9 / 229
4
「ありがとう」
反射的に、隼人は比呂にお礼を言っていた。
どんな人に対しても、感謝の気持ちは忘れずに。
そして、その気持ちは必ず言葉や行動で示しなさい。
祖父が、繰り返し幼い隼人に教えてきた、家訓だった。
比呂は、ハウスキーパーなのだ。
いわば、隼人の使用人。
飲み物を出してきたからといって、わざわざ礼を伝えるほどの関係ではない。
だが隼人は、ありがとうと言わずにはいられなかった。
そしてコーヒーは、素敵に美味しかった。
「美味しいよ。良い豆を使ってるね」
「解る?」
「それに、淹れ方がとても巧い。まるで、プロのバリスタだ」
「えへへ。嬉しいな」
だが、この豆はスポンサー企業の一つ『シラカバ珈琲』からの提供だ、と比呂から説明を受けて、隼人は憂鬱になった。
「私は今後、シラカバ珈琲さんの豆でしか、コーヒーが飲めないのか……」
「だから。そんなに深刻に考えないで、って!」
知らんぷりして、こっそり他社のコーヒーを飲んじゃっても、いいじゃん。
そんな気軽な比呂の言葉に、隼人は少しだけ気持ちが上向きになった。
本当に、他者の製品をこっそり、というわけではない。
この明るい少年が傍にいると、心が軽くなるのだ。
ともだちにシェアしよう!

