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第35話
To 雨宮 清一郎さん
『透です。今日はありがとうございました。そして、俺の上司がお騒がせしました。誤解について、ちゃんと説明したので安心して下さい。清一郎さんのお仕事は大丈夫でしたか? 落ち着いたらご連絡下さい。待ってます』
昨日の夜、俺が送った最後のメッセージは読んでくれたのだろうか。
清一郎さんからの返信を待って、ろくに眠れずに朝を迎えた。そわそわしながら、誘が作った朝食を食べ、バイトに行く誘を見送って、一人残った部屋でスマホを何度もチェック。そしてやっと連絡が来たけど、それは交際中の清一郎さんがエトワールを退会したというアプリからのお知らせだった。
(え? なんで???)
聞こうにも、退会してしまった相手にはもうアプリからメッセージを送れない。そうだ、昨日名刺をもらっていた。思い出して、そこに載っている電話番号にかけた。2回ほどのコールですぐに出てくれたけど、相手は清一郎さんじゃなかった。
秘書の山下さん。昨日、もう一人の秘書と二人で、抵抗する清一郎さんを無理やり連れて行った人だ。俺が名乗ると向こうも察したようだ。
「昨日は大変お騒がせしました。副社長に火急の用件があり、どうしてもお連れしなくてはいけませんでした」
丁寧な謝罪を受け、少し安堵したのもつかの間、
「清一郎さんと話したい」と告げると拒否された。
「恐れながら、木原さまのお電話は副社長にお繋ぎできません」
「じゃ、じゃあ、かけ直します。そう清一郎さんに伝えてください」
「いいえ。今後のお電話はご遠慮ください。副社長はもうあなたとお会いになれません」
思ってもなかった言葉に冷や汗がどっと出た。
「それでは失礼いたします」
「待ってください!」
このままでは切られてしまう。必死ですがり付いた。
「俺は、清一郎さんとお付き合いしてる、恋人なんです。今すぐ話したいことがあるので繋いでください!」
「申し訳ありませんが……」
とりつく島もないのは同じだが、声色から、相手が言いにくそうにしているのが伝わってきた。
「副社長には、他に正式なフィアンセがいらっしゃいます。あなたがおっしゃることは何かの勘違いでしょう。副社長にご迷惑がかかりますから、もう二度と口になさらないようにお願いします」
「えっ!?」
どういうこと!?
混乱してるうちに電話を切られた。かけ直しても、切れて、恐らく着信拒否されている。もう二度と繋がらない。
部屋を飛び出してエトワールへ。到着してから、予約するのを忘れていたのに気づいたけど、まるで俺を待っていたかのように入口に鶴矢さんが立っていて、すぐに席に案内してくれた。
気持ちが焦って、椅子に座るのさえじれったい。
「あの、ついさっき、清一郎さんが退会したって通知が来たんです」
鶴矢さんも知っていたようだ。驚かずに「そのようですね」とうなずいた。
「エトワールでは、会員様が退会された場合、その会員様と交際中の方には、アプリから自動的にお知らせしています」
「それで、清一郎さんに連絡を取ろうとしたんですけど、秘書の方が電話に出て、他にフィアンセがいるからもう連絡しないでって言われて、切られてしまって……」
「そうですか……」
「でも俺、何も分からないままじゃ諦められません! ……どうにか清一郎さんと話せませんか!?」
必死で訴える俺に鶴矢さんは目を伏せた。
「申し訳ありませんが……退会した会員様とは一切連絡はとれません」
「…………」
だよね。予想はしてた。きっと無理だろうって分かっていたけど、最後の頼みの綱だったんだ……。
「ご期待に添えずに、申し訳ありません」
鶴矢さんに頭を下げられて我に返る。
「そんなっ、鶴矢さんが謝らないで下さいっ。確かに残念だけど、鶴矢さんのせいでも清一郎さんのせいでもない。ただ単に、俺が選ばれなかったってだけです……」
言っているうちにポロッと涙が出てしまい、いそいで指先で拭った。幸い、頭を下げていた鶴矢さんには気づかれなかったようだ。
「大丈夫ですよ。透くんには必ずもっと良い方が現れますから……」
鶴矢さんが手元の引き出しを開いて、一枚のチラシを差し出した。
「来週のサマーパーティーに参加されませんか? 参加はフレンドの方に自動で通知されるので、透くん目当ての方が多数お会いにいらっしゃるかと思います。私もバーベキューの係で参りますので、ぜひご一緒に……」
「せっかくですけど止めておきます。今のところ、条件に合ってても、いいなって思える人、全然いないし……それにすぐには切り替えられないっていうか。すみません、今日はもう帰ります」
俺は鞄を手に取って一方的に席を立った。慌てた様子で鶴矢さんも机の向こうで立ち上がる。
「透くん、待って」
「また連絡しますね」
引き留めようとする鶴矢さんから逃げるように、俺は一目散にエトワールから出て行った。
「…………ハア」
よしギリギリセーフ。
(危なかった……)
外に出るなり、俺の眼からダムが決壊したかのように涙がどっと溢れ出した。清一郎さんの運命の相手が俺じゃなかったなら仕方ない。でもそれならそう言って欲しかった。なにも言わずに俺をおきざりにするなんて、本当は俺のことなんて全然好きじゃなかったの?
「うぅ~~うっ、うっ、ぇっ……」
泣きながら、2キロ先の公園を目指して歩く俺を、通りすがりの人がみんな俺を見ていく。今頃、誘が、入り口近くのスタンドでホットドッグとコーラを売ってるらしい。俺はタダにしてくれると言っていた。こうなったら、ヤケ食いだ。何も知らない誘は驚くだろうが、店に到着次第、食って食いまくってやる!!
しかし、公園は思ったより遠いようだ。夏の暑さの中、泣いて歩くのはあっという間に疲れて、見つけたベンチに座った。しかし硬い座り心地に尻が痛む。昨日の尻もちのせいだ。クソッあの時見上げた墨谷さんの怒り顔を思い出すと、また悔しい。
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