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第31話

 手前のテーブルに用意された、おもてなしのアフタヌーンティーセットもあの日と同じだった。三段トレイに苺のショートケーキとマカロンの盛り合わせ、それにダージリン。ふんわり漂う甘い香りに鼻をくすぐられる。 「準備が整うまでゆっくりしていましょう」  前回は誘が座った席に、清一郎さんが座った。その向かいに俺も腰かける。給仕が紅茶を注ぎ、去っていった。 「透くんは甘いものは好きですか?」 「はい、とても!」  俺の返事に清一郎さんが顔を輝かせた。 「僕も甘いものには目がなくて。仕事の合間にしょっちゅうチョコレートの包みを開けては、秘書に怒られています」 「え? 怒られるんですか?」  それくらいで? 首を傾げた俺に、清一郎さんが苦笑する。 「”もし虫歯になっても、忙しいんだから歯医者に行く予定は入れられませんよ、調整などで私の仕事を増やさないで下さい”……ってね。厳しいんです」  だから最近は隠れて食べてます、と小声で言うから思わず笑ってしまった。  次期社長なのに秘書の尻に敷かれてるなんて。上の人ってもっとチヤホヤされていい気になってるもんだと思ってた。  紅茶とスイーツをひとしきり楽しんだころ、支配人が準備が整ったと呼びにきた。  向こう側にはちょっとしたお店が出来上がっている。誘のときとは違って、種類が多い。ゴルフバッグにぬいぐみ、あまりに雑多でなんだかフリーマーケットみたい……。 「清一郎さんは今日は何を選びにきたんですか?」 「透くんへのプレゼントです」 「へっ!? 俺!?」  そんな話、全然聞いてないけど!? 「何でも好きなものを選んで下さい。ここになくても下の階から運んでもらえますから」  てっきり清一郎さんの買い物かと思ってた俺に、どこに隠してあったのか、かなり大きい、両手で抱えるくらいのプレゼントボックスが差し出された。 「これは先日、あなたとの約束をキャンセルしてしまったお詫びです。仕事を優先し、あなたの元へ向かわなかった事、本当に後悔しています」  頭を下げられて、俺は慌てて両手を振る。 「そんな。仕事なら仕方ないし、気にしないでください」  だが、清一郎さんはそうはいかないらしい。清一郎さんは、俺とのお見合いをドタキャンした夜に鶴矢さんから電話がかかってきて、何か恐ろしい忠告を受け、さらに翌日には義弟、つまり誘にも非難された。 『約束を破るなんて絶対に幻滅されたね』 『このままだとフラれちゃうからね』  そんな心ない言葉のせいで、食事は喉を通らず、夜は眠れなかったと清一郎さんは俺に語った。 「そのようなわけで、このプレゼントは愚かな僕のために弟が一生懸命考えてくれました。これなら、きっと気に入ってくれると言って……」  誘は相手が俺とは知らず、俺と会うのを楽しみにしているらしい。  清一郎さんと誘ってずいぶん仲が良いんだ。  清一郎さんは誘を信頼してるようだし、誘は他人のことに首を突っ込まない主義なのに、そこまで親身に相談に乗ってるんだから。  ならば誘、こんな素敵な身内がいるって早く教えて欲しかった……。 「僕は二度とあなたとの約束を破らないと誓います。だからどうか受け取ってください」  本当に俺はお詫びなんかいらないんだけど、辛い思いをした話を聞いたあとでは断れない。 「それじゃあ、お言葉に甘えて……」  清一郎さんに切羽つまった顔で見守られながら、プレゼントを開いた。  選んだのが誘だし。どうせ変なものだろうと、期待してなかったのに。 「っ……えぇっっっ!? うそっ!? コレっ、マジ!?!?」  驚きのあまり、それまでのよそ行きの顔がふっとんで地で叫んでしまった。 「透くんのご趣味はゲームでしたよね。恥ずかしながら僕はガリ勉で、ゲームに詳しくはないのですが……。弟に、今、このゲーム機が人気だと教えてもらって、こちらで取り寄せていただきました」  箱の中は先月発売したばかりのゲーム機だった。ゲームに興味がない人にはただの大きい箱だろうけど、世界中のゲーマーたちはみんなこれを欲しがってる。他に類を見ない高性能AIが搭載されていて、同時に多数の人格と会話可能なため、まるで友達が何人も集まったような感覚で、協力・対戦プレイできるのが売りだ。発表直後から人気が集中し、日本円で二十万と高額にも関わらず、発売即完売。その後は常に品切れで、たまの抽選は超低確率、多くの人は指を咥えて有名ユーチューバーのゲーム実況を見ている。  しかもこのアニバーサリー・エディションはオプションフル装備かつ限定カラー『バトルシップグレー』という戦艦をイメージした重厚感のある灰色がかっこいいと特に人気で、転売市場では百万以上の値で取引されている激レア品だ。そしてなぜ俺がこんなに詳しいかと言うと、他のゲーマーと違わずこのゲーム機が欲しくて、一日一回はスマホで情報を見てたから。 「よく手にはいりましたね!? 実は俺も手に入れようと頑張ったんですけど、全然無理でしたよ」  ちなみに誘も俺のために何度か抽選に応募したけどダメだった。それなのに、無責任なアイデアで清一郎さんまでも苦労する羽目になったようだ。 「ええ。本当に入手困難な品ですね。本当は僕自身で用意したかったのですが、どうにもならなくて、こちらのバイヤーにご相談したところ、手を尽くして用意して下さいました」 「すみません、大変でしたよね」  全くあいつはもぉー、清一郎さんを困らせて~。それにしても、清一郎さんは急にそわそわして目が合わないような……。 「いいえ探すのも楽しかったです。なにしろ、僕がどうしても欲しくなったから……」 「あっ、なるほど。それなら、清一郎さんが持って帰ってください。俺は現物を見れただけで十分です」  俺が返したら清一郎さんは慌てて押し返した。 「ち、違うんです。これは透くんに貰っていただかないと!」 「? だって清一郎さんが欲しいって……」  もう一度返そうとしたが、清一郎さんは頑なにゲーム機を俺に渡した。困る俺に清一郎さんも困っている。そんなやりとりを二週して、やっと理由を教えてくれた。 「その……弟が……。勉強しか取り柄のない、つまらない僕のために、あなたにゲームを教えてもらって、一緒に遊べばきっと仲良くなれると……。それで、けっ、結婚したら、新居に置いて……なんて話をするから、僕も夢を見てしまって……」  図々しいですよね、……ってそんなわけがない。清一郎さんが俺との結婚を本気で考えてくれてるなら、俺はいつでも受けられる。それで新居では、このゲーム機は寝室に置いて、ダブルベッドの上でゲームしたい。眠くなったらゲームは止めて、そのままくっついて寝るんだ……。 「じゃ、じゃぁ、しばらくは俺の部屋で預かっておきます! その、今だけ……」 「本当ですか、良かった!」  真っ赤になっていた清一郎さんから肩の力が抜けて、無邪気な笑顔が輝いた。  俺たちを近づけてくれるなんて、誘もたまには良いことをするもんだ。

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