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第40話 明隆視点 青い春

 まだ七月にもなっていないのに、暑い日が続いてた。  梅雨に入ったと言われたはずなのに、雨どころかレーザー光線みたいに強い日差しばかりが降り注いでいた。  ――明隆くんが探してた、例の先輩、駅で見かけたって言ってたよー。  うんざりするほどの熱気が駅の改札手前には詰まっている気がして、その熱気に占領されているのか、空気が薄い気がする。  どれだけの人が、今、ここにいるんだろう。  人、人、人で。  その中から、あの人を見つけることができたら、奇跡のような気がしてくる。  この暑さだ。いても、すぐに移動してしまうんじゃないか?  駅の改札前といったって、広いんだ。ここじゃないかもしれない。柱が邪魔をして見つけられないかもしれない。  ――噂だよ? けど、駅のとこで見かけたって、すごい綺麗な人で、同学年では有名な人だったから、多分そうだと思うって、この間、演劇科の男子が話してた……けど。  今日は、ここの駅じゃないのかもしれない。いつもこの駅前が待ち合わせ場所になってるとは限らない。  ――夕方だったって。  そもそも駅で待ち合わせなんて、普段はしてないのかもしれない。たまたま、その演劇科の奴が見かけたってだけ、だったのかもしれない。  ――同じ高校だったんだっけ? けど、どうしてそんな探してんの?  もしも、会えたら。 『じゃあ』  そんな声が聞こえてきた。記憶の中にある彼の声よりも少し疲れていそうだったけれど、確かにあの人の声だった。 『やった。まほくん、嬉しいなぁ』  それから、馴れ馴れしくあの人の名前を呟く知らない声。 「! ……いた」  奇跡だと、思う。  もしも、これだけの人の中からあの人を見つけ出せたら、運命、なんじゃないかって。 「二十万出す」  そう思った。  そして、その運命を鷲掴みするように、駆け足で、あの人と、知らない男の間に割り込んだ。 「……視聴覚室……ここだ」  映画はそもそも好きだけど、でも、話が合うというか、自分と同じくらいに映画に詳しい人なんて会ったことがないから、そんなに期待してるわけじゃないんだ。  映画鑑賞が趣味って、人に話したことはあんまりないし。そう言うと必ず、どの映画が好き? って訊かれるから。答えたところで、僕が好きな映画を知っている人はいなくて、話が弾まない。  会話術に長けてる訳でもないから、会話はそこで途切れてしまって。お互いにただただ居心地の悪い空間になってしまうから。 「……あ、の」  あれ?  ここだよね?  視聴覚室。映画研究部はここって、昨日、先生にもらったプリントにあったけど。  でも、ちょっと違ってたかもしれない。  映画研究部、は、やめておいたほうがいいかもしれない。  人を見た目で判断するのは良くないけれど。  僕の苦手な感じの人が多いし。  映画観てないし。  お菓子を食べながら、ただ休憩しているだけのように思える。あ、あの人、知ってる。今朝、クラスの女子が騒いでた。サッカーがすごく上手くて、プロチームの育成コースに入ってるとか、言ってた。なんで、そんなサッカー選手が映画研究部にいるのだろう。  居心地悪い。  やっぱりやめて――。 「一年生?」 「……ぇ、ぁ」 「どうぞー」  綺麗な、人だ。  髪の色も綺麗だ。染めてる、んだろうな。不良。何年生なんだろう。肌が白くて、声が澄んでて。 「好きなとこに座って」  あ、はい。そう答えたつもりだったけど、緊張していて、声が上手く発せなかった。 「部長はもうそろそろ来るんじゃないかな」  あ、この人が部長じゃないんだ。 「今日は俺の当番なんだよねぇ」  当番? なんのだろう。 「あ、えとね、うちの映画研究部は、順番に好きな映画を持参して、それをプレゼンしてから鑑賞会をするって感じで。感想とかもその後言ったりするんだよ」  へぇ、ちょっと楽しそうだ。僕、映画の感想とか誰かに話したことないし、聞いたりもしたことないから。ちょっと、興味、あるかも。 「あー、あそこは気にしないで」  そう言ってその人が指差したのはサッカー選手って言われてる人と、他数人の一団だった。 「は、ぃ」 「多分、部長、遅くなるんだよね。今日、委員会って言ってたから。じゃあ、もう映画観ちゃおうっか。二時間あるから、帰り遅くなるし。プレゼンは部長が来てからで」  そう言って、その人がディスクをテキパキと用意していく。  どんな映画だろう。  まぁ、きっと、メジャーな――。 「!」  あ、これ、知ってる。この監督は。 「俺、この監督の映画が好きでさぁ」 「!」 「これは映画館でも観たんだけど、もう何回も観ちゃって、ちょっと飽きたくらい」  そう呟いたその人が僕の隣に座った。  澄んだ声が、映画の邪魔をしないようにとそっとおしゃべりをしてくれる。  ここのシーンがすごく好きだとか、この俳優さんは今はこうだけど、この時はすごく素敵だったとか。音楽監督のことも、このシーンはどうだとか、色々。 「ごめんね。静かに観たい、よね」 「あ、いえ」  青味がかかった映像が得意な監督なんですよね。他ので緑の時もあったの覚えてます。緑だと血の描写の時、黒く見えるからあえてそうしたってインタビューで言ってました。あと、音楽監督はずっと同じ人と組んでることが多いですよね。つい最近の映画作品でもそうしてました。 「……」  そう言いたかったけど、言い忘れてしまった。  青色が強調された映画がスクリーンの映し出されてるせいで、その光を浴びている、その人の横顔がとても綺麗だったから。話しかけたら、こっちへ視線を向けてしまうだろう。そうしたら、僕はまた何も言えなくて、つまらないだろうし、何より、僕は視線を逸らさなくちゃいけなくて。  見てたかったから。  この人の綺麗な横顔を見てたかったから。  ただ黙って、青色の光に照らされたその横顔をちらりちらりと、見ていた。  とても綺麗だった。

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