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プロローグ

 永遠のものだと、思っていた。  それなのに、季節だけが繰り返し巡っていく。あの春を境に、自分だけが取り残されたまま。  頬を撫でるように吹く風が、律の体を通り抜けていく。  まるで「もう進め」と言わんばかりに──。  初めて彼を見たとき、世界が止まった気がした。  二人でいられることの幸せを知ったとき、心臓が破裂しそうなほど嬉しかった。  静かに流れていた時間は、確かに二人の間にあった──。  ……なのに、  君は微笑んだまま、声も、涙も届かない場所へ行ってしまった。  泣かないように歯を食いしばって前へ進んでも、桜の花びらが、君の姿をふわりと隠してしまう。 「──桜の下を、一緒に歩きたいな」  そう言った君の声が、今も耳に残っている。  今はもう隣にいないのに、ふとした瞬間、その気配がよみがえる。 「──律、大好きだよ」  照れながら名前を呼ぶ声。  髪に触れた指のぬくもり。  笑ったときの目の細め方まですべてが、この身体に染みついている。  きっとこれからもずっと、この胸の中で、彼は生き続けていく。  優しすぎた人。  誰よりも早く痛みに気づいて、笑顔で包み込もうとする人。  だからこそ、彼が抱えていた本当の孤独に、苦しみに、気づけなかった。  ──もっと、自分にできることがあったんじゃないか。  ──助けてやれたんじゃないか。  何度も、何度も、悔やんだ。  でももう、全ては遅い……。 「律、律、律……」  繰り返し呼んでくれたその横顔は、あまりにも自然で、いつも自分のすぐそばにあると思っていた。  もう一度だけでいい。あの声が聞きたい。  そばで生きたいと願った。  ただ、それだけだったのに、それは叶わなかった。  大切な人を失ってはじめて、〝痛みを抱えて生きていく〟という現実を知った。  それでも──  桜が咲くたびに、耳の奥に届く気がする。 「想うことをやめないで」と、彼がそっと囁いてくれているような気がする。  たとえ、自分の隣にいるのがもう、〝君ではない誰か〟だったとしても。  ……それでも、これは「ただそれだけ」の物語では、終わらなかった。

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