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第6話
こうなったら、もう寝る!
誘のベッドに入って布団を被った。誘が謝ってきても、夕飯の希望メニューを聞いたりと声をかけてきても無視っ!!
バカ誘め。せっかく前を向いていたのに水を差しやがって。
ホントにふて寝するつもりが、
「もーーーっ!!!」
誘が力づくで布団を剥ぎ取ってきた。
「透くんったらいつまで無視する気? いい加減起きてよ、ほら! 起きないならこうしちゃうぞ!」
「あっ!? っ、バカ、バカ、誘、やめろ!! あー!! マジでやめろって!!」
卑怯にもくすぐり始めた誘に、俺はたまらず起き上がる。身をよじって避けるが、俺の脇をがっちり捕まえてる誘の腕力には敵わない。
「ヤダヤダ、離せよ! くすぐりは反則!!」
「だって透くんが一人で寝るんだもん!」
全力で交戦して、不意に右手が自由になる。俺は誘の胸を押し返し、ベッドから逃げようとしたが、誘のほうが一枚上で、あっけなく捕まってしまった。
「俺の勝ち」
「だから離せって! 離さないと差し入れ持って今すぐ帰るぞ!」
「えー……」
貧乏人の誘にとって、ビールや山のようなお菓子を失うのは惜しいんだろう。誘の手が離れた。つまり勝負は俺の勝ち。
「……さ、何して遊ぼっか?」
すっかり酔いもさめたし、今のことは水に流してやることにして、テレビ前の座椅子に座りなおした。くだらない言い合いをしてる場合じゃない、貴重な休日なんだからめいっぱい遊ばないと。前回の続きでゲームで対戦するもよし、おもしろ動画を見るもよし。料理上手の誘の飯も楽しみだ。
ここは俺の安らぎの場所。結婚してもたまには、差し入れを持って遊びに来よう。
誘も俺に従い、隣の座椅子に座った。
「透くんさ、明日も日曜だから休みだろ? 泊まっていけよ」
「もちろんそのつもり~」
俺の歯ブラシと着替えは、お泊りセットとしてここに常備されている。今夜はオールだ。たとえ誘が眠くなっても寝かせてやんない。
スナック菓子も開いて準備万端。なのに、隣の誘はいつまでも缶ビールを持った指先でスマホをつついている。食いながら待っていると、やっとこっちを見た。
「よし誘、なにする? たまには誘に付き合って将棋でもいいよ?」
棚の中の将棋盤に手を伸ばす俺の背後で誘が立ち上がった。勝負に備えてまずはトイレにでも行くつもりか。
「ちょっと俺、コンビニ行ってくるわ。婚姻届をネットプリントしてくるから書いてね」
「…………はい?」
振り返ると、誘は上着に袖を通していた。
「透くんがどうしてもっていうなら、俺が結婚してあげる」
「ハァッ!?」
何を恩義せがましく言い出すやら。とことん俺の話を聞いてない誘を思わず鼻で笑ってしまった。
「バカ誘となんか誰が結婚するかよ! それじゃ俺が養う側じゃん!」
「俺がバイト増やして、透くんの分も稼ぐよ。透くんは仕事辞めてオーケー。それでいーでしょ?」
「いいわけねーだろ!!」
それでも誘は財布をつかんで部屋から出ていこうとする。引き留める俺の手は速攻で振りほどかれた。
「なんなんだよ、俺が結婚するってそんなにキレること!?」
「まさか! 俺は結婚できて嬉しいよ。これからも透くんとずっと一緒にいれるんだもん。すぐ帰るから待っててね!」
まるで子どものような無邪気な笑顔。立ちつくす俺と誘の間で、錆びた玄関ドアが音を立てて閉まった。
「…………お、俺をからかってるだけだよな、そうだよな……?」
一人きりになった部屋で、落ち着こうとベッドに腰かけて、すぐに飛び上がる。コ、コンドーム!? さっきふて寝したときはなかったぞ。まさか…泊まっていけって言ってたのは、そういうことなのか!?
誘って奴は、なまけものだし、いつもヘラヘラしてバイトは単純な肉体労働しか続かないバカ。それでいて大学一年生で司法試験を合格した天才でもあって、頭がメチャクチャとは思ってたけど、ここまでとは。
「誰がフリーターなんかに抱かれるかよ……」
親友だと思ってたのに、俺のこと軽く見やがって。
俺は誘を待たずに部屋を出た。幽霊トンネルの中で誘と出くわしたけど、大声で撃退した。
そして無事に帰ってきた──と思ったが。鍵を出そうとカバンを開けた俺の目に飛び込んできたのは、綺麗に折りたたまれた婚姻届だった。しかも誘の欄が記入済みじゃねーか。
「信じらんねえ、本気だったのかよ……」
頭を抱える俺を、同じマンションの住人がじろじろ見て通りすぎていった。
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