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第7話

「お前本当に馬鹿だ。そいつがすべての元凶だ馬鹿」    朧に逢いに社へと訪れたらそこに闇市に行った時に迷子から助けてくれた妖が現れたのでお礼を言ったら遊羅くんに呆れた顔で吐き捨てられたセリフに、理解が追い付かない。  すべて、ってどこからどこまでと疑問符を浮かべていると隣で朧が「鈍いな」って呟いてたの聞こえてるからな。その通りなので言い返せないけど。   「通行証掏ったのもそいつ、迷子になったのもそいつのせい」 「迷子も?」    他にどう「すべて」があるんだと言いたげに遊羅くんに言われ、意味は理解できたけど迷子になったのもこの人のせいって。  だってあの時オレたちはずっと傍にいたはずで、オレからすれば朧が傍から消えて、朧からすればオレが消えたって感じだった。  迷子になるのって確かにその一瞬かもしれないけど誘発できるようなものなんだろうか、と首を傾げていると再びこの部屋に通じる襖が勢い良く開いた。   「しゆにわかりやすく言うなら、神隠しってやつだな」 「あー、」    助け舟を出してくれたのはダンくんで、オレはようやっとその言葉で腑に落ちた。  わかっていたはずなのに、わかっていなかった。相手は妖で、あの場も妖たちが生きる場だったのだ。オレの道理は通用しない。  理解したところでお礼を言おうとしたら、名も知らぬ妖さんが縄のような長い三つ編みで空を切りながら突如ぐりんと勢いよく振り返った。  全部が降り回せないように帯に引っ掛けられてるから大きく動いたの毛先だけなのに、ビュオンッてすごい音したな……。   「どこへ行っていたんだ! 私の愛い子!」 「勝手だよ。ほら、黒文字」 「ありがとうダンくん」    そしてその視界にダンくんを捉えると広げた腕で彼を抱き締めようと飛び付いていたが、ダンくんはその脇をひょいと潜り抜けてオレと朧にフォークをくれた。  正確にはこれフォークじゃないんだろう、ダンくんも黒文字って言ってるし。でもオレには和菓子を食べるのに使うフォークに見えるからオレはフォークって言う。  ダンくんを抱き締め損ね、動かない背中に勝手に気まずくなってたらダンくんに食べていいと無言で手を払われてオレは両手を合わせる。   「私の茶は? 菓子は?」 「茶はあるから座れよ、でかい図体で大袈裟に動くな鬱陶しい」 「流石私の伴侶だ」 「ならねえって言ってんだろ! 黙って座れ!」    ふぅ、と憂いたため息を吐きつつ再度こちらへと振り向いたその表情は酷く恍惚としていた。それはさっき見た遊羅くんの笑みと限りなく近い色をしている。  そのまま一人で酔い痴れてダンくんにちょっかいをかけていたけど、今の彼の機嫌を損ねるだけとなって怒鳴られてようやっと少し大人しくなってダンくんと遊羅くんの間へと腰を下ろした。   「なにしに来たんだよぉお前はぁ」 「なにって、私がここに来るのは白檀を迎えに来たかお前に仕事を振るかのどちらかだ」 「で、今日は?」 「迎えに来た。が、まだ気が向かないようだな」    淹れたての熱々のお茶をずずっ、と啜っている妖さんに遊羅くんが如何にも「答えはわかっているが」って調子で聞いてたけど想定内だったらしく肩を竦めて呆れていた。  その時にチラッとオレのこと見たのは「自分が寛ぐ社に、ただただ好きなやつに逢いに来るな」ってことなんだろうな。ごめん、遊羅くん。オレもやめないけど。  彼の目的であったらしいダンくんは、カステラを手で鷲掴みで食べながら自分の頬に伸びてきた手を一片の容赦もなく叩き落としていた。   「あの、それで知り合いなんだよね? みんな」 「ああ、そうだがお前こそ随分図々しくこの社に上がったものだな?」    ずっと気になっていたことを改めて問うと、低い声と鋭い眼差しで問い返される。  