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第1話
俺は、藤堂圭の恋人だ。
夢じゃなくて、本当に本当の現実。リアルガチのマジ。未だに信じられない。
ほとんど眠れなかった。窓から差し込むカーテン越しの朝日をぼんやり見上げる。
『俺の恋人になってくれますか?』
『なり、ます』
もう何回脳内で再生を繰り返したかわからない、昨日の記憶。抱き締めた先生の体温と、交わした言葉。
やばいやばいやばい。
ベッドの上で勢いよく起き上がる。思い出すだけで顔が緩むのを止められない。せっかく起きたのに、また枕にぼふっと顔を埋めて、クッションを抱きしめる。くすぐったくて熱いものが胸の中を駆け回ってる。
「マジか……」
やばい。顔がにやける。一人暮らしで良かった。
ベッドから跳ね上がって、洗面所へ向かった。にやけっぱなしの両頬を叩く。きりっと引き締まった顔。よし。
でも歯を磨きながら、またにやけてしまう。鏡に映る自分の顔がバカみたいだ。
朝食を適当に済ませてる間もずっと、身体中がそわそわうずうずしてる。もう先生に会いたくて仕方ない。
スマホで今日の予定を確認すると、午前中の講義が終わった後、昼過ぎに空きコマあり。先生のスケジュールもチェック。――今日の昼過ぎ、先生も空いてそう。ここだ。
胸が高鳴る。会いたい。昨日のあの言葉を、もう一回聞きたい。
まず電話だ。こういうときはテキストじゃダメ。LINEを開き、先生の名前をタップする。呼び出し音が鳴る。
LINE交換したのは昨年の夏。プレゼン大会に一緒に参加することになったときだ。でも結局、使う機会はなかった。だからそれ以来の、しかも『恋人になって初めての発信』に、どこかくすぐったさを覚えながら、俺は口元を緩めた。
けど。
「あれ?」
コール音は鳴り続けてるけど、いつまで経っても先生が出ない。
「寝てんのかな?」
ひょっとして先生も興奮して寝られなくて寝坊? いやいや、あの先生が? さすがにない。きっと先生も朝の準備中なんだ。
電話を切って、大学へ行く支度を始める。カバンの中身をチェックして、Tシャツを頭からかぶりながら、再度電話をかける。
「……」
やっぱり出ない。
「え? なんで?」
ちょっと不安が胸をよぎる。いや、朝ってみんな忙しいしな。大学着いてから電話してみよう。
チャリに跨っていつもの道を辿る。にやけっぱなしだった顔が、もう不安になってる。
昨日のことは夢だったのか? いや、あの涙は本物だった。俺の腕の中で震えながら「君が好きだ」って言ってくれた声は、絶対に幻想じゃない。
一限目の教室に向かいながら、挨拶してくれる友達に適当に手を上げて返したりしつつ、もう一度電話をかけてみる。
「――……」
ひたすら鳴り続けるコール音。浮ついてた俺の気持ちがどんどん落ち込んでいく。頭の中で変な妄想がどんどん広がっていく。
――先生、もしかして俺のこと嫌いになった?
いやまさか。
――帰って冷静になったら、やっぱ学生と付き合うのはまずいって思い直したとか?
これはありそう。先生、めちゃくちゃ考え込んで抑え込む人だし。
適当に見つけた席に座る間も、コール音はずっと続いてる。さらに妄想が膨らむ。
――昨日のは全部俺の誤解だったとか? ホントは嫌だったけど、俺があんまり必死だったから調子合わせてくれたとか?
ないないない。先生が他人に調子合わせたりするわけない。
頭を振って、バカバカしい妄想を振り払う。
そもそも、昨日の先生を見て、誤解だとか嘘だったとか思えるわけがない。普段の冷静な顔とは全然違う、感情をあらわにした先生。真っ赤になってぼろぼろに泣き崩れた顔。やばいまた顔がにやけてきた。
講義開始の合図で我に返る。とりあえず集中! で、休み時間。懲りずにもう一回かけてみる。やっぱり出ない。
――ひょっとして休んでたりする? それか俺がスケジュール見間違えたとか。
先生のスケジュールを再確認すると、今日の午前中は確かに講義があった。休講の連絡もない。
「――……」
あんまりスマホ自体見ない人だっていうのはなんとなく知ってる。それにしたって、朝からずっとかけてるのに、折り返しの着信もないなんて。
一限目の講義が終わり、二限目の講義も何も頭に入らないまま終わった。十二時近く、昼休みになる。
またスマホを取り出して、先生のスケジュールを再々確認した。
「……ちゃんと空いてる時間あるじゃん。なんで出ないの? てかなんで折り返しもないの?」
大きなため息をついて、立ち上がる。
「やっぱ直接会うしかねー!」
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