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第34話

「す、墨谷さんがどうしてここに!?」 「木原、お前は性懲りもなくっ!!!」  休日だから、墨谷さんもいつもの固いスーツ姿ではなく私服だ。半袖の開襟シャツにグレーの細身のパンツ、斜めがけのショルダーバッグとラフな姿は新鮮さを感じなくも無いが、いかんせん顔が怖い。すごく怒ってるのが分かるけど、身に覚えはない。 「透くん、お怪我はありませんか!?」  睨み付けられている俺をかばうように清一郎さんが割って入った。墨谷さんを一瞥し、再び俺に振り返る。 「この方は透くんのお知り合いでしょうか」 「は、はい。勤務先の上司です……」 「木原に近寄るな変態!」  清一郎さんが差し出してくれた手を、墨谷さんが払いのける。代わりに自分の手を差し出して「転ばせたのは悪かった」と一応謝罪した。 「帰るぞ。家まで送る」  俺はその手を取らない。墨谷さんは顔を歪ませ、過去イチ大きな舌打ちをした。 「なぜお前は俺をこんなにも失望させる? 社内で同僚にストーカーした次はパパ活とは。いくら俺でもバレたらかばいきれないぞ」 「はぁっ!? パッ、パパ活!?」  耳を疑った。この人、俺のことなんだと思ってるんだ!? そりゃ、俺と清一郎さんは年も離れてるし、見るからにセレブと平凡で、釣り合ってないのは認めるけど……。  絶句した俺に代わって、清一郎さんが言ってくれた。 「パパ活とはひどい誤解です。僕たちは正式お付き合いをしています」  その通りだと俺もうなずく。だが墨谷さんは鼻で笑い、清一郎さんが持つ山のような紙袋を指差した。 「ハッ、そんなに貢がされて良く言う。欲しがる物をやったり、食事させてやったりすれば好かれると、本気で思ってるなら気の毒だな!」 「う…………」  清一郎さんが気圧されてる。 「違いますよっ」  今度は俺が声をあげた。 「墨谷さんひどいっ、一体俺になんの恨みがあってこんなことするんですか!?」  普段から俺にばかり厳しいけど、休みの日のデートの相手の前でまで、俺のことをストーカーだとかパパ活だとか言って、もし清一郎さんに嫌われたらどうしてくれるんだ。やっと見つけたこの恋を台無しにされたらと悔しくて涙まで出てくる。 「……説教は後だ。行くぞ」 「やだ!」  手を振り払ったら、腰を抱えられた。「やだ! 離せっ!」振り払おうとするがびくともしない。身体が引きずられる。このままでは締め会の日のように強制的に連れていかれてしまう。 「清一郎さん助けて!!」 「透くん!」  伸ばした手を清一郎さんはつかんでくれた。しかし墨谷さんもがっちりと俺の反対の腕をホールドし、離さない。  二人が俺を取り合う膠着状態の中、閉店間近を知らせるメロディーが流れていた。  清一郎さんが墨谷さんに忠告する。 「透くんから離れて下さい。さもないと警備員を呼びますよ」  しかし墨谷さんは一歩も引かなかった。 「離すものか。俺は上司として、木原を守る義務がある」 「誤解だと言っているのに。分かって下さらないなら、やむを得ません……」  清一郎さんが俺を繋ぎ止める手とは反対の手でスマホを取り出した。  さすがこの百貨店のV.I.P.。早すぎるほど早く、スーツ姿の男性二人が現れた。二人とも血相を変えて駆け寄ってくる。 「あそこだ!」 「いたぞ!」  ちょっと、このままだと大事になる予感。  だが墨谷さんは舌打ちするだけで、俺から離れなかった。 「わぁっ!」  悲鳴が上がる。  男性二人がかりで、肩を掴まれれば身動きもとれない。──しかしそれは、墨谷さんではなく清一郎さんのほうだった。  走り込んできた男性二人が、清一郎さんのたくましい身体に必死にしがみついている。 「副社長、こちらにいらっしゃいましたか、探しましたよ!」 「社長がお待ちです! いますぐ一緒に来てください!!」  清一郎さんは真っ青な顔をして首を横に振っている。 「いいえ、いいえ行きませんよ……! 今は取り込み中です! というか今日は一日、何があってもオフだとあれほどお願いしたでしょう!?!?」  両足を踏ん張って抵抗しながら、唖然としている俺に二人を紹介した。 「透くん、紹介します。右が社長の秘書で山崎くん。左が私の秘書で山下くん」  俺たちは一応、会釈し合った。 「さあ副社長、行きますよ!」 「副社長のお車は出口に付けておきましたので!」 「待って、せめて透くんにプレゼント渡すだけでも……」  清一郎さんは身体を引っ張られながらも、俺に持っていた紙袋を向けた。が、墨谷さんに遮られ、清一郎さんは紙袋を両手・両肩に下げたまま、秘書の二人に引きずられて退場していく。 「俺たちも帰るぞ」  俺も墨谷さんに反対方向へ引っ張られ、デートは虚しく解散となった。

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