そこで彼が頑なに名を名乗らなかったワケに気付いて、オレは空になった皿へとフォークを置いてから軽く頭を下げた。   「月待充です。遊羅くんの力を借りて朧に逢いに時々この社に来てます」 「成程な、だからこの前オボロくんといたのか」    人間だってバレてるのは前逢った時から気付かれていただろうから言わなくてもいいだろう。ここに来ている理由と、来られている理由を包み隠さずに告げ最後に「お世話になっています」と頭を下げ直す。   「私は愛司(アイキ)だ。人の字で愛を司ると書く。偉大で高貴な鬼に仕えてる。遊羅の上司であり、白檀の夫だ」 「上司ではない」 「夫じゃねえ」 「はははっ、だからオボロくんは義理の弟ということになるのだろうな。なあ、オボロくん」    こちらから自己紹介したところで納得してもらえたのか、ようやっとオレが欲しかった答えの一つがもらえた。  お互いの認識にだいぶ大きな齟齬があるようで、遊羅くんにもダンくんにも速攻で否定されている。  辛うじて朧は否定もしなかったけど「はぁ……」って返事は事を荒立てない為の最も適切で適当な返事だから、なんとなく四人の関係を察した。  すごい妖怪だというのは朧の態度が答えで、立場として遊羅くんの上司なのは遊羅くんの返事を聞けばわかる。  ダンくんに対しての気持ちが本物かどうかは判断がつかないが、彼の反応を見るに本気にしろ冗談にしろ一方通行なのは間違いないだろう。   「神隠しとか通行証のこと、遊羅くんが心当たりあるって言ったの愛司さんで合ってる?」 「合ってるよぉ」 「遊羅くんと関係あるって知ってたからオレのことからかったんですか?」 「結果として、な」 「結果……」    この人がオレにちょっかいをかけたのはわかったが、その理由がどうにもハッキリとしないので遊羅くんと愛司さんに順番に聞けば否定されなかったが、愛司さんの言葉にまた疑念が浮かんだ。  どういうことかと眉根を寄せつつ首を捻ればそんなオレを見て愛司さんが呆れたように肩を竦め「ははっ」と笑みを零す。   「遊羅の気配と祓い屋の気配を同時に持った人の子がオボロくんの傍にいれば何者かと怪しまれて当然だろう」 「祓い屋、まだ気配してるんだ……」 「遊羅ほどの妖を祓い屋如きがどうこう出来るはずもないが、【しようと目論む】時点で排除するべきだからな」 「確かに。怪しまれても疑われても、消されててもおかしくない」    前回闇市で逢った時、この人はオレのことを「利巧だ」と言った。だから今こうも疑問を投げるオレを過大評価したのだと嘲ったんだ。  あの時もそうだったけど選択を間違ったら首を刎ねられそうな威圧感がある、オレを見るその視線に。  それがどこから繋がっているのかはわからないが、恐らく遊羅くんのものと近い。  大事なものを守るために、排除するべきかどうかを見定めようとするのは当たり前だ。彼にとっては不本意かもしれないが納得出来たと頷いたら傍で遊羅くんが「あーあー」とため息を吐く。   「オレが言えたことじゃないが、こいつの言うこと真に受け過ぎなくていいからねぇしゆ」 「なんで?」 「こいつ、人間大嫌いだからな」    相手することが罰だって話をしたからみんな大して口を挟まないんだとばかり思っていたが、面倒で相手したくないってのもあるのかもしれないと思えてきた。  どちらにせよ今日は相手するけど、会話の内容に痺れを切らしたのか遊羅くんがアドバイスらしきものをくれたが本当に遊羅くんが言えたことじゃないな。  まあでもそうだろうなというのはなんとなくわかっていた……というより、妖は大半が人間を好いていないように思う。朧も、ダンくんもそう。  彼らにとって多くは人の子は好かない相手で、ある者たちからすればそれはイコール餌であったりもするんだろう。  今更驚くことではないし珍しくもないんじゃないかなと思っていたら「はははっ!」と愛司さんが大きな声で笑った。   