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第44話
俺に親友でいてほしいと言った誘が、俺を両腕で抱いた。
「あの頃の俺は、それまでの人生ずっと親父の言いなりで……。透くんとの交際がバレたら、すぐにでも別れさせられて、場合によっては透くんにまで迷惑がかかるのが目に見えてた。親父の絶対条件だったアメリカ留学を終えたら、迎えに行くつもりだったんだ」
俺は誘の腕を払いのけた。
「それならそう言っとけよ!」
確かに、誘のお父さんは厳格な雰囲気で、たまたま挨拶する機会があって、そのときなんとなく、あんまり良く思われてないような気がしてた。ただの友達でもそうなんだから、付き合うとなれば、そりゃ反対されただろう。でも、俺はそんなことでめげたりしないし、何年でも誘の帰国を絶対待ってた。
「言いたくても、透くんはすぐに別の人を好きになってたから……」
俺のせいっていいたいのか? 俺が一途じゃなかったから!?
「誘こそ!! アメリカ留学なんかすぐに辞めて家出して戻ってきたくせに!! 結局、俺なんかその程度の存在なんだろ!」
誘が何か言う前に、俺は花束を返した。
「俺は帰る!!」
待ってくれと誘が追いかけてくる。そのまま公園を出た。
公園の門を出てすぐの、横断歩道の向こうに俺が乗る地下鉄の駅がある。俺が信号の前に立つと、隣に突き返された花束を持った誘もそわそわと立った。
「あのさ……」俺の顔色をうかがっている
「透くんはこの後どうしてる?」
「することないし、疲れたし、帰って昼寝してる」
「そっか~! ゆっくり休んでねっ」
猫なで声で、せっせと俺の機嫌を取る。
「夜は一緒にゲームしよ。この前負けちゃったボス戦、今度こそ俺がやっつけるから。それでさ、これ……俺の代わりにお水あげといてもらえないかな?」
おずおずと再び花束を差し出される。健気に咲く夏の花たちに罪はない。
「……寝る前のマッサージもつけて」
「ハイ! お時間無制限です!」
俺が花束を受け取ったら、それで全部解決したかのような満足気な笑顔を見せる。二人の間で何かあると、誘は必ず俺の機嫌を取ってくれるかわりに、俺の感情を置き去りにするんだ。
信号が青になった。
「それじゃあ、気をつけて帰ってね。また後で」
「おう」
誘に見送られて、横断歩道を渡った。
地下鉄の階段前で振り向くと、向こうに誘がまだいた。手を振ってくれるので俺も振り返す。だが、それを阻むかのように、誘の前に一台のベンツが停まった。黒光りする車体は圧倒的な存在感で、一般人の乗り物ではないのは一目瞭然だった。
助手席からスーツ姿の男性が降りてくる。その顔にしっかりと見覚えがあった。さっき電話で話したばかり。清一郎さんには他に正式な婚約者がいると言い、俺の連絡を拒否した清一郎さんの秘書だ。お辞儀して車のドアを開け、誘を連れて行こうとしている。
もしかして、これから清一郎さんのところに行くの?
「待って!」
叫んだが、通りすぎる車の音にかき消され二人には届かない。
「誘! 誘ってば!! 呼んでるだろ、気づけ!!」
誘は全く俺に気づかずに、車へと近付いていく。
待って! 清一郎さんの所へいくなら俺も連れて行って!
「危ない!!」
「!?」
突然、背後から強い力で後ろに腕を引っ張られた。持っていた誘の花束が手から滑り落ち、道路に落ちていく。同時に俺の前すれすれをトラックが通り過ぎて行った。トラックに踏まれ花束の無惨な姿を見てようやく、信号が赤に変わっていたことに初めて気づいた。
「何してるんですか! 車に轢かれたいのですか!」
怒鳴り声に振り返る。鶴矢さんが俺を見つめていた。
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