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第27話

「ぜっ、ぜひ連れて行ってください! 楽しみにしてますっ!」  俺の返事に清一郎さんははりきって、俺と行きたいゴルフ場を次々に挙げた。どれも難易度は高くなくて基本的なコースだそうで、初心者の俺でもなんとかついていけそうだ。  代わりに俺は最近見つけた美味しいラーメン屋さんを清一郎さんに教えてあげた。  銀座にある老舗トンカツ店が出したトンカツラーメンで、スープは味噌味かソース味が選べて俺のオススメはソース味。トンカツにラーメンなんて脂っこいかと思いきや意外にもあっさりと上品な味わいだ。 「へぇ~~! そんなラーメンがあるなんて僕は全然知りませんでした!」  俺の話に清一郎さんは興味深々で、せっかくだから食べてみたいと言ってくれた。 「ちょうど銀座にご一緒したいと思っていたんです。どうでしょう、これから僕の車でドライブは? 銀座では透くんが気になるお店を回って、お腹が空いた頃にそのラーメン屋さんで食事をしましょう」 「いいんですか!? 嬉しいです!」  まだ二時半だから、夜までかなり長く一緒に過ごせる。もしかしたら今日のうちに身も心もラブラブになっちゃったりして……。  そうと決まれば善は急げ。  俺は、しばらく聞き役に徹していた鶴矢さんに話しかけた。 「そういうわけなので、行ってきてもいいですか?」  鶴矢さんは空になったコーヒーカップをソーサーに戻して「はい」とうなずいた。 「ただし一つだけ。弊社エトワールではデートは交際開始”後”にお願いしております。今すぐにお出かけなさるなら、お互いの面前で交際意思の確認をすることになってしまいます……。今日のところは焦らずに日を改めてはいかがでしょうか?」  そういえばそうだった。行きのタクシーでもデートは交際がスタートしてからだって説明されていたのに、ピンときてなかった。  ……とはいえ、俺はもう清一郎さんに決めてる。清一郎さんも同じ気持ちなら、このままデートに行ける。 「…………」  清一郎さんにそっと視線を向けると、清一郎さんも俺を見ていてばっちり目が合った。俺が何かを言う前に、席を立って足早に去っていく。  ええええっ!? いい雰囲気だと思ってたのに、交際するのはイヤで帰っちゃうの!?  しかし清一郎さんは通路を回って、また俺の方へ。わけがわからなくて眼をしばたたかせる俺に、長い脚を折って俺にひざまづいた。 「透くん、どうか僕を選んでくださいませんか。貴方から愛されるためならなんだってします」  手を差し出す様はまるで王子様のプロポーズ。周りの人がみんなこっち見てる……。でも俺はこういうロマンティックをずっと夢見てた。 「はっ、はい! 喜んで!!」  俺は迷わずその手を取った。 「……では鶴矢さん。ドライブに行かせていただきますね」  振り返った清一郎さんに、鶴矢さんはムスッとした顔を見せた。いつもニコニコしてるのに、珍しい。 「……承知いたしました。それではすぐにお二人のステータスを変更させていただきます。どうぞ席にお戻りになってお待ちください」  鶴矢さんがタブレットで操作を終えてから、アプリを開くと、たしかに俺と清一郎さんはめでたく『フレンド』から『交際中』になっていた。 「透くん……僕は今の気持ちをなんと表現すればいいか分かりません」  スマホから顔を上げると、顔を真っ赤にした清一郎さんが俺の手を取った。 「精一杯尽くします。どうぞ末長くよろしくお願いいたします」 「こちらこそ、よろしくお願いします……!」  俺の手をすっぽり包む大きな手は、すごく温かくて、清一郎さんの優しさまで伝わってくるよう。こんな素敵な人が俺の初めての彼氏だなんて、本当に夢みたいだ。  清一郎さんの愛車は白いスポーツカーで、予想をはるかに超えた高級車だった。俺は低く響くエンジン音に圧倒されながら恐る恐る、清一郎さんが開けてくれたドアから乗り込んだ。 「行ってらっしゃいませ」  鶴矢さんに見送られて銀座へ出発。車の窓から見える景色は、仕事や用事で何度も通ってる道なのにまるで違う。それに運転席の清一郎さんの横顔がとにかくカッコ良くて、映画の中にいるみたい。  視線に気づいた清一郎さんと目が合ってしまって、エヘヘとごまかし笑い。清一郎さんも笑ってくれた。お互い顔が赤い。 「乗り心地はいかがですか?」 「は、はい! もちろん最高です! シートがふかふかで座っててもお尻が浮いてるみたい」 「それは良かった。どうぞ到着までリラックスして過ごして下さい」 「はい!」  子どもっぽいことしか言えなかったけど、ちょっとだけ緊張が解けたかもしれない。ところで……と、今度は俺から話しかけてみる。すぐに清一郎さんが「なんでしょう」と聞いてくれた。 「俺に敬語は止めて下さいね。俺は年下ですし、清一郎さんにもっと気楽な感じで話して欲しいです」  お互い敬語だと、あんまり恋人ぽくないから。俺としては軽い気持ちで言ったんだけど、清一郎さんはショックだったようだ。 「透くんのおっしゃることはごもっともです。ですが、僕としては、大切な恋人にこそ、誰よりも丁寧に接したく……。あっ、でも僕は、もちろん透くんの意見を尊重して……」  みるみる青くなっていく清一郎さん。タメ口がそんな難しい話だったかな!? 俺は慌てて手を振った。 「やっぱり今のままで結構です!」  だが、それはそれで清一郎さんの気がすまないらしい。 「透くんは好きに話して下さい。僕を年上などとお気遣いいただく必要はありませんので……」  でもそれじゃ、年上の清一郎さんが年下の俺に丁寧に話し、俺からはタメ口ってことになる。そんなの生意気すぎる。 「生意気なんてとんでもない! ぜひお願いします!」  ちょっと考えてやっぱり辞退した。  とりあえず、お互い敬語のままで。でも、清一郎さんはなぜか俺のタメ口が良かったみたい。ちょっとがっかりしていた。  さて、次のゴルフデートでは、清一郎さんは俺たちの他に同伴させたい人がいるそうだ。 「僕の従兄弟で、今は義理の弟です。頭も良いんですがスポーツも万能で、ゴルフは6歳で始めて、高校生で腕試しに受けたプロテストで合格してるんですよ」 「…………へ、へえ~~?……」  それって誘じゃん。俺がゴルフを始めたときに実はプロゴルファーだと自信満々に教えてくれた。ただし教え方が「ぽーい」とか「すこーん」とかばかりで良く分からないので、すぐに習うのを止めたけど。  じゃあ、俺がこのまま清一郎さんと結婚したら、誘は俺の義理の弟になるんだ。誘は、俺を義理の兄として歓迎する? たぶん無理だな。俺だって考えるだけでぞっとしない。 「──透くん、どうかしましたか?」  たずねられて顔を上げると、清一郎さんが心配そうな顔で俺を見ていた。 「顔色が悪いですよ。もしかして酔いましたか? 申し訳ありません。どこかに一度停めましょうか……」 「いいえ、違います! 清一郎さんの運転、すごく丁寧で快適ですよ!」 「そうですか? 僕の気のせいならいいんですが……」  まだ心配そうな清一郎さん。申し訳ないけど、俺が誘と知り合いだということは、今はまだ話せない。  誘は俺の恥ずかしい話や弱点は何でも知っている。俺の弟になりたくないからと、そういうのを清一郎さんに暴露されないよう、先に話をつけておかないと! (誘め。例え殴ってでも、俺の言うことを聞いてもらうからな!)  心の中で誘に宣戦布告をしつつ、清一郎さんに笑顔を返した。

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