「私は白檀を愛しているんだからそんなワケないだろ」 「それはイコールにならないのでは?」    可笑しなことを言う、と愛司さんは遊羅くんのことを笑い飛ばしたがその反応に違和感を覚えつい疑問が勝手に口を衝いた。  しまったと口を手で押さえ噤んだがもう遅い。  そうだと声にしたからには逃がすまいとこちらを見下ろす愛司さんの視線が悪戯を仕掛けるようにゆっくりと細まっていく。   「白檀はもう人間じゃねえものな」    なにを言われるのかわかっているというより、下に見ている生き物に食って掛かられたことが不愉快だったのだろう。  どうぞ続きをと言わんばかりの態度だが、このピリピリした空気を感じるなという方が無理だ。だからって逃げることも許されない。  自業自得だが、黙ってたって仕方ないし適当言うには手遅れだろうからもうさっさと言いたいことを言ってしまおう。   「ダンくんがもう妖だからってことではなくて。貴方がダンくんを好きだってだけのことで、彼を好きであっても人間嫌いなのはなにもおかしくない」 「その理屈なら私の言った通り、同じであってもおかしくはないはずだが?」 「そうですね。それが成り立つ場合もあると思う」    疑問だったのはまるで「好きな人が人間だからって人間全体が嫌いでない」ことが当然のように言われたからで、当然それに当てはまらない場合もある。たった一人に惚れたから、その種すべてを愛おしく思えることもあるだろう。  猫苦手だったけど一匹飼ってみたら猫好きになった。みたいのに遠くない感覚。  一方的に言いたいこと告げることになるかもしれないと思っていたが流石遊羅くんの上司、平然と食い下がってくるな。  噛み付いたのはオレなのに、こっちが先に歯を離そうとしたものだから彼が浮かべた微笑がどんどん冷たさを帯びていく。   「ただ今日貴方と話していて、どうも【人の子が好き】とは見えなくなったので」    強さも力も得体の知れない妖だし、一応恩もあったし、少なからず社に関係がある人だっていうのはわかったから迷惑はかけない方がいいかなと思ったけど当然のようにこちらの自我を抑え込もうとする相手に黙っていられる程オレは出来ちゃいない。  はは、と渇いた声を落としてから笑みを浮かべて厚い壁を盾として構える。   「オレは確かに察しがいい方でも、敏くも利巧でもないけど。あからさまに敵意を向けられて気付かないほど鈍くはないです」    謂れのない悪意を振り翳されて善人繕ってられるかと吐き捨てれば、部屋中の空気が益々ピリリと張り詰める。  そんなオレを見て朧とダンくんは目を丸くしていたが、二人に反して遊羅くんと愛司さんは好奇の笑みを浮かべた。  黙ってられるほど心の広い妖ではなさそうだからなにか反撃があるとは思っていたが、円卓をひっくり返してまでオレに突っ込んできて喉元に手をかけられるとは思わなかった。   「ガッ……!」 「助けた恩人にその態度、人の子風情が生意気な!」    自分より背も高く、がたいもいい相手に伸し掛かられ身動きが取れない。確実に人間の四肢を押さえ込む方法を知っている。  その上オレの喉を掴む黒い手には力は入っていないはずなのに確実に絞められていて、つまり彼がこれ以上力を込めればオレの命は落ちるということだろう。  息をしようにも敵わず、もがこうにも敵わずにただ自分に降る死の感覚に唯一自由に動かせる目で朧の姿を探した。  だがオレを見下ろす朧を視界に捉えられたのも一瞬で、愛司さんが割り込んでくる。  苛立ちに揺れる瞳で瞬きもせずオレを見つめていたが、数度の瞬きをする内にその色を変えた。   「気に食わない。でもこの私に恐れることなく食って掛かったのは気に入った」 「げほっ、がはっ、」    愛司さんは噛み付かれたが結果として珍しいタイプだからとでも言いたげな口振りで笑って、オレから身を引く。  