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第23話

 そして一ヶ月が経った。予想通り、俺は墨谷さんに使い倒されて毎日が瀕死状態だ……。 「あ~~~、疲れたぁ……」  命からがら、金曜の夜を迎えた。しかし乗り込んだ終電は飲み会帰りのサラリーマンでいっぱい。そのうちの一人に一緒に飲みに行こうと絡まれた上、振り払って駅の外に出たら突然の大雨に降られた。コンビニで買った傘をさしても濡れるほど。  やっと帰り着いて、散らかった部屋のソファに倒れ込んだら、もう動けない……。 「墨谷さんの嘘つきぃ……」  サブ営業をする代わりに、ミスしても怒らないって言ったくせに、案の定、ここがダメあそこがダメと細かくケチをつけてばかりで、まじで全っ然優しくない。  向こうは向こうで、今頃、俺なんか選んだことを後悔してるに違いない。でも今さらチェンジとも言えないんだろ~な~。  墨谷さんは締め会に着くなり俺をサブ営業にすると部長の前で宣言し、それはちょっとまずいと渋る部長に自分が全ての責任を持つと言って押し切ってしまった。  もちろん、みんな俺が墨谷さんのサブなんて納得するわけがない。  散々イヤミを言われた挙げ句、 「木原さぁ、どうやって取り入ったんだよ。ハハ……まさか、墨谷課長と寝たとか!?」  下衆なセリフに下衆な連中がワッと盛り上がった。  隣に座っていた墨谷さんに聞こえなかった訳がない。なのに、まるで知らん顔して言い返さなかった。笑う同僚の中で俺だけが絶望して……。  俺は一体いつまで傷つけばいいんだ。  ヤケになってレモンサワーを何杯か飲んだら悪酔いして、最悪の気分で目が覚めたときには墨谷さんとタクシーの中だった。 「────……んんっ」  いかん。うっかり寝落ちしかけてた。両目をこすって体を起こす。眠たいけどこれからまだやることがいっぱい残ってる。  とりあえず、現在胸ポケットでブルブル振動してるスマホを手に取った。こんな日付の変わる時間に、俺に連絡してくる迷惑野郎は誘しかいない。……と思いきや、画面には『メール:墨谷 文人』の表示。 「げっ!?」  一体何の用だ。考えを巡らせる。そういえば俺が帰るときも墨谷さんはまだデスクに居残って仕事してたけど、まさかまだ会社にいんの?  帰る直前に提出してきた次回打ち合わせのためのヒアリングシート、何度も見直ししたけど、俺のことだからどっか間違ってたのかもしれない。今すぐ戻ってきて直せとかだったりして。  生唾を飲み込んで、おそるおそるメールを開いた。 『墨谷だ。今週も遅くまでお疲れ様。木原が会社を出た時刻から考えて、すでに無事に自宅に到着している頃だと思うが、違わないよな。念のため言っておくが、週末だからといって羽目をはずさず、月曜に備えてよく休んでおくように。  ──用件だが、今後の営業活動計画書をいま送った。木原も確認して週明けに意見を聞かせてくれ。もし質問があればいつでも連絡してくれて構わない。以上』  ……なんだよ、心配して損した。っていうかこれなら月曜でよくない? さすがの墨谷さんも疲れてんのかな。  添付されているファイル2つは後で見ることにして、ホーム画面に戻った。画面に収まらないほどずらりと通知が並んでいる。  勤務中に私用の連絡は、墨谷さんの視線が気になってろくに見れないので、こうして帰宅後にまとめて目を通すしかない。  鶴矢 巡 12:30PM 『お仕事おつかれさまです、鶴矢です。朝にモーニングコールしたとき、とっても眠そうでしたが、その後ちゃんと起きれましたか? 光栄にも、透くんを起こす役目をいただいたからには、もし透くんが寝坊した場合は責任をとります! さて明日の透くんのお見合いに私も付き添わせていただきます。ご自宅までお迎えに参りますので、どうぞよろしくお願いします』  雨宮 誘 18:40PM 『やっほ~。誘だけど、透くんとはいつになったら会えるのかな? 俺、本当に急ぎで透くんに話したいことがあるんだって! 明日は休みなんだから、またうちに来てよ。久しぶりにたこ焼きパーティーしよ! 待ってるからね』  A.Sさんからのメッセージ 2030PM 『こんばんは。明日やっとお会いできますね。私は朝からすでに緊張して仕事が手につかず困りました。改めて、前回のお約束では急な仕事で延期をお願いしてしまったこと、お詫び申し上げます。同じようなことが二度とないように、部下に事情を説明し協力をお願いしました。お詫びのプレゼントも用意していますので受け取ってください。それでは明日、よろしくお願いいたします』  エトワール会員アプリの通知(xx件) 『xx件の新規申し込みがあります』 『xx件のフレンドからのメッセージがあります』 『xx名以上から新規マッチングが行われました』  … 「…………よし」  アプリのメッセージは数が多すぎて、目を通すのは諦めた。  仕事が忙しすぎるせいで、もはや、ろくに婚活ができていない。申し込みはいまだに途絶えないものの、俺の返事が遅くて、キツイ文句を言われてフラれることもある。  でも別に気にしてない。だって俺の本命はA.Sさんで、明日会いに行く。  気合いを入れて立ち上がり、部屋の一番奥にあるクローゼットから明日着る予定の服を取り出した。  男の定番・ビジネススーツじゃなくて、夏らしい爽やかな白のシャツとベージュの細身のパンツに、アクセントとして紺と金のスカーフを合わせる。どこかのアイドルを気取ったような組み合わせだけど、いざ鏡の前で合わせると、童顔の俺がスーツを着るよりもよっぽど大人っぽくて素敵に見える。  この最高にセンスが良い服は、鶴矢さんからのプレゼントだ。  実は、A.Sさんとのお見合いは本当なら1ヶ月も前の約束だった。だけどA.Sさんの仕事の急用で、当日の朝にドタキャンされてしまい、かわりに鶴矢さんが俺とデートしてくれた。 「今日一日は私を透くんの彼氏にして下さい」  落ち込んだ俺に責任を感じたらしく、一日中エスコートしてくれて、帰りには高級ブランド店でこの服を買ってくれた。申し訳なかったけど、すっごく嬉しかった~! 「えへへ……鶴矢さん明日もまた、可愛いって褒めてくれるかな……」  精一杯の可愛い笑顔を作って鏡の自分を覗き込んだ瞬間──。  背筋が凍りついた。  俺のすぐ後ろに、床に滴るほどびしょ濡れで、黒づくめのフードを目深にかぶった大男が立っていた。

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