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第1話 選択肢C

 貞操観念? っていうやつ、すっごいガバガバだけどさ。 「そーゆーことしてなりたいわけじゃないんだよっ!」  でも、誰だって、ピカピカした宝物って、小さな頃に持ってたでしょ? 家族で行った海水浴で見つけた、どこにでもありそうな、けれど、綺麗に形を残した貝殻とか。公園で見つけた魔法の杖みたいな小枝とか。  知らない他人にしてみたら、ただのゴミだったりする。無価値で無意味なものだったりする。  けど、自分にとっては大事な宝物。  そういうのが俺にもあって。  それだけは大事にしてるんだ。  俺の大事な「夢」だったから。  他人にしてみたら、たいしたことじゃなくても。 「ふざけんなっ!」  だから、諦めた。  人生って選択の連続だと思うんだ。  よく占いであるじゃん。占いじゃない、かな。それやると、性格とか、自分はどんなタイプなのか、とかがわかるっていうの。  質問があって二択するやつ。  スタート地点に一個質問があってさ。Aを選んだら、質問五に飛んで、Bを選んだら質問七へ飛んで、また二択の質問に答えてって、それを毎回選んで進んでくと、どっかに辿り着く。場所には、貴方はこういう人ですって色々書いてあるやつ。  俺も今までずっとそういう二択の選択肢を選んできて、ここに至ってるんだろうなぁって。 「まほくん」 「こんばんわー」  今日は……おじさん。三回目? 四回目だっけ? リピーター。  でも、まぁ、このおじさん、あんま体力なくて早めに終わってくれるから、ちょっと助かるんだよね。 「今日もよろしく」 「……ども」  一昨日はしつこくされたせいで、次の日、もう腰がダルくて仕方なかったんだよね。 「まほくん、この間、すごく可愛かったから、またリピートしちゃったよ」 「あはは、ありがとうございまーす」  顔なんて、たいして見てヤんないくせにね。 「あ、そうそうまほくん」  んでさ。  俺は多分その二択をいっつも間違えて、ダメな方を選んでるんだろうなぁって思う。 「まほくんは複数とか、いける?」 「え? ……いやー、あんま……」 「あっ! ……もちろん、一人分かける人数でいいよ」 「え、ちょ」  それは。 「そんなん、聞いてないんだけど」  ね。きっと、ずっと、俺はダメな方の選択肢を選んでる。 「んーでも、もう呼んじゃったんだよ」 「は? そんなの知らない。勝手に」  その中でさ、あ、また選択肢出てきたって思った時にさ、ふと思い出すことがある。この選択肢の前の前の、ずっと、もっとずーっと前の、あの時にさ。  ――すっ、好きですっ!  あの、すごく真面目そうな告白にOKをしていたなら、俺の今って全く違っていたのかなぁって、思うんだ。 「もうあと二人。だから四万円かける三。ホテルもいいホテルだよ? 夜景も楽しめるし」 「!」  両手の太くてむくんだ指をニョキニョキと気味悪く動かしてる。そんなのいらないって突っぱねられたらいいのに。 「っ」  ふざけんなって言えたらいいのに。 「どう?」  十二万っていう数字にちょっと躊躇うんだ。  こういうとこ。  俺のダメなとこ。  イヤだなって思っても、ズルズルと「ダメ」な方の選択肢に引き寄せられるとこ。 「あー……」 「ね? いーでしょ? なんも危ないこととか、まほくんが怖がるようなことしないし。騙そうとしたんじゃなくてさ。こうしたら、お店にはシングル料金ってことになるけど、まほくんは三人分稼いでもらって。お店に三人分入れなくてよくなるでしょ?」  怖いことなんてされてたまるか、って感じなんだけど。 「おじさんもまたまほくんを指名したいから、お店に出禁されちゃうようなことは絶対にしないし。安心してよ」  店なんて守ってくれない。俺らと、そこらへんの街中で立って、身体を買ってくれるのを待ってる女の子との違いなんてたいしてないよ。五十歩百歩ってやつ。 「一度でいいから複数してみたかったんだよ」 「……」 「ね?」  この前、この人、けっこう優しかったし。楽だったから、今回も楽なんじゃん? それで十二万なら……まぁ……。 「あー……」  別に。 「じゃあ、行こうか? 最上階だよ? ホテルの」 「……」  ――す、好きですっ!  ほら、そして、そんなふうにダメなほうの選択肢を選びそうになる度に、あの時の告白を思い出す。  断らなかったらよかったのにさ。  そしたら、今、目の前にある選択肢のもっとずっとずっと、ずーっと前のところからやり直せるのにね。 「じゃあ」 「やった。まほくん、嬉しいなぁ」  けど、もうそんな選択肢は手が届かないほど大昔すぎて、やり直しなんてできるわけがないってわかってるから。後ろに向かって手を伸ばすようなこともしないんだ。  そんで、また、俺は――。 「二十万出す」 「!」  心臓が、止まった。 「な? なんだ、お前は」  おじさんが。 「おいっ、邪魔するなっ」  見えなくなっちゃった。 「……二十万」  誰? この人。  知らないんだけど。 「一晩で二十万なら、このオヤジが提示したのより高いか?」 「は、はい?」 「二十万じゃ、低い? なら、三十万」 「は? 何言って」  意味わかんないんだけど。  誰?  目の前には黒髪の長身。黒いマスクで顔、見えないんだけど。若くて、同じ歳くらい?  何言ってんの? 「三十万は?」 「え、ちょ」 「このオヤジが提示した金額よりは高い?」 「え、ま、まぁ」 「じゃあ、決まり」 「は?」 「あんたは? 三十万以上出す?」 「はい? お前、誰なんだ。何言ってるんだ」  俺と同じことを、この謎の人の背後に隠れちゃって姿が見えなくなっちゃおじさんが叫んでる。 「三十万以上出すか?」  そんなおじさんの金切声に、周囲がちらりちらりって視線を向けてた。まぁ、そうでしょ。駅前、夜の九時過ぎ。男が三人、おじさんと若い感じのが言い合いになってるのんだ。誰? 何? ってなるでしょ。興味津々って視線が集まりはじめてる。 「っ、なんなんだっ」  その視線に居心地が悪くなった上に、争い事だって、カメラを向けようとした通行人が目に入って、おじさんは逃げるようにこの場を立ち去っていった。  どう、すんだろ。  あのホテルの最上階に、行くのかな? おじさんのお友達二人、かは確証ないけどさ。行ってみたら、もっと大勢とか……想像すると怖いけど。そこに謝りに行くのかな。 「行くか」 「は? ちょっ」  手、掴まれた。 「何?」  そして、そのまま俺はこの人に連れ去られてく。 「……ねぇっ」  今、目の前にあった選択肢、Aを選んだら、おじさんとホテルに行ってた。十二万をゲット、はしてた。 「ねぇってば」  Bを選んだら、断ってた。十二万はなし、だった。  Cは、なかった。  知らない人になんか急にさらってもらう。そんな選択肢Cは、なかった。

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