急激に入って来た酸素に、逆に呼吸の仕方がわからなくなって息が詰まった上目の前がくらくらしてきた。   「アイキお前なぁ、一応しゆはオレが【許してる】客なんだわ。手ぇ出すな」 「遊羅、貴様が【許している】ならもっと生意気な態度を取らぬように躾けておくんだな。人の子ならば尚更だ」 「はぁ? 戯言抜かすな。人の子だからこそお前の地位も力も関係ねえだろうが」    動けぬオレが死んでいないかとダンくんが頬を叩いて確認してくれている頭上で遊羅くんと愛司さんが互いを指差し合って言い争っている。  オレが原因なので止めさせたいが未だ喉が絞め付けられているような感覚に、声が出ずあががと無意味に喉を鳴らすしかできない。  遊羅くんの言葉に愛司さんが黙ってしまったせいで静かな睨み合いが続いていたが、それを破ったのは愛司さんだった。   「お前は放任主義で困る。その癖独占欲も強い」 「放任主義に関してはお前に言われたくねえなぁ」    彼はやれやれと呆れた様子で肩を竦めると、諦めたようにため息を吐き捨てる。  遊羅くんは納得がいかないと文句を垂れていたがお互いこれ以上言い争うつもりはないようだ。  愛司さんは動けずに床に寝転がったままのオレと少し離れた場所で座っている朧を交互に見やるとオモチャを見つけた子どものように鼻を鳴らし、そっとオレの傍にしゃがんだ。   「遊羅が許しているというならその内は私もお前に悪戯をするのは止めてやろう。私が気に入ったからな、特異で名誉なことだとその生涯に刻めよ」    さっきの今でなにをされるのかと思わず身構えたが、指先がするりと滑っては離れていく。  そして愛司さんはオレに触れたのとは反対の手でダンくんの包帯で隠された左目と頬を撫でた。   「また迎えに来る。次こそは気が変わっているようにな」 「変わらねえって言ってんだろうが。さっさと帰れや」    数秒は好きにさせていたけどいい加減にしろとダンくんに手を叩かれ愛司さんは満足したように豪快に笑って、本当にさっさと帰って行ってしまう。  嵐みたいな妖だったなと息を吐くと、喉が軽くなっているのに気付いた。  なにから言うべきだろうかと静まり返った部屋で思案していたら、遊羅くんが小さめのツボをオレに押し付けては「鳥居から向こうに塩撒いてこい。目一杯」と言うのでオレは「はい」と頷いて一度社を出る。   「遊羅くんが撒けばいいのに」 「遊羅は清いものに触れられないからな」 「お、朧っ!」    清めの塩なんて小袋に入った程度しか振ったことがないからどのくらいが遊羅くんの想定している目一杯なのかわからないが、まあ鳥居の向こうに満遍なく広がるように撒きつつ独り言ちていると、背後から朧に声をかけられ驚いてツボを落としそうになった。  慌ててツボを抱き締めて振り向けば、朧はなにやってんのと呆れた眼差しをオレに向ける。   「邪気を払うために塩を振るんだろうけど、じゃあ遊羅くんに塩振りかけたら消えちゃうってこと?」 「そんなヤワなわけないだろ。しゆが悪いもの触った時と同じだ」 「なるほど確かにそうか」    中身を零さないようにフタを締めつつ、大丈夫なものなのかと聞けばオレにだってあるだろうと返され納得した。  触れないっていうか触らずにいられるならそれに越したことないって感じなんだろう。   「嵐みたいな妖だったな」 「彼にあんな喧嘩売るなんて、しゆお前本当に考えなしなんだな」 「道理が違うってのはわかってるけどそれにしても頭ごなしだったから腹が立って。本当にすごい人なんだろうな、一瞬死が過ぎったよ」    朧に逢いに来ただけのはずがとんでもないことになったと肩を揺らせば、朧はその顔に苛立ちや失望の色を滲ませた。   「本当に殺されてもおかしくなかったからな」 「そうかもしれない」    事の大事さを理解していないと朧の声が低くなっていく。  オレを睨み付ける目に「死が恐ろしくないのか」と訴えかけられるが、怖くないわけじゃない。暫く手の震えが止まらなかったし、今も指先は冷たいままだ。  事実だけに答えて、へらりと笑いかけたら朧は眉根を寄せ険しい表情をオレに向けた。   「オレは、しゆがわからない。死にたいのか? 死に場所を探してる?」    妖が人の道理を理解できないのは当然のことなのに、朧のその言葉は少なくともオレだけに向けられたもので。  それがオレが想像しているほど特別なものではないとわかっていても、オレは嬉しいと感じてしまう。  感情の行き場がなくて、けれどまた笑ったら嫌な思いをさせるだろうから小さく首を振るだけに留める。   「死を望んでいるわけじゃないよ」 「そう……」 「オレも、自分が自分のことをわかっている自信はあまりないけど。でもオレは自分が思っていたより朧のことが好きなんだってさっきわかった」 「そういう話がしたいんじゃない」    喧嘩を売った相手が悪くて朧の目にそう見えても仕方なかったかもしれないが、そういうつもりはない。  けれど身の危険を感じたことで思いがけない発見があったんだと笑って返したら怒らせて……というより呆れさせてしまったけど事実なんだから仕方ない。   「っていうかオレまだ祓い屋の気配するんだって言われたのがショックで。気付かないまま社に来てたんだというか朧に逢いに来てたんだって……」 「それは遊羅が意図してやってることだから気にしなくていいだろ」 「そうなの?」 「恐らく」    相手の力を知る朧からすれば愛司さんとのことも大事なんだろうが、オレにはまた別に大事なことがあるんだと自分の腕を見つめながらぽつりと零せば「なにをそんなこと」と簡単にうっちゃられてしまった。  立って話してるのが嫌になったのか社の方へ向かう朧の背を追い駆け、縁側へと腰を下ろしツボを置いてから視線で話の続きを促せば朧はオレから視線を逸らし首をゆるりと傾ける。  そして「自分は詳しいわけではないから妖として最低限知っている話」と前置きをしてから話し始めた。   「術とか呪いっていうのはどう足掻いてもかけられたという事実が消えることはない」 「うん」 「だから完全に消すっていうのは無理で、上書きをするってことになる。効力は上書きしたものが残る」 「なるほど」    そういえば最初に遊羅くんに呪いを解いてもらう時も聞いた気がする、「上書きしてやる」って。  確かに言われてみればかけられたことまで消えたらかけられた過去までなくなるってことだもんな、いくら妖たちや祓い屋でもそこまでのことは出来ないのか。  頷きつつ聞いていると朧はそのまま話を続ける。   「遊羅やダンくんにかかればそこまでのことも出来るだろうけど」 「できるんだ」 「言っとくけどな、遊羅もダンくんもかなり特異で特殊なんだよ。だからその辺の妖は二人に喧嘩売ろうなんて思わない」 「オレ、とんでもない人たちに助けてもらってるんだな」    まあ、と呟きながら朧が二人なら出来るって言うけどそれを平然と言える朧も大概だ。  いつか朧が二人とどういう出逢いをしたのだとか、それよりももっと単純に二人をどう思っているのか聞いてみたい。話してくれるまでの関係になりたい。  そんなことをぼんやりと考えては今思い巡らせるには不純過ぎるので頭の片隅へと追いやって、今二人に助けてもらっていることがどれほどすごいことなのかを噛み締める。   「オレもしゆも遊羅に守られているから、許されてるからあまり感じないだけで。そうでない者ならバケモノに見えてる」    ちらりと社の中に視線を向ける朧に釣られて、オレも同じ方向へ目を向ける。  オレは本当にたまたま、二人のいい面ばかりを見ることが出来ているだけなんだな。今日オレが愛司さんに向けられたものを、否それ以上のものをぶつけられていてもおかしくはなかったし、何一つ過去形ではない。  オレが彼が今くれているほんの僅かの期待を裏切れば待つのはオレが想像するよりも絶大な彼らからの失望だ。それは比例しオレの絶望にもなるだろう。  自分の膝に肘を置き、頬杖を突きながら朧の横顔を見やれば視線に気付いたのか勢いよく振り返っては「なに」と睨まれた。   「二人の優しさを噛み締めながら、朧の言葉の続きを待ってる」 「ああ……」 「こうして話してくれる朧の優しさも噛み締めてる」 「だから、祓い屋ならどれほどの力だろうと遊羅に上書きされたことには気付いてるだろうってことだよ。遊羅は喧嘩売られたから売り返してる、ちゃんと叩き潰す為に出来るのに消さなかった。しゆは向こうを誘き寄せるためのエサだから気にしなくていいって話だよ」 「あはは、気持ちいいくらい無視された」    一瞬、勝手に話を終わらせてしまったと悪びれた表情を浮かべたけど言い忘れたこと付け足したら無視して話を続けられる。  あまりにも清々しくて笑ってしまったら笑う意味がわからないって引かれた。   「怒らないの?」 「エサにされてるから? 怒らないよ。だってオレがここに通ってることで朧とダンくんを祓い屋と関わらせることになるんだから遊羅くんは怒って当然で、オレはそのくらいしなきゃ誠意も見せられない」 「それも、オレが傷付くのは本意じゃないから?」    オレの意識は朧がオレの話を無視したって方に引っ張られたから笑ってしまったのだけど、自分の話の方に意識があった朧からすれば笑ったのはともかく怒らないどころか気にしないのは不思議か。  でも自分で蒔いた種なのだからそうでもしなければ誠意もなにもないだろうと返せば、朧は一瞬考えるのに黙ってから「自分の為か」と聞いた。   「ついさっきオレのことがわからないって言ったばかりなのに。今度はわかってるように言われるの、堪えるなぁ」    思考を巡らせるのに逸れたが真っ直ぐにオレの目を見ながら問うその姿に、胸の奥がぎゅうぎゅうと締め付けられる。  恐らく朧はデートした時と同じように「遊羅が怖いからか」という疑問が過ぎったのだろう。なのに「やっぱり」と口にはせず、その時のオレの答えを思い出して問う言葉を変えた。  それはどうせ聞いても同じことを言うだろうと諦めもあったのかもしれないが、そうだとしても先程「わからない」と拒絶の色を滲ませていたのと同じ口で言われたのは堪えられない。  そんなの、喜びでしかない。  嬉しくて、ニヤついてしまいそうになるのを隠すように両手で口元を覆えば結果的に理解できないと呆れられたけど構わない。   「好きな人が傷付くのは嫌だよ。少なくともオレは、朧が好きだから危ない目に遭ったり傷付いて欲しくない。でも今のままでは避けられないこともオレでは朧を守れないこともわかるから、ならキミを守ってくれる遊羅くんが一番動きやすいようにするだけ」    質問に対する答えではないから落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸をしてから静かに待っている朧にそう告げれば何故か朧はひどく複雑そうな表情を浮かべていた。  一体なにを考えている顔なんだろうと思っていたら、次第に不満が露わになっていく。   「しゆのことでわかったことがある」 「なに?」 「なにがしゆの怒りに触れるのかわからない」    両腕を組みながら不服だと訴えられつつ攻撃にならない嫌味をぶつけられたが、何故だろう。  不思議なくらい言いたいだけなんだろうなというのが伝わってきてしまい「あはは」と笑ったらその反応が来るのを待っていたと言わんばかりに満足そうに瞳を細めたのが見えて、オレも自然と自分の顔が綻んだのがわかった。    恐怖に冷え切っていたはずの指先は発火しそうなほど熱を持っていたけれど、愛おしさに彼の手を掴むことも出来ぬ臆病な自分に両手が再び震えていた。

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