても満たされない。 中学3年にあがったとき、父親から久しぶりに殴られた。理由は今でも知らない。 酒に酔って何喋ってんだか分かんない父親に分かるように話せよ、と言ったらブチ切れて酒瓶で頭を殴られて、こめかみから垂れた血を見てこっちもカッとなって殴り返した。 その拍子に倒れた父親がひどく小さく見えて、馬乗りになってさらに振りかぶって何発も殴った。 死ねばいいと思ってたし、途中でばあちゃんが来なかったら実際に殺してたと思う。 あいつへの傷害で警察署に連れていかれる道すがら警察官に聞いた。 「ねぇ毎日毎日親父に犯されてる俺は可哀想じゃないの?」 そこから警察は虐待事件でも調べ始めて、父親は捕まって俺はばあちゃんに引き取られた。 ばあちゃんは高校まで出してくれたから大学はなんとか奨学金で入学して、適当にバイトをして一人暮らしもはじめた。 ばあちゃんはいつまでもいていいよって言ってくれたけど。 いつか父親(あいつ)が帰ってくる家にいたくなかった。 ばあちゃんの家にいたときはばあちゃんの隣で寝た。 あいつの夢をみて俺が苦しいとき、いつもばあちゃんはすぐに起きて背中をさすってくれた。 なのに一人暮らしじゃそれをしてもらえない。でもあの家にいたくない。 上に乗られて抵抗できなくて、夢の中で何度も犯される。 起きたときは涙と冷や汗で毎回濡れて、息も荒いまま飛び起きる。 夜がくるのが、眠るのがこわい。 そんなときに誰かの温もりがあれば平気なことを知った。 恋人じゃなくていい、その日だけでいい。 恋人は探すのが大変だけど、その日だけの付き合いならいくらでも見つけられる。 自分の女みたいな容姿なんて好きじゃなかったけど、そういう相手を探すに困らない見た目でよかった。 派手な見た目の方が受け入れてもらいやすいと知って髪も染めた。 性格だって真面目より適当なほうが誰かが構ってくれる。 何を思われたっていい。ひとりにしないでくれるなら、それだけで。 それなのに最近は誰いても誰と寝てもだめになった。 どれだけ身体が疲れていても寝れなくて、ようやく寝られてもまとまった睡眠がとれない。 セックスしたって気持ちよくなれないし、踏んだり蹴ったり。 不眠の原因もセックスが気持ちよくない理由も、全く分からないわけじゃない。 いくら馬鹿のふりをしたって自分のことが分からないわけがない。 誰と寝たって考えてしまうのは川南さん(あの人)のこと。 その度にあいつの言葉が呪いみたいに繰り返される。 俺みたいなのが人を好きになっちゃいけない。 好意を寄せられたあの人が可哀想になる。 あの人に迷惑をかけたくない。 なのに会えば歯止めがきかない。 嬉しくて自分だけを見てほしくなる。 本人には好きだなんて言わないから、せめて心で想わせて。 想うだけで何も望みはしないから。

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