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第32話
清一郎さんは、俺からは大人っぽく余裕に見えていたけど、内心では俺と同じく、俺の事を激しく意識していたらしい。
「緊張しているのを必死で隠してました。でも格好つけたところで、やはりボロが出ますね」
俺が幻滅していないか心配そうにしていたけど、俺はむしろ、そんな清一郎さんにホッとした。
初めてのお見合いを、仕事とはいえドタキャンされたのはショックだったし、鶴矢さんも不誠実だっていうし、実際どんな人かちょっと心配してたんだ。でも、目の前の清一郎さんは俺のことだけを見てくれる。この人ならきっと大丈夫。
清一郎さんは本当にゲームのことを何も知らないようで、俺はとりあえず基本的なことを教えた。
「ゲームには、スポーツとかカーレスとかシミュレーションとか、いろんなジャンルがあるので清一郎さんの気に入るものも絶対あると思います」
「透くんは何が好きなんですか?」
「何でもするけど……やっぱり流行りのFPSかな。簡単に言うと銃で戦うやつです。チーム戦はとにかく盛り上がるし。あとカーレースも好きです。このゲーム機なら、スピード感まで感じれるそうですよ」
「では僕もその二つをやってみましょう」
あっ、今チャンスかも?
「それで、いつ俺の部屋にゲームしに来てくれますか?」
俺はさっと清一郎さんの手をとった。上目遣いで見上げた清一郎さんはみるみる赤くなっていく。
俺だって恥ずかしいけど、初体験のためには自分から積極的に行かなくては!
「俺は一人暮らしなので、お泊りもしてってくださいっ」
誘には公園にでも行ってもらおう。
清一郎さんと見つめあった。お互い真っ赤で、心臓の音が聞こえてきそう……。
俺は耳を澄ませた。
やっぱり……かすかにだけど、聞こえる。
「清一郎さん、電話鳴ってません?」
「えっ、……本当だ!」
清一郎さんが青ざめた顔で胸ポケットを押さえた。
「すっ、すみません、今日だけは何があっても絶対にかけてくるなと秘書に言って、出てきたんですが……」
ブーーーーーン
一度気づくとさっきよりずっと大きく聞こえる。
「すみません、すぐに切ります」
清一郎さんが俺から手を離してスマホを取り出した。
「急ぎかもしれませんし、出たほうがいいですよ」
「いいえ出ません。デート中に仕事の電話には出ないようにと弟からも厳重に言われてます」
俺は気にしないのに、清一郎さんは着信を切ってしまった
「いいんですか?」
「ええ。問題ありません」
本当かなと思っていたら、すぐにまた清一郎さんの胸ポケットが鳴り出した。
ブーーーーーン
ブーーーーーン
「どうぞどうぞ、遠慮なく出てください」
俺は笑顔で勧めた。
清一郎さんは有名な法律事務所の次期社長。仕事の重要性は、万年アルバイトの誘とは比べ物にならない。
しかし清一郎さんの決心は固かった。
「いいんです!」
誘との約束を守って、スマホの電源をオフにしてしまった。あんなに鳴っていたのに。大丈夫なら良いけど……。
「大変失礼しました。さて透くん。他に欲しいものはありませんか?」
スマホを胸ポケットにしまい、清一郎さんが視線を向けた先、部屋の奥には、売場から運ばれてきた商品は、来たときよりさらに増えていた。
「こちらへどうぞ」
優しく背中を押される。
「お洋服、アクセサリー、ゴルフ用品、化粧品など、ご用意してくださってますから、何でも選んで下さい」
「い、いいえ、ゲーム機だけで十分です」
俺の声は届かなかった。
「これなんか似合いそうですよ。こっちもいいな。これも……」
次々と、庶民には手も出ないハイブランド品を、無邪気に手にとっては俺の前に並べ、
「さあ! 試着してみて下さい!」
「えっと……これ全部……?」
「はい!」
ズラリと並んだ商品を背景に、窓から入る夕日の光を浴びた清一郎さんが白い歯を見せて笑う。その笑顔は誘にそっくりだった。
俺は日か沈んでいくのを横目に、全身着替えさせられ続けた。
「ハァー……」
ヘトヘトで、やっと専用エレベーターから一階に戻って見た外は、すっかり暗かった。
「夕食にちょうどいいくらいの時間ですね。透くんお勧めのトンカツラーメン、楽しみです」
腕時計を見てる清一郎さんの腕にはたくさんの俺へのプレゼントが下がっている。購入した品は車まで運んでくれると言われたのに、清一郎さんは自分で持つと断った。
「こんなに沢山買ってもらってすみません。やっぱり俺も持ちます」
「大丈夫ですよ」
せめて一つでも、と手を伸ばしたが、清一郎さんはさっと腕を背中に回してしまった。俺はそれを追いかけて後ろに回ると、清一郎さんが腕を前にする。動くたび紙袋が擦れあってガサガサと音を立てた。
「意地悪しないで、かしてくださいっ」
「いいえ、僕が持ちます。これからは、運転も買い物も荷物持ちも、何だって僕にお任せ下さい。あなたは何もしなくていいし、僕以外の他の人にも任せないで下さいね。なにか希望があるときは、僕に言ってください」
「え……」
「さあ、行きましょう」
歩きだした清一郎さんに、俺も歩きだしたが、どうもひっかかった。俺だって子どもじゃない。大抵のことは出来るのに。
誘ならこう言うだろう。
『甘えとけばいいんだよ』
『意地を張るより、喜んで頼る子の方が可愛いよ~!』
どーせ、俺は意地っ張りで可愛くないよ。
心の中で言い返しながら、清一郎さんの腕を取った。誘なんかどうでもいいけど、清一郎さんは俺の恋人だ。
「あの、ちょっと待ってくれますか……」
清一郎さんはすぐ立ち止まってくれた。
「プレゼント、ありがとうございます。大切にします」
上目遣いで言う。みるみるうちに、清一郎さんの頬が緩んでいった。
「どういたしまして!! ぜひ、次のデートで着てきて下さいねっ」
誘へ。お前は意外と役に立つ奴だ。
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