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愛になるまで編  10 恋ってやつは、愛ってやつだ。

「はぁぁ? 準備が上手くて、困ってるだぁぁぁ?」 「ちょおおおおお! 静かにっ! ここ、外!」  シー、って指を一本、口元に持っていくと、ナオが「はぁ?」って喧嘩越しな溜め息を一つこぼした。 「……何? 馬に蹴られたい?」 「なにそれ」 「……」  むすっとした顔をして、もう可愛い癒し系天使タイプ……ではないなって確信できるナオが俺のことを睨んでる。  いや、だって、急に馬に蹴られましても。午年とかにかけてるみたいな? こと? 「いや、説明とか萎えるからスルーして。んで? 何?」 「いや、だからさぁ、アキくん、器用というか、なんていうの? 俺のことを俺以上にわかってるっていうかさぁ。もう準備が準備じゃなくなってるっていうか。準備なのに、もうすでに気持ち良くて、いざ、じゃあって頃にはもうトロトロでやばいんだって」  まさに、堕ちてる、って感じ。蕩けてて、もうどうなってもいいって感じになっちゃってる。  アキくんになら何されてもいいですっていうかさ。 「ふーん……」  アキくんとの前は、鬱陶しかったり、仕方ないことだって思ってみたり。相手にさせるのは申し訳ないって、本当に思ってたし、マナーじゃないけどさ、するんならこっちでそれは片付けておくんで、みたいに思ってた。もちろん、相手にやって欲しいなんて、ちっとも思わなかったのに。  今は、アキくんにして欲しいなんて思っちゃってる。 「けどさ」 「?」 「それだけ、相手は麻幌のことよく見てるってことなんだろうね」 「……」 「だって、いうても、麻幌はそういうの仕事にしてプロなわけじゃん。オーナーだって自分のところのキャストに招くくらいに麻幌は上手なわけでしょ? そんな麻幌が骨抜きのふわふわなお馬鹿さんになるくらいって、よっぽど麻幌のこと見て知ってないと無理でしょ」  よっぽど見て。  ――あ、先輩、体育、お疲れ様、です。  そう挨拶されたこと、あったっけ。なんで体育あったって知ってんだろうって思った。  ――先輩、これ、折りたたみ傘使ってください。  そう言われて、ずぶ濡れになって帰らなくてよかったことも、あった。 「麻幌のことずっと見てたってことでしょ」 「……」 「よかったね。本当にたった一人の人、に出会えてさ」 「!」  今のナオはもっと図太くて、強くて、逞しい。けど、やっぱ、可愛い癒し系天使、でもあって。ふわりと微笑むと、ただそれだけで、甘やかな花の香りがして来る気がした。 「って、いうか! 今、馬鹿って言わなかった?」 「あはは」 「おいー!」 「いや、ただの惚気を小一時間聞かされるんだから小言も言いたいでしょ」  けどさ。 「もういっぱいサワー頼もうかな」 「ちょ、話逸らすな!」  けど、今のナオの方が前のナオよりずっと、ずっと。 「あははは」  天使みたいに笑うなって思った。  これ、けっこう好き。街中、たっくさんの人がいる中でアキくんを見つけるの。  ほら、見つけた。  アキくん。 「麻幌」  アキくんも俺をすぐに見つけちゃった。  ナオと飲んでたり、仕事の帰りだったり、アキくんと外で待ち合わせて、その姿を見つけた瞬間が、けっこう好き。  とにかくかっこいいんだよね。  パッとさ、本当に惹きつけられるように見つけられる。そして、惹き寄せられるようにアキくんも俺を見つけてくれる。こんなに山ほど人がいる中で俺が見つけた。  運命なんじゃない? なんて思えてくるから、好き。  俺の。 「楽しかった?」 「うん」  俺にとっての幸せの塊みたいな人。 「なら良かった」  彼に触れられたら幸せになれる。彼に呼ばれたら、幸福感で満たされる。彼が笑ってくれたらその日は一日中笑顔でいられる。彼がそばにいたら、その日が雨降りでも、雹でもなんでも、どんな一日だとしても、最高の一日になる。 「アキくんは? 今日って、英語のテストだったんでしょ」 「まぁまぁ」 「おー」 「いつか麻幌が海外デビューした時に英語通訳できるくらいには上出来」 「っぷは、またそれ言ってる」  彼がいたら、もうなんもいらない、とか思えちゃってる。 「俺が映画監督で海外デビューなんて、夢の……」  その時だった。 「え? あれって!」 「オーディション受かったって言ってた」 「ええええ! すご!」  大手アパレルメーカーのブランドモデルに、あの女の子がいた。俳優科の、アキくんにアピールしてた彼女。 「ええええっ」  すごいじゃん。え? なに? これって出世街道まっしぐらコースなんじゃ? 「えー、こんなにすごい子だったなんて」 「……」  二人でその広告を見上げた。やっぱキレーな子。そして、あの時と同じく、自分の欲しいものは何をしても手に入れる強かさがその眼差しにちゃんと宿ってた。 「……逃がした魚は……だったりして」 「?」 「めちゃくちゃアピールされてたじゃん! こんな有名人になるなんてさぁ」 「ないよ」  即答でそう答えたアキくんは吹き付ける風に少し目を細めた。 「どんな人に声をかけられても、別に」 「……」 「麻幌が好きなのは昔からずっと変わらないから」 「!」  ―― それだけ、相手は麻幌のことよく見てるってことなんだろうね。  やば。  今の、微笑んだの、やばい。  このままここで蕩けちゃうとこだった。 「も、もおおお、アキくんって、アキくんって」 「?」 「……最高って思っただけ」  彼に触れられたら嬉しくなって、呼ばれたら幸福で。  ――よかったね。本当にたった一人の人、に出会えてさ。  彼が隣にいるだけで最高に幸せだって。 「早く帰ろうよ、アキくん」 「あぁ」 「早く帰って、イチャイチャしたい」 「あぁ」  彼は俺の幸せの塊。

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