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「隼人さん。ケーキの一気食い以外に、得意なことってある?」 「得意なこと?」 「そう。その動画を撮れば?」  比呂は名案と思っていたが、それには寂しい笑顔を返す隼人だ。 「私の得意なことは、芸事。芝居に関することしか、ないんだよ」  芸能一家に産まれつき、幼い頃から活動していたのだ。 「演技に、ダンス。声楽、器楽に、台本の暗記術、朗読。仕事を離れれば、何て面白味のない人間なんだろうね、私は」 「そんなこと、ないよ!」  隼人さんに、哀しい顔はして欲しくない!  比呂は、考えた。  もしかすると、最近で一番一生懸命考えたかもしれない。  そして、あるアイデアにたどり着いた。 「笹山さんは、隼人さんの日常を配信したい、って言ってたよね?」 「ああ、そうだっけか」 「だったら、何でもいいんじゃないかな。今こうやって、ソファでくつろいでコーヒー飲んでるところでも」 「そんな、お行儀の悪い」  じゃあ、と比呂は必死で食い下がった。 「コーヒー豆をミルで挽いて、ドリップして、飲む! この手順を、配信!」  どう? と鼻息の荒い比呂を、隼人はようやく活きた目で見た。 「それなら、できそうな気がする」  元よりコーヒーが好きな隼人は、ホテル住まいを続けながらも、そのための器材は私物を持ち込んでいた。  少ない手荷物の大半を占めていたのは、コーヒーを淹れるための道具だ。  時間のある日は、手ずからコーヒーを淹れて楽しむことがあった。  キッチンに並んでいる、使い込まれた道具類を見て、比呂はそれに気付いていたのだ。 「……やってみるか」 「その意気だよ!」  比呂に背中を押されて、隼人はようやく前に向かって進み始めた。

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