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第4話
『ビジネスパーソンのための秘書力養成講座』
『一流秘書の気配りメモ』
『秘書検定合格教本』
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数々の本のタイトルが頭を素通りしていく。ビジネス書が所狭しと陳列された書店の本棚を見上げ、俺は人知れず甘いため息をついた。
総一郎さまの飲み会が終わるまでの時間、駅ビルの中の書店に足を運んでいるのだがちっとも集中できない。なぜなら総一郎さまのことが頭から離れないのだ。
しっかりしろ! これじゃ完全に色ボケじゃないか!
と己を叱咤するが全然だめだった。すぐにさっきの総一郎さまのキスの感触が鮮やかに蘇り、気が付くと自分の唇に触れてしまっている。
俺は首をぶんぶん振って雑念を振り払い、手近にあった本を一冊棚から抜き取った。ページをめくり試しに読んでみるが、やはりさっぱり理解できない。
専門学校に通わせてもらったとしても、こんな俺に秘書など務まるのだろうか。秘書としてもだが、恋人としても俺は総一郎さまにふさわしいと思えないというのが正直な俺の最近の気持ちだった。
考えれば考えるほどに不思議だし不安になってくるのだ。なぜあんなに魅力的な人が、こんなちんちくりんの俺を好きになってくれたんだろう。大学にはもっと可愛い子も綺麗な人もいるだろうし、総一郎さまの秘書にしても、もっと相応しい人はいくらでもいそうなものだし、なにも俺じゃなくても。
いつのまにか深い思案に耽りながら歩き回っていたようで、はっと気が付くと目の前はもうビジネス書のコーナーではなかった。やけにピンク色や薄紫色が溢れている。女性向けの小説本のコーナーらしい。
とそこに、その中の一つの本の表紙が目に飛び込んできた。
――あれ、これ総一郎さまに似てる。
ふと目に付いたのは意志の強そうな目をした逞しい男の人の絵だ。横を向いて、大人しそうな黒髪の男の子と見つめ合っている。どうしてそんなに嬉しそうに男同士見つめ合っているかは謎だが、やはりこのイケメンの男の人は総一郎さまにそっくりだ。
興味を引かれた俺はその小説を手に取った。そしてぱらぱらとめくったところで、あまりの驚きで本を取り落としそうになった。
「ひえっ」
俺は思わず奇声をあげた。慌ててあたりをきょろきょろと見回す。良かった、誰にも見られてはいないようだ。
ふうぅぅと深呼吸をして、俺はおそるおそるその本をもう一度開いてみた。うっと呻きを上げそうになるのをこらえ、薄目を開けて再度見る。
それは二人の男たちの挿絵だった。表紙に書かれた二人がベッドの上で抱き合っている。しかも一糸まとわぬ全裸で。
これは、せ、セックスの最中なのだろうか。
ちなみに黒髪のおとなしそうな男の子は下、屈強な青年は上のポジションを取っている。だが目をこらしてみても細部はどうなっているのかよく分からない。局部が隠れているのだ。う~ん、もうちょっと角度が変わればどこがどうなっているのかわかりそうだけど……。
そのとき俺ははっと閃いた。
もしかして、この小説を読めば男同士のセックスが多少なりとも理解できるのではないだろうか。
俺はひとり頷き、本を手に会計レジへと向かった。
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