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「人間は、愚かな生き物だ。だが、あれほど愚かな人間は、後にも先にも彼だけだ」  そんな紫織の言葉に、比呂は憤慨した。 「ちょっと! 命の恩人に、そんな言い方!」 「比呂くん、静かにしよう」 「だって」  いいから、と隼人は比呂の肩を抱いた。  紫織は、話しを続けている。  その声が震えていることに、隼人は気づいていた。 「自分だって、腹ペコのはずなのに……。ネコに缶詰を食べさせたら、自分が飢え死にするかもしれないのに……」  だのに、声を掛けてくれた。  コンビーフをくれて、優しく撫でてくれた。 「本当に……愚かな……」  閉じたままの紫織の瞼から、涙が一筋流れた。  うつむいた彼の頬を、幾筋もの涙が滑り落ちていく。 「吉永さん」  比呂は、テレビで話していた隼人の言葉を、思い出していた。 『相手が困っていたら、人間は手を差し伸べたくなるのではないでしょうか。  今回は、それがたまたま、ネコだったということです。  お腹をすかせたネコを、このまま見過ごすことはできない。  私のひいおじいちゃんは、そう思ったそうです』 「吉永さん。人間って、優しい生き物でもあるんだよ」  比呂の呼びかけに、紫織はただ黙って、うなずいた。  何度もうなずき、そのたびに涙の粒をこぼしていた